第15話 執念に似た情熱

「何でも創れちゃうんだもんね、芸術家って」

「確かに。天才肌って言葉が似合うよな」

彼女は創造物を見ながら頷いた。

部屋は白色で、中へ入ってみると意外に広く、

黄色い照明が創造物の後ろにある壁を照らしていた。

「心愛ちゃんなら、この創造物になんて名前を付ける?」

「うーん、」

どんな名前を付けるのだろう。

ネーミングセンスの良い彼女のことだから、きっとお洒落な名前を付けるに違いない。

「うーん、」

なかなか良い言葉が降ってこないのか、三分程悩んだ挙句に出した答えが、

「大きな丸いもの」

「大きな、丸いもの…?」

心愛ちゃん。それは、そのまま言葉にしただけじゃないか。

いつもの素敵なネーミングセンスは、どこへ行ってしまったんだ。

―戻ってこい、ネーミングセンス。

「ごめん。なんか、良いもの思いつかなくて…思いついたら言うね?」

彼女は苦笑した。

彼女は、『大きな丸いもの』に近付けるだけ近づいて、いろんな角度からそれを見ていた。

「すごいね!良く見てみると、針金一本一本で丁寧に形作られてる」

「本当だ」

見れば見るほど吸い込まれそうな、『大きな丸いもの』。

名前が長くて言うのが大変だな。どうにかしてくれ、心愛ちゃん。

「針金の…」

「ん?」

「針金の、球体…いや、違う、うーん、針金の…巨大…」

ああ、彼女は考え込んでしまった。自分だけの空想の世界に飛んでいってしまった。

「心愛ちゃん、心愛ちゃん」

だめだ。何度読んでも返事がない。

一旦考え込んでしまうと、彼女はなかなか自分の世界から出てこられない。

せっかくのデートなのに…。

心愛ちゃん、お願いだから戻ってきてー


「銀色の巨大サークル」

「えっ?」僕は、彼女の言葉を聞き返した。

「この針金の創造物の名前。あまり良いネーミングできなくてごめん」

「いいと思うよ、その名前」

「そうかな?」

「うん。良いネーミングだよ」

僕は、『大きな丸いもの』―いや、『銀色の巨大サークル』を見て言った。

「ありがとう」

彼女は笑った。

「大きな丸いもの、よりはましでしょ?」

「うん。名前長かったし、言いづらい」

「も~ひどい」

そう言いながらも彼女は笑っていた。


銀色の巨大サークルは見れば見るほど繊細で、

これを創るのにどれほどの時間を費やしたのか考えてみたが、

かなりの製作時間になるのだろうということしか、思い浮かばなかった。

気の遠くなるような作業を繰り返し行って初めて、

このような人をあっと驚かせるような作品ができるのだなと思うと、

それだけで価値があると思えた。

「執念に似た情熱を傾けられるって、すごいなあ」

「そうだよね。情熱を傾けられるものがあるって、素晴らしいよな」

僕はため息をついた。

「僕にはできないけど」

「そんなことない。ひろくんならできる」

「そんなことないよ。とてもじゃないけど、僕はこんなの創れない」

僕はふっ、と笑った。

「それはそうかもしれないけど」

彼女は真剣な目で僕を見て言った。

「ひろくんなら、何でもできる気がするの。だって、ひろくんは私の…」

そこまで言って、彼女は話すのをやめた。


僕は、心愛ちゃんの…?


その先が、とても気になって仕方がない。そんなところで、止めないでくれよ。

すごく気になるじゃないか。

「そこで止めないでよ。最後まで言う」

僕は、彼女の手をそっと握った。

「…ひろくんは、私のヒーローだから。

いつも私を元気づけてくれるし、いつも私を助けてくれる、ヒーローだから」

嬉しすぎて、にやけてくる。

緩みそうになる頬を引き締め、僕は彼女を見つめた。

「それにしてもすごいよね。針金一本一本をあんなに綺麗な円形にできるんだもん。

芸術家って、本当にすごい」

僕は黙って頷いた。

芸術家が傾ける『情熱』と言うものを自らの心の中にも燃やしたいー

そう思った瞬間だった。


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