第15話 本領発揮


 BDSアマチュアリーグ。その中でもプラチナリーグは大混戦を極めていた。すでにプロ昇格圏内にいるプレイヤーの中で確定しているものもいる。だが未だに、アリーシャとシェリーはまだ不明。あれからシェリーは一つ順位を上げて、6位に。アリーシャは5位だ。上位5名のみがプロリーグへと昇格できるが、今期のリーグ戦はほぼ接戦。確定している一位以外は誰が昇格圏内から外れてもおかしくはない。


 そんなシェリーの試合はもう数分後には始まる。後の試合で自分で決めるためには全て勝利する必要がある。一つでも負ければそこから先は他のプレイヤーの戦績に左右されてしまう。自力でプロへの道を勝ち取るには今日も勝つしかない。


「シェリー、大丈夫か?」

「えぇ。今日はとっても調子がいいの。体も軽いわ」

「いいか、今日からはしっかりと意識していけよ?」

「アレのことね。了解よ。どのみち、避けては通れないことだから。任せて」

「じゃあ、行って来い!」

「えぇ!! 勝ってくるわ!」


 バシッと手を合わせて、シェリーはそのままスフィアに消えていった。


 今回の対戦相手はロニーというプレイヤーだ。ここ3期連続でプロ昇格圏内からギリギリ外れている。だがその実力はプロと遜色はない。世間の予想でもロニーは確実に今期でプロ入りすると言われている。一方のシェリーはプロ昇格は叶わないだろうと言われている。


 それは多くのプレイヤーがそう思っていることだからこそ、反映されている意見だ。さらに俺と出会ってから彼女はフランベルジュを実戦に投入したことはまだなかった。だが今回からはフランベルジュも持って彼女は戦いに向かう。


 きっと観客たちも疑問に思っていることだろう。

 

 普通ならば剣を変えるなどあり得ない。そんなことをしているプレイヤーはいないし、慣れてしまったものを今更変えるだけで感覚が狂う。VReスポーツにおいて感覚は重要だ。現実世界とは違う身体を操作するのだ。それが狂えば、全く勝てなくなってしまう。


 だがきっと……今日はシェリーの特集で埋め尽くされるだろう。それだけは確信していた。


「それではスフィアを決定致します」


 始まった。まずはスフィアの決定からだ。


「今回のスフィアは、大理石に決定いたしました」


 大理石か……ここは純粋な剣技が有利となるスフィア。障害物はない。そしてシェリーはスキル型に転向したため一見不利に思えるが……それは違う。


 きっとシェリーの真価を発揮できるのはここだ。


「試合開始」


 電子アナウンスが試合開始を告げる。


 そして二人のプレイヤーはプロの座をかけてぶつかり合うのだった。



 ◇



「……」


 私は地面を駆ける。今までと感覚が違うけど、それでもなんども練習してきた型はしっかりと身についていた。


 相手はセミプロと言われているロニー。ミドルタイプでバランス型のプレイヤー。使う武器は、ブロードソードだ。片手用のやや長めの剣で、刃渡りは70~80センチ。私が今まで使っていた日本刀と同じ長さだが、しっかりと重さもあるので一撃をまともに喰らえばかなり痛い。


 ロニーは『ミスターアベレージ』という異名があるが、それは揶揄やゆと賞賛どちらの意味もある。揶揄の方は器用貧乏。でもそれはプレイヤーではない外野が言っているだけ。戦っているものは知っている。いかに平均的であることが難しいのか。剣技かスキルのどちらかに偏れば極端な領域に行かない限り、弱点が露呈する。ほぼ全てのプレイヤーは得意な面と苦手な面を内在して戦っているのだ。


 でもロニーにはそれが限りなくない。ゼロと言ってもいい。抜き出たものもないが、逆に著しく劣っているものもない。そのためどのスフィアが来ても安定した成績を誇る。私はそんな相手に今までなら怖気付いていただろう。レイならどうする? レイならどうやって戦う? そんなことばかりを考えていただろう。でも、私はもう……自由だ。



「はあああああああああああああああ!!」



 ロニーが叫びながら上段からブロードソードを振るう。私はそれを横に避けると、すぐに空いている横っ腹にフランベルジュを叩き込む。


「フッ!」


 だがそれはいとも容易く防がれてしまう。私はそこからさらに猛攻を仕掛ける。フランベルジュはその長さからあまり連続攻撃を得意としていない。でも今はこうする必要があった。


 シェリーは武器を変えたが、プレイスタイルは依然として同じ。その思い込みを植え付ける必要があるからだ。


「……」


 淡々と、淡々と攻撃を繰り返す。レイと二人で何度も特訓したことをただ愚直にこなすだけ。それ行動が私に確かな自信を与えてくれる。


「……うおおおおおおおおおッ!!」


 瞬間、ロニーの動きがさらに早くなる。相手は身体強化系のスキルを使ったようだ。それに属性付与エンチャントもしている。属性は氷。きっと私の素早い動きを嫌って止めにかかろうとしているのだろう。


 でも、私はもう以前までの私ではない。


 見切る。その剣の長さ、相手の腕のリーチ、腕を振る角度、体捌き、視線、全てを意識して私はそのキャラコンだけで躱し続ける。


 える。える。える。


 今までと違って世界がクリアに視える。もう劣化レイではない。私はシェリーだ。シェリー・エイミスなのだ。私は彼では無い、私は私なのだ。


「……属性付与エンチャントフレイム


 そうボソッと呟いて、私はロニーの剣戟に合わせて自身の持つ剣を振るう。今回は完全に入った。相手は私が属性付与エンチャントを使うと考えていなかったのだろう。剣は届かなくても、この炎が届く距離に入ってしまっている。


「はああああああああああッ!!!!」


 そして縦に火柱が走っていく。これはかなりの大技なので、あまり使いたくはないが……すでに勝利への道筋は見えていた。


「くそッ!!!」


 ロニーはそう言って左に躱すも、かすかに被弾。右肩が真っ赤に燃え上がりスリップダメージが入っていく。しかしそれは左に躱すように仕向けたのだ。わざと火柱を右半身に当てることで、無意識に左への回避を誘った。もちろん、その散漫となった意識から生じた隙を見逃す私ではない。


「……ハアアアアアアアアアッ!!」


 身体強化を重ねて、低い姿勢のまま地面を一気に駆ける。


 駆ける、駆ける、駆け抜けるッ!!


 私の双眸はじっと相手の姿だけを捉えている。そして、体制の整っていないロニーの首を……いだ。


「試合終了。勝者、シェリー」


 これが始まり。新しい私が生まれた瞬間だった。



 ◇



「シェリーおめでとう!!」

「やったわよ、レイ!!」


 スフィアから出てくると、シェリーが俺に飛びついてくる。完璧な試合運びだった。シェリーがスキル型に転向した知識を知らないということを踏まえても、上々の試合運びだった。シェリーは今回ダメージを負っていない。パーフェクトゲームだ。それも、ロニー相手にやってのけた。


 本物だ。シェリーは確実にプロに入れる。俺の指導は間違いではなかったのだ。でもそもそも才能はあった。それが俺の模倣という枷があっただけ。それを解き放てば、シェリーは強くなる。初めて見た瞬間からこの時はすでに想定内だった。


「今日はなんだか、すごいよく見えたの。視界もクリアだし、思考もクリア。相手の行動も手に取るようにわかったわ。誘導するのもそんなに難しくはなかったしね!」

「その調子だ!! で、今回で掴めたか?」

「キリングレンジはまだちょっと微妙かもね。どうしてもそこの意識は攻撃するときに緩慢になるわ……」

「まぁそこは……難しいよな」


 今回の試合。俺はシェリーにある課題を課していた。それはキリングレンジをしっかりと意識すること。キリングレンジとは剣や刀によって、さらにはプレイヤーによっても変わるがプレイヤーが得意とする絶対的な領域だ。今回の対戦相手であったロニーはブロードソード。日本刀とそれほど変わらないので、少し意識してもらうようにした。それは全て紫電一閃のためだ。あれを回避するには確実にキリングレンジを無意識で感じる必要がある。


 まずい、と思った瞬間には負けが決まるからだ。


 でもシェリーは確実に成長している。まだアリーシャ対策は万全ではないが、きっと……たどり着ける。彼女もまた自由の翼を手に入れた一人なのだから。


 そしてシェリーと俺が外に出るとちょうどマスコミが押し寄せていた。


「シェリー選手、感想よろしいですか?」

「えぇ。構いません」

「まずは勝利、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「日本刀からフランベルジュに、それに剣技中心というよりはスキル中心に使っていましたが転向したのですか?」

「はい。コーチの指導があったので」

「コーチですか? 最近ついた方ですか?」

「そうです。今のコーチのおかげで、今日は完勝できました」

「コーチの方の名前を伺っても?」


 俺はシェリーに目線とボディランゲージでやめろと言っておいた。でも、あいつはにこりと微笑むと……とんでもないことを口にした。


「私のコーチはレイです。世界大会三連覇、世界ランク1位だった……あのレイです」

「れ、レイ!!? それは本当に!!?」

「本当です。私のコーチはレイ。是非とも、覚えて帰ってください」


 瞬間、シェリーの周りにいたマスコミたちが俺を取り囲み始めた。


「……まじか」


 そしてレイがBDSに戻ってきたという情報は瞬く間に拡散されてしまうのだった。



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