第71話「ただいま、アリシア───(前編)」



 ただいま───……。



 ギィィィ……。


(……明るいな────?)


 扉を開けて、すぐに感じた感想はそれだ。

 部屋中の窓を閉め切っているというのに、魔法由来の光源が天井に設けられて、煌々こうこうと室内を照らしていた。


 そして、異臭。


 男女の睦み事のそれ・・だろう。

 ろくに換気もしていないのか、ひどく酸えた臭いが漂っている。


 コージ体液とアシリア体液と、それぞれの体臭だ。


 ムワッ───と漂うそれに、思わず口元を覆いかけるも、ナセルは耐える。


 なぜなら……。

 そう、なぜなら───……彼の視線の先には確かにいた・・から。


 愛しき妻────。

 アリシア…………。


 天蓋付きの豪華なベッドに、薄着を纏っただけの愛妻がスヤスヤと眠っているのだ。

 家中が銃撃で破壊の嵐と、火災地獄だというのに寝ているのだ────。



「おいおい……どういう神経してんだよ?」



 コイツは頭がオカシイと思っていたが、ここまでとは────。


 いや、違うか……。


 そっと壁を撫でるナセル。

 指に感じる魔力の流れは、この部屋全体を覆っていた。


 ふむ……───これは?


 そういえば、ナセルが部屋に入った瞬間、室外の音が急に間遠くなり、同時に魔力の動きを微かに感じた。


 全く無音というわけではないが、それは開けたドアの先から生じたもの。


 室内自体は、実に静かなものだ。


 ……つまり、扉を閉め切ってしまえば、この室内は完全な無音になるのだろう。


 それが、不自然な魔力の流れの正体……。


「──これは、遮音結界……?」


 壁には目立たない塗料で魔法陣が詳細に書き込まれており、外部と内部の音を遮断しているようだ。


 なるほど……。

 道理で聞こえないわけだ───。


(いい気なものだな。……いつまで夢の中にいるつもりだ?)


 しかし……、

 こんなものいつの間に?


 ナセルが家にいた頃には、まったく気づかなかった。


 少なくとも、アリシアと寝室をともにいていたころには、こんなものなかったはずだ。


 これじゃ、ナセルが家にいた頃からまるで中で何をしていたか、わから───……。


「ッ!……そういうことか──間男コージ、そして───売女アリシアめ!」


 ずっと前から、ナセルに気付かれないように、ヨロシク・・・・する工夫というわけだ。


 下手すりゃ、ナセルが隣の部屋で寝ている頃にも毎晩、毎晩───!!


 なるほど……。


 二人でしっぽり楽しめるように、細工を施していたわけだ……!!


 一体、いつから────?


 いや、

 回数だとか、時期が問題なのではない!


 ナセルがいてもお構い無し。

 それを二人が、了承していたことのほうが問題点だろう!


 イカれてやがる……。


(くそッ、こんな女に……!)

 ───こんな女に!!


 それを考えるだけで、頭がクラクラとする。


 こんな女を愛していた・・・・・・・・・・のかと……。


「────ん~? コージぃぃ?」


 艶のある声で、アリシアがベッドの上でモゾモゾと動く。

 扉の先から聞こえる異音と、室内の人の気配に目が覚めたらしい。


 若く美しい容姿は相も変わらず。

 しっとりとした肌が少し上気しており、ピンク色に染まっていた。


 シャツを押し上げる胸は美しく、そして豊満そのもの────……我が妻アリシアよ。


 まだ寝ぼけているのか、ボンヤリとした顔でナセルを見ている。


「どうしたの? 国王からの急な要請ってのは終わったの? なら、早くぅ……。続きをしよ────……」


 目があうアリシアとナセル。



 ………………。



 硬直───。


 人間、理解できない事態が起こると本当に固まるらしい。

 ナセルも、こいつに裏切られた時は硬直していた気もする。



 そして見ろよ、この顔──。



 ありゃ、雌ブタが雄に媚びるときの目だぜ。


 コージ、コージぃ───ってか?




 よう……。

 俺はコージじゃないぜ・・・・・・・・・・




「──な、ナセ……ル?」







「………………───ただいま、アリシア」

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