第13話 追憶 5
速く。もっと速く。
まだ足りない。こんなものでは、俺は解放されない。世界の頂に立つにはこんな速さでは足りない。
もっとだ。もっと速く。俺はまだ行ける。さらに高みの世界へと登って行ける。
「……」
「……ぐうううううううううッ!!!!!!!」
第二回世界大会、決勝。俺は再びこの場所に戻って来た。その対戦相手はカトラだった。カトラとの試合はほとんど俺が勝っているが、それでも苦手意識は消えない。俺は完全な感覚派だが、カトラは違う。カトラは理論的に戦闘を組み立てる。だがそれも……全て圧倒的な速さでねじ伏せればいい。どんな小細工も通用しないほど速ければいい。
超高速の剣戟。
俺はすでに世界に存在するプレイヤーの中でも最高の速度を手に入れていた。そのあまりの速さから、『疾風迅雷の剣客』と呼ばれている。海外では『ライトニング』とも呼ばれているらしい。第一回世界大会で優勝してから俺は雷属性による速度の向上を求めた。そしてそれはうまくハマり、秘剣も手に入れた。
今の俺に敵などいない。
だが、カトラは存外粘る。俺の攻撃を全てとまではいかないが、ほとんどを捌ききる。これはあれを出す必要があるだろう。
「あーっと、これはレイ選手! 居合抜きの構えをしました! これは来るかもしれません! レイ選手の代名詞となっている、秘剣『紫電一閃』が!!!」
実況はそう言っていたようだが、その声は届きはしない。今の俺に音はない。色はない。あるのはただ目の前の敵を斬り伏せることだけ。それを成すために行動をする。
レイ:HP150
カトラ:HP120
押しているのは俺だ。だがそれでもカトラは食い下がって来る。どこまでも食らいついて来る。あのプラチナリーグを生き抜いているだけはある。この強さは一級品。化け物の中の化け物だ。でも……もう終わりだ。この秘剣を抜いて負けて試合はない。俺の刀を鞘に入れさせた時点で、相手の負けは確定する。
俺は負けるわけにはいかない。解放されるためにはまたあの頂点に……立つ必要があるのだから。
瞬間、幻影が見える。それは俺の後ろにそびえ立つ死神。こいつは時間が経つたびに大きくなる。そして俺の命を刈り取ろうとして来る。
「……」
集中しろ。今は相手を切り捨てることだけ考えろ。あの極地では尋常ではない集中力が必要となる。
そんな俺がたどり着いた極地、それは秘剣。システム内に存在するも、プロの中でも一部のプレイヤーしかたどり着けていない領域。その中でも十の秘剣が一つ、『
紫電一閃は秘剣の中でも、最高峰の速さを誇る。そしてこのスフィアでは紫電一閃こそが適している。小細工など必要ない。ただ真正面から叩き斬るだけ。
どこまでもシンプル故に、その強さは計り知れない。
この光を前にすれば、相手は瞬く間に敗北を迎える。俺は天才と呼ばれているが、それでも今までの全ての技術は途方もない努力により磨き上げたものだ。来る日も来る日もBDSに潜って、たった一人で修練を重ねた。秘剣を生み出したのも才能とは思えない。俺が本当の意味で天才ならば、あんなに努力する必要があるとは思えないからだ。
でも天才だとか、努力だとか、そんなものはどうでもよかった。
ただ強くなりたかった。それだけだった。俺は誰よりも先に、誰よりも高みの世界にたどり着きたかった。それだけの純粋な想いが俺をここまで連れてきたのだ。
「……レイ、私は……負けません。あなたを一人にはしません……」
じっと俺を見つめてそう呟くカトラ。
俺を一人にしない? 何を言っているんだ?
俺はずっと一人だったし、これからも一人だ。この地獄の世界で孤高の存在として生き続ける。それはすでに宿命であり、義務であり、願望だ。俺にはもう……この場所しかない。この世界でしか生きられない。このどこまでも広がる荒野こそが俺の全てだ。
他人の入る余地など……ない。カトラはずっと変わらない。俺がプロデビューする前から声をかけてきて、そして世界を取った後も変わらずに話しかけてくる。鬱陶しいとまでは思わないが、俺は一人で十分だった。一人でいれば、面倒な人間関係に悩まずに済む。この剣戟の世界で信じられるのは己の技量のみ。プロの世界とはそう言うものだ。仲間など必要ない。それはただの甘えだ。他人にとっては有益なのかもしれないが、俺にとっては甘えであり、不必要なものだ。それに俺は結果を出している。だから変わる必要などない。今までも、そしてこれからも一人で勝ち続けるだけだ。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
カトラは叫びながら大地を駆ける。今回のスフィアは大理石だ。小細工など通用しない。純粋な剣技のみが全てを決める。カトラもそれを覚悟して来たのだろう。カトラによる様々なスキルと剣技による攻防も既に見切った。だからこそ、彼女もまた決めにかかろうとしているのだろう。俺はそんな様子をじっと見つめる。
「……」
構える。まだ。まだだ。俺の領域はここではない。もっと引き寄せろ。
眼前に迫る
だがしかし、俺は世界最高であり、最速の剣士だ。俺はさらに上に行く。この頂きは誰にも譲らない。
さらばだ……カトラ。
「第四秘剣、紫電一閃」
抜刀。鞘から抜かれる刀は今までの中でも最高峰の速さを伴ってカトラの袈裟を狙う。この瞬間だけは、全てがスローモーションに見える。眼前。文字通り目の前にカトラの小太刀が迫り来る。だが俺の紫電一閃の方が僅かにだが、速い。この速さは世界最速だ。俺についてこれるものなど、もうこの世界に存在しない。
そして、煌めく刃はそのままカトラの袈裟を斜めに裂いた。ゼロコンマの世界。俺とカトラの差はわずかだった。だがそれでも、俺の方が速い。たったゼロコンマの差でしかないが、BDSでは無慈悲にそれが現れる。
俺はじっと地面に伏せるカトラを見つめる。既にHPはゼロだ。彼女も意識を失っているのか、身体が動く様子はない。俺の最大のライバルであるカトラを斬り伏せた。俺は……勝利を手にしたのだ。
そして大歓声を感じるとともに、電子アナウンスが淡々と流れる。
「勝者、レイ」
爆発。それは音による爆発。全ての観客が俺の勝利に声をあげる。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」
手をあげて、勝利の余韻に浸る。この仕草も、もうどれだけしたか分からない。もうどれだけ勝ったか分からない。
俺はさらなる別次元にたどり着いた。この戦闘でさらなる高みにたどり着いたのだ。ありがとう、カトラ。お前の存在は無駄ではなかった。しっかりと俺の踏み台になってくれた。そういう意味では、一人では生きていけない。全て俺を高める為に他のプレイヤーは存在している。ある意味で、俺は孤独ではないのかもしれない。
「……勝った」
ぼそりと呟いて、自分の右手を見る。
震えている。ぶるぶると震える手はしっかりと愛刀を握りしめている。2度目だ。世界を取ったのは2度目。だと言うのに、喜びという感情はなかった。ただ、安心した。安堵した。この場所にまたたどり着くことが出来た。もうそこに、純粋な喜びなど無かった。俺は安寧の場所を求めて彷徨っている。そしてその場所は2度の世界覇者になってもたどり着けないようだった。俺のたどり着く場所はここではないようだ。
ならばどうすればいい?
もちろん、答えは決まっている。勝てばいいのだ。勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝利を重ねた先に俺の求める安らぎの場所がある。そう信じて進むしか無かった。もう戻ることはできない。俺は前に進むしか自分を動かすことはできなかったのだ。
「……終わったのか」
終わった。俺はたどり着いた。再び世界の頂点にたどり着いた。でもこれは始まりだった。全ての終焉の始まり。
もう、逃げることはできなかった。勝利は俺を決して解放してはくれなかった。
輝かしい世界の頂点。でもそこからの世界は一年前と変わることなく、赤黒い霧に覆われていた。そして自由を象徴する翼も、その時を境に崩れ落ちていった。
世界最強の天才プレイヤー、レイ。名実ともに世界の頂点。俺の脅かすものなど、もうどこにもいない。
だが翼を失った鳥は、行く場所もなくただただ消えるしかない。俺はそのことを後に知ることになる。
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