第17話 世界よ、兄を知るがいい
俺は自分に絶望した。結局のところ、本当の意味でレイというプレイヤーは戻ってこないのだ。それを痛感するも、俺にはまだやることがある。
それはシェリーをプロにすることだ。俺はプレイヤーとしてはもうダメかもしれないが、それでも……やるべきことが残っている。今はその想いが俺という人間を支えていた。
そして俺とシェリーは現在、アリーシャの試合を観戦席から眺めていた。
「ロニーとアリーシャ、好カードね」
「いい試合になると願いたいが、アリーシャにはあれがあるからな」
「紫電一閃ね」
「あぁ。一度納刀されたら、警戒せずにはいられない。でも警戒し過ぎると他への注意が散漫となる。全く厄介すぎる……」
「……レイが言うとなんか自慢みたいに聞こえるのよね」
「そんなことはどうでもいいだろ。ほら、始まるぞ」
ロニーとアリーシャが立ち会う。そしていつものごとくスフィアが決定される。
「それではスフィアを決定いたします。今回のスフィアは、市街地に決定しました」
市街地戦か。ここか森林と同様に障害物が多い。そのため高度な索敵スキルを持っている方が有利だが……一体アリーシャはどう戦うつもりだろうか。
「試合開始」
そしてアリーシャの実力を世界に知らしめる試合が幕を開けた。
◇
「……ふぅー」
大きく息を吐く。また始まった試合。この感覚はいつも慣れない。兄は何年もこれ以上の舞台にいたことには尊敬を覚えずにはいられない。流石は兄さんだ。でも、世界は兄さんを忘れようとしている。すでにレイは過去のものだ、という記事やコメントを見るたびに憤りを覚える。あの偉大な天才は過去のものではない。それを私が証明してやる。
さて、今回は市街地戦だけど……どうしようか。
そんなことを考えながら、崩壊している町並みを眺める。私が配置されたのは屋上だ。全体的にそんな広くないスフィアだが、瓦礫の山のせいでどうにも戦いにくい。正直言ってヒットアンドアウェイをされたらかなり面倒である。
「……
まずは
私が持っているスキルは身体強化、五感拡張、剣技では雷属性と日本刀のものに特化している。兄のように満遍なく強化はできていないけど、それでも……私には切り札がある。
第四秘剣、紫電一閃。それは兄と私だけが使える秘剣だ。秘剣はこのゲームには分かっているだけでも15ほど存在するが、その中でも紫電一閃は第四秘剣としてカテゴライズされている。
きっと兄はこの試合を見ている。そして、忌々しいシェリーさんも。ならば見せつけるしかない。私はレイであり、レイを完全に模倣し、継ぐものなのだと……見せつけてやる。この世界に兄の名を刻みつけてやる、見ていろ。
「……ッ!!?」
瞬間、背後に殺気を感じる。今はかなり局所的だが
「……いない」
ロニーは私に一太刀浴びせるとそのまま姿をくらませる。なるほど……想定する中でも最悪の手段に出たか……なら……。
私はそのまま屋上に戻ると、再び
「ふふ……」
私はその場で日本刀を納刀すると、目をつぶって構える。
発動するスキルは
「あああああああっと!! ここでアリーシャ選手、完全に待ち構えるようです! しかもこれはおそらく……あの秘剣が出るかもしれません!!」
微かにそんな声が聞こえるが、徐々に私の世界は闇に堕ちていく。ずるずると深淵に引きずられていく。
左手は鞘に、右手はしっかりと日本刀を握る。そして紫電一閃の構えを取る。兄が愛用していた秘剣であり、超高速の電磁抜刀術だ。この光を前にすれば、どんな敵も屠れる。
後方から微かに音がする。
はは、後ろからやれば大丈夫だと思っているみたい。馬鹿らしい。あなたは兄の試合を見たことがないの? あの偉大な兄の姿を覚えていないの?
それに紫電一閃の射程は短いけど、それは絶対的な領域だ。踏み込んだ瞬間、後出しでも勝利できるのだ。
皆は兄を知らなさ過ぎる。まだ二年とはいえ、もっとレイの名前は広がるべきだ。忘れているのなら、思い出させてやる。
兄は、レイは、月島朱音は、こんなにも強いのだと……世界に刻みつけてやる。見ていろ、バカな観客ども。
「……」
感じる。後方から一気に決めにかかろうと最大速度で迫ってくるロニーの姿を私は感じた。もう後ろに振り向く暇はない。ならば、この体勢のまま……後ろに向かって放てばいい。それだけのことだ。
ロニー。あなたの敗因は兄を知らなかったこと。この秘剣を目に焼き付けて、死んでいきなさい。
「第四秘剣、紫電一閃」
抜刀。鞘から引き抜かれる超高速の電磁抜刀術。私の頭部には相手の剣がすでに迫っている。いや、もう髪の毛には届いている。でも……遅い。紫電一閃の領域ではあらゆる剣技が過去のものに還る。
バイバイ。バカな人。
「勝者、アリーシャ」
首を刎ねて、私はその刀を高らかに掲げる。
これがレイだ。世界よ、焼き付けるがいい。偉大な兄の……その姿を。
◇
「……ねぇ、あれって本当に有紗なの?」
「……そうみたいだ」
「見えた?」
「いや紫電一閃は視覚で分かるもんじゃない。抜刀した瞬間には終わっているから」
「そうよね……でもこうして生でも見ると、ちょっと怖いわ」
「あぁ。あれは……俺でも脅威に感じる」
「勝てるのかな……」
「勝てる。勝つしかない。あれはレイだが……超えるしかない」
抽象的な言葉だが、確かにそう思った。有紗は、いやアリーシャのあの立ち振る舞い。そしてあの秘剣は紛れもなくレイそのもの。過去の俺を彷彿とさせる妹を見て、俺は……止めるべきだと思った。
妹は俺と同じ世界にたどり着こうとしている。孤独で孤高、勝利を重ねても満足感はなく、常に何かに追われているような感覚に陥る。確かにプロの世界は地獄だがあの精神では……先に心をやられてしまう。
俺は今の試合を見てそう思った。アリーシャはわざわざあの屋上で挑発するように待つ必要はなかった。確かに紫電一閃を出せば勝てるが、ロニーが引いてスキルを使ってくればかなりの痛手になったはずだ。でも相手を挑発するように構えて、ロニーもそれに乗ってしまった。きっとパッと出てきたプレイヤーに剣技で負けたくないと思ってしまったのだろう。
「あれってわざとよね?」
「わざとだろう。見せつけるようにして、出したに違いない」
「アリーシャなりの宣戦布告かしら」
「そんなところだろうが、やはり攻略法は……」
「もし現役時代のレイだったらどうするの?」
「他の秘剣を使うか、それとも同じ紫電一閃を使うか……でも秘剣を使えるプレイヤーはプラチナリーグでも限られた人間だけだ。アマチュアでは……もう相手にならない」
「私以外……でしょ?」
「……そうだな。シェリー以外には対処できない。でもいけるのか?」
「明確なプランはまだないけど、勝つわ。それにどのみち、世界レベルになるにはあの程度の相手に勝てなきゃダメじゃない?」
ウインクをしてこちらに微笑みかけてくるシェリー。どこまでも強気、でもその目には燃えるような意志が宿っている。そんな気がした。
「その通りだ。現在のプラチナリーグを見れば分かるが、世界レベルはもっと高次元だ。秘剣の一つでもどうにかしないと、先には進めないさ」
「ふふ。燃えてきたわ。さて……レイ、戻って練習しましょ」
「今日は厳しくいくぞ?」
「もちろん!」
そして俺とシェリーはその場を後にする。一瞬だけ、アリーシャがこちらをじっと見ている気がした。でも改めて見返すと、すでにマスコミの取材に応じていた。
有紗。俺は……俺たちはお前に勝つ。そこで待っていろ。俺たちは絶対に負けはしない。
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