第27話 過去の影-2

かの竜の中でジョサイアは見返りの期待できる庇護対象でしかなく、たとえ種族が変わってもその認識は変わりはしないだろう。告白があっけなく退けられた時、改めて理解した。

姿を変えたいと思ったのは、なにもヴェアトと結ばれるためではない。竜の身の方が人間よりもずっと優れていて、そうなりたいと心から願っていた。

人間(ヒューマン)の群れの中に紛れて一人旅をしながら、ジョサイアは竜への変化について模索し続けた。

参考になったのは、魔導や呪術の類だ。富や名声を得た者や老いた者が永遠の命を求めるのは、いつでも変わりないらしい。

いかに禁じられていようと、影に隠れ、法の抜け穴の中でそれらは試され発展し続けていた。

生まれながら長命であるエルフの貴重な資料になる代わり、彼らの研究結果を手に入れた。

まず最初に浮かぶのは古い肉体を棄て、新しい若い肉体に魂をすげ替える方法だが、現実的でないとして打ち切られるに至っていた。

死体に死霊術を使って魂を移すと、意識の混濁を招き自我が崩壊するおそれがあった。

精巧に作った魂なき人型に移しても同じ結果となり、被験者は暴れ狂う魔物として処理された。

蘇生術を逆転させ、血肉を他の生物に変換して再形成を試みた例が最も結果を出していた。被験者は自我を保ったまま溶解しスライム状になり、半分程度の体積になって復活した。

臓器の量が足りずに一日も経たず死亡したが自分の名を認識し、受け答えはハッキリしていたという。

身体を組み上げるだけの質量と魔力があれば、あるいは成功するかもしれない。しかし蘇生に使うような肉の確保はともかく、一人が生涯にもてる魔力には限りがある。

魔力を封じられたジョサイアであればなおのこと、自力では不可能だった。

ヴェアトとの契約を絶たず、膨大な魔力を得る方法は少ない。

長く生きるエルフであるジョサイアにこそ試して欲しい実験があると、時の魔導師長は魔法陣が刻まれた円形の護符(タリスマン)を渡してきた。

不相応な聖教会の式服をまとうようになったのも、そこからだ。

これから貴方が行うのは万人を救う神の施しに近いと、白髭をたくわえた司教は意味深く笑んでいた。


戦場はいつも赤い。

隠れ潜める草木が容赦なく燃やされ、争う人々の血で大地が染まっていく。戦友の屍を踏もうとも、もはや気に留める者もない。

殺し合いの最中に、致命傷を負いながらも死にきれず苦しむ兵士がいた。利き腕を剣ごと叩き斬られて、腹から臓物を垂らす騎士がいた。

ジョサイアは彼らの前に現れ、最期の言葉と願いを聞いて墓に埋める立場にあった。

正確に言えば戦争の起きた地域に出向き、死に瀕した者から魔力を回収していた。

当時の人間(ヒューマン)の美的感覚では、整った生白い顔と金を梳いたような髪の持ち主は神の祝福を受けているとされた。

その特徴を持つ者に看取って貰えば、間違いなく天国へ旅立てるとも言われていた。

怪我人の治療や看護にあたる僧侶に金髪が多いのはこの風説の影響だろう。

異なる価値観を持つジョサイアにとっては単なる根も葉もない噂だったが、利用しない手はない。

血で血を洗う状況下においては、偽りの救いであっても機能する。

幾度となく家族の名を聞き、恋人の名を告げられ、恨みを残す名を叫ばれ、知らぬ神の名をうたわれた。

戦争に巻き込まれて深い損傷を負っても、ジョサイアは自身の首から下にはさほど頓着せずにいた。

神経を痛めて手足の末端が麻痺し、通常の歩行に支障が出ても、いずれ全て作り変えるものに執着を示す必要を感じなかった。

ジョサイアに依頼した者の寿命が尽き、代替わりを行った後も秘密裏の行動は認可され続けられた。

人間の再形成にかかると計算された量をはるかに超え、飛龍(ヴィーヴル)の内包量に匹敵した頃合いにジョサイアは本来の目的に立ち戻る。

つい昨日まで親しく接していた、同じ神父の扮装をしていた監視役の口を封じて護符と共に忽然と姿を消した。

媒介を手に入れた後は、求める体積に足る量の肉を確保するのみ。

しかし肝心の算段をつける前に、ヴェアトから契約紋を経て報せが届く。

代々不可侵の条を結んでいた領主が突如として変心し、竜の巣として提供した古城に多勢で攻め入ったというものだった。

遠い地にいたジョサイアが着いた頃には争いは既に終結し、破壊された城内は静まりかえっていた。

瓦礫に潰され、炎に焼き焦がされ、噛み砕かれた人間の死体が乱雑に転がっている。

ヴェアトは息絶えた旧知の竜に寄り添って浅い息をしていた。散々見た戦争の再現のような光景にジョサイアは言葉を失う。

「ぼうや。森の外は、どんな世界だった……?」

気安い世間話を望むヴェアトの口は歯が折られ、砕かれて半分もなくなっていた。

呼吸のたびにわずかに動く翼は片方が手折られており、残っている方も皮膜が引き裂かれて飛ぶ役目を果たせそうにない。

喜ぶたびに揺れる癖があった尾も途中で絶たれてしまっている。

「……酷い場所だった。君のいるところだけは、安全だと思ってた」

「この地域では、私(わたくし)たちは守護者とみなされていた。けれど……外から来た人間が、私たちの牙も鱗も……生き血さえも大金で取引されると教えた。一匹一匹は小さくとも、千万の蟻には敵わない……狩りとは、そういうもの」

一歩一歩、踏みしめるようにヴェアトへ近付いたジョサイアは彼女の目元を確認して思わず落涙した。

こちらを見つめているはずの真紅の眼は両目とも抉られて、とうに失われていた。

耳と振動だけを頼りに首を動かし、平常通りの振る舞いをしていたのだ。

「死ぬのなら連れて行って、ヴェアト。こんな世界にもう用なんてない」

百年以上生きた中でもジョサイアの関心は同族や人間に向かなかった。唯一、強い執着と愛情を寄せる相手を喪えば後には何も残らない。

生まれて初めて嘆き悲しみ、最愛の者の手にかかろうとするジョサイアを止めたのもまたヴェアトだった。

「殺さないよ……ぼうやには、あの時の約束を果たして貰いたい。私の生涯の望みを叶えておくれ」

彼女が静かに傷だらけの身を起こすと、その腹の下には巨大な卵があった。両親から庇われ、暖められていた甲斐あってまだ生きて、動いている。

このままでは、ヴェアトの死とともに卵のまま命を終えてしまうだろう。

たとえ運良く孵化しても、人間が産まれたての竜を育てきれはしない。

「殻の中の子を助けて。魂を留める術を……知っているんだろう?」

ヴェアトは紋を用いてジョサイアを視ていた。一切口を挟まなかったがゆえに、ジョサイア本人はその事実に気付いていなかった。

彼が何を目的として動き、何を学び取っていたかよく熟知していた。

死霊術を使って魂を移す際に器とする魔導具を、ジョサイアが所持したままでいることも。

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