第5話 BDSプロリーグ
BDSプロリーグ。そこには階級が存在し、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナと段階が上がっていく。2か月という短い時間を通して数多くの試合をこなし、勝率上位5名が上のリーグに進み、下位5名が下のリーグに落ちる。各リーグにいる人数はまちまちだが、平均して40~50人程度。全員と試合をするわけではないが、それでも対戦カードが決まるのは完全ランダムな上に前日に決まる。そのため、自分のリーグにいる相手のデータを集めるのは至極当然のことになる。
しかし、俺がプロになった当時は……と言ってもほんの少しの時間だけだが、各リーグの勝率一位は無条件でプラチナリーグに入れると言うシステムがあった。俺はそれのおかげで短期間でプラチナリーグ入りし、そこでも全戦全勝。名実ともに世界トップのプレイヤーの仲間入りをしたのだ。
「……ふーん。昔はちょっとルールが違ったのね」
「リリース当初だったからな。今はいきなり上がる制度はない。コツコツと重ねていく必要があるな」
「でも……その方が燃えるってものよ!!」
「ははは……シェリーは元気だな」
夜。あれから自宅に戻ってきてすぐにBDSにやってきていた。そして今はプラチナリーグの試合が行われるアリーナのVIP席に二人で座っている。VIP席からの眺めは完璧で、かなり間近から選手の戦いを見ることができる。この席のチケットは金では手に入らない。プレイヤーの紹介がなければチケットを手に入れることができないからだ。俺は今回カトラのおかげでここに来れたが、これは本当に感謝するしかない。
「ん?」
「どうしたの、レイ?」
「メッセージが来た……えーと、顔を出せ?」
「それってまさか……?」
「カトラからだよ。はぁ……まぁ会うしかないよなぁ……」
「ほ、本当にカトラと会えるの!!?」
「会えるけど、俺は気が重いよ」
「行きましょう! さぁ早く行きましょう!!」
VIPルームを出ると、俺たちは二人でプレイヤー控え室に向かう。シェリーはカトラに会えるのを楽しみにしているが、あいつは本当にうるさい女だ。現役時代も何かと難癖をつけられて、試合の最中でも話しかけてくる。でもそのおかげで今こうしてここにいるのだが……。
そしてカトラの控え室の前に来た俺はドアを軽く叩く。
「カトラー、入るぞー」
「えぇ。どうぞ、入ってくださいまし」
その声を聞いて俺が先頭になって室内に入る。
そこには立って装備を整えているカトラがいた。第四回世界大会覇者にして、現在の世界ランク2位に位置しているカトラ。最初期のプレイヤーにもかかわらず、未だにプラチナリーグの上位に留まっているすごいやつだ。
見た目は大和撫子風のキャラで装飾も真っ赤な花々を基調とした着物に黒髪の長髪を
俺は当時はそんなに気にしていなかったが、カトラは違う。こいつは試合だけでなく、その衣装も手を抜くことはない。
完璧主義のプレイヤー。それこそがカトラの強さを構築しているのだ。
「レイ、久しぶりですね。それにしても、キャラ……変えたんですね」
「あぁ、前のレイは消したからな。それにしても、カトラこそ元気そうだな」
「えぇとても元気にやっていますよ。でも、あなたがいないBDSは退屈ですのよ? それにいつも連絡しても返事は素っ気ないですし」
「……まぁ今まで邪険にして済まなかった」
「あらあらまぁまぁ。レイから謝罪があるなんて、まるで夢のよう! 今日はこのBDSに雪でも降るのかしら?」
「お前なぁ……はぁ……変わってないなぁ」
「ふふふ。で、そちらは……レイの弟子ですか?」
「は、はい! シェリーと言います! レイにコーチをしてもらっています!」
「ふーん。へぇえええええええええええええええええ?」
ジロジロと見定めるようにシェリーを見るカトラ。一体何をしているんだ?
「こいつ、リアルでも会ってるの?」
「というか……お前だから言えるが、同級生だよ」
「はーあ……なるほど。で、男よね? 女のキャラ使ってるけど」
「いや女性だよ」
「はーあ。もういいです。わかりました……今度リアルで会いに行きますので、覚悟していてください」
「はぁ……?」
「では失礼。試合、楽しんで下さいね。お二人とも」
カトラはわけの分からないことを言って、そのまま控え室を出て言った。
「かっこいい……」
「え?」
「やっぱカトラはかっこいいわねぇ……」
シェリーはあいつの態度がどうにもお気に召したらしく、しばらくうっとりとしているのだった。
◇
「さて……そろそろ始まるな」
「そういえば今回の対戦カードは……」
「相手はゴメスか。プラチナに上がって来たのは確か、最近で成績も悪くないが……」
VIPルームに戻って来た俺たちは早速今回の対戦カードについて話し合っていた。
「ゴメスといえば、典型的なパワーでゴリ押しよね。ヘビータイプの中でも剣技型でスキルもあまり使わないし」
「そうだな。正直、あそこまで偏っているのも珍しい。現環境ではスキルは必須だけど、ゴメスは最低限しか使わない。それほど剣技に自信があるんだろう」
「使っているのは……クレイモアね」
「クレイモアはなかなか扱いが難しい。プロの中でも採用しているのはごく一部だけだしな」
クレイモア。それは両手で振るう巨大な剣だ。刃渡りは1メートルから2メートルだが、ゴメスは2メートルのものを使っている。刃の幅も広く、剣全体の形は刀身の方に傾斜した
リリース当初はよく見かけたが、現在のBDS環境ではライトタイプとミドルタイプが多くを占めているためクレイモア使いはかなり珍しい。
しかしこのゴメスという選手は一撃粉砕をプレイスタイルに掲げており、一撃をまともに喰らえばHPは1秒とせずにゼロになる。典型的なパワー信条のプレイヤーだ。でも俺は嫌いじゃない。全てをそつなくこなすよりも、何かに特化していた方が見ていて面白いからだ。
「でも相手はカトラ。善戦できるかしらね」
「それは見てからのお楽しみだ」
そんな雑談をしている間にも、二人の選手がスフィアにやってくる。じっと睨み合っており、その緊張感がこちらにも伝わってくるほどだ。
「それではスフィアを決定致します」
電子アナウンスが流れると、スフィアのルーレットが回される。スフィアとは戦うフィールドのことで毎試合ランダムに選択される。スフィアの種類は様々で市街地戦もあれば、森林での戦い、それに水や氷などもある。またシンプルに大理石のみのスフィアもあったりする。
そして今回選択されたのは……。
「今回のスフィアは、森林に決定いたしました」
その決定を見て、俺はぼそりと呟いてしまう。
「決まったな……」
「うん、決まったわね」
シェリーはそう言っているが、俺が言いたいのは違う。決まったのは『勝敗』だ。勝者が誰で、敗者が誰か。勝負は蓋を開けて見なければ分からないというが、今回に限ってそれは分かる。
さて、お手並み拝見といこうか。
「試合開始」
そのアナウンスを合図に互いの選手は目の前に広がる森林を走り抜ける。今回のスフィアは真正面からの戦いではない。互いのスタート位置は不明で索敵をしながら進んでいく必要がある。またスフィアの広さもかなりのものだ。すぐに相手の位置を特定するのは不可能だろう。
また二人のプレイヤーの位置は目の前のモニターでリアルタイムで
「あ、カトラが動いたわね」
シェリーの言葉の言うとおり、カトラは急に明後日の方向を見るとそのまま直進。そしてそれはゴメスがいる場所にドンピシャだった。
「流石のスキルだな、カトラは」
「確かカトラのスキルは……」
「
「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
ゴメスの方もカトラが近くにいることを感じ取ったのか、周囲の木々を闇雲になぎ倒しまくる。
「うわ。すごいわね、あのパワー。当たれば即死は間違い無いんじゃない?」
「当たればね」
「何よ、嫌味な言い方ね」
「ごめんごめん。でも、今回の試合は削り合いはないだろうね」
「どう言うこと?」
「一撃で決着がつくってこと」
「レイの推測が正しいかどうか、検証といきましょうか?」
ニヤリと微笑むシェリー。どうせ俺の推測が外れると思っているんだろうけど……もう決着は近いだろう。
「俺はここだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!! 出てこいカトラあああああああああああああああああああああああああッ!!」
ゴメスは周囲を平地にする勢いでクレイモアを振るう。確かに木々をなぎ倒して視野を広く確保すると言うのは正しい戦略だが……ゴメスのやつはもっと敵を知るべきだな。
「……あ!」
その声はシェリーだった。そしてそれと同時に試合終了のアナウンスが流れる。
「試合終了。勝者、カトラ」
カトラはカメラに向かってニコニコと笑いながら手を振る。
そう、試合はすでに終わった。今の一瞬、本当に1秒以下のゼロコンマの世界で決着がついた。ゴメスがクレイモアをただ無意味に振るっている間に、カトラは接近して持っている小太刀で首を落としたのだ。
そしてゴメスの体はパラパラと砕け散り、上空に雪のように登っていく。
「え!? 今のどうやって!? カトラってあんなに速かった!?」
シェリーは困惑している。無理もない。今までのカトラとはプレイスタイルがかなり違うからな。でも現実としてカトラはやってのけた。超高速で相手に近寄り、一閃。予想通り一撃で決着がついたのだ。
これが現在のプラチナリーグの上位陣の実力。そしてBDSの世界基準だ。
俺はじっとスフィアを見つめながら、思索に耽るのだった。
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