1. サザン貴族院官邸防衛線 (2)
救援に駆けつけたハルカ、およびサザン軍が官邸防衛に奮闘していたその頃、ケートス内部のブリッジではファーヴェルのカメラから状況を分析していた。
正面のモニターに送られてきた黒い蔦を他のプロームが斧、長剣などで切り裂いていくがすぐに再生される光景が映し出される。
「アナンさんの情報から予測していたとおり、発生しているのは土地浸潤型で間違いなさそうですね。再生能力が高い」
うめくようにイツキが話す。
「うわ、見渡す建物全部にこびりついている……黒カビみたい」
「イツキ、この形態ってケートス奪還前や、先日のファリア大陸奪還戦の時に見た気がするのです。地面や植物に付着していたような」
苦々しい顔をするナノの側でノウェムが問いかける。
「ケートスやファリア大陸で見たものは、他のケイオスの一部や分泌物によるもので、フェーズ2に進めるために大地を侵食するためのものです」
「ということは、ファリア大陸やケートスで見た黒い蔦のようなものは、他のケイオスによる副次的な物、ということです?」
「その通りです。対して、土地浸潤型ケイオスは戦闘に特化した分体を発生させない代わりに、コアの発生や分体の精製を得意としています。自身の生存圏を拡大させることでフェーズ2への移行を促進させてしまう、他のケイオスよりも厄介で恐ろしい形態です」
ごくり、とブリッジにいる全員が唾をのむ。
フェーズ2へ移行したケイオスの恐ろしさは、先日身をもって知ったばかりだ。
「それにしても、イツキ殿は確信を持って話されているようですが。まだ出現していないケイオスなんて、どうやって分析されたのですか?」
ウコンが不思議そうに問いかけると、ヤナギが胸を張る。
「わしとイツキ殿で分析したのだ。他のフェアリスからの報告や情報を統合させての」
「奪還するまでケートスはケイオスの楽園と呼ばれていたそうですからね。ケイオスの情報サンプルは十分でした。第一次オービス会議に間に合わせるためにレポートは突貫工事で作ることになりましたが」
誇らしげなヤナギに対し、イツキが遠い目になる。会議の前の緊張に追い立てられながら必死でレポートを作ったのだ。徹夜で文章を作ったのは、大学生以来である。
第一次オービス会議では無駄になってしまったが、そのおかげでアナンと繋がりができ、事態の対処に一役買っているのであれば作った甲斐もあったというものだ。
「形態だけでなく耐久度についても予測通りですな。映像を見るに、平均的なケイオスよりもコアがもろいようです」
ヤナギが銃器武装のプロームがコアを破壊している様子を見て感嘆するように話す。
「コアの脆弱性が弱点ではあるのですが、その後をすぐに埋めるようにケイオスがフォローしています。これではキリがない」
「なれば、ケートスによる火砲で薙ぎ払うのが効果的。ただ、それまで官邸が保つか……」
どうやってこのような進化を遂げたのかはわからないが、再生能力の高さが非常に厄介だった。このままでは到着前にプロームの補給が追いつかずに防衛線が崩壊してしまう。
「あのさ、イツ君。思ったんだけど、別にケートスを大陸まで到着させなくてもいいんじゃない? せめて射程圏内に入ることさえできれば、到着予測時間よりも殲滅行動は早められるよね?」
ケイトの提案にイツキが思案する。
「問題はどうやってコアの位置を全部捕捉するかなんですよね……」
ケートスは索敵範囲が狭いことが弱点となっていた。ファリア大陸の攻略ではそれがネックになってしまったくらいである。
イツキが考え込む中、新たな映像がケートスに送られてきた。
◇
イツキ達がケートスにて会話をする少し前。
サザン貴族院官邸より離れた位置では、黄緑と朱色の2機のプロームが戦闘していた。
「ふっ!」
黄緑色のプロームが手にした火砲杖で蔦の束による刺突を受け止め、捕縛される前に振り払う。
「レン、ここら辺のサーチできたよ! 情報送るね」
黄緑色のプロームの背後で短剣を構えていた朱色のプロームの乗り手が声をかける。
即座に黄緑色のプロームが火砲杖を前方に構えると、先端からオレンジ色の光が放たれ、中空で分かれた周辺に点在するコアへと迫る。
しかし、当たる直前で複数のコアのない枝が立て代わりとなり、拡散砲による攻撃を防いだ。
「平面からの砲撃を読んでる。学習している感じだな、厄介な」
「コアの位置は捕捉できてるんだけどねー」
ミナが乗っているプロームは珍しいセンサー機能特化型のプロームだ。敵の位置の捕捉や弱点の割り出しなどの情報収集に特化している。対人戦においては、敵のセンサーを狂わせて命中率を下げるなど妨害行為でサポートできる。
「索敵能力を
拡散砲を防いだ蔦がざわざわと元の場所に戻っていく。
「機敏に動いているが植物を元にしている以上、明らかに目は無さそうだな」
「だよね……」
触手のようにグロテスクに動く植物を目の当たりにしながら、げんなりと二人が話す。
2機が攻めあぐねていると、そこへ上空から声がかかった。
「よかった、見つけた!」
飛行ユニットを光らせながらファーヴェルが二機の側に降り立った。
「ファーヴェル、だったか?」
「エイジスの、だよね?」
レンとミナが戸惑うように話し込む。すでに部隊にはエイジスから先行してプローム機が救援に来ていたことは軍の通達で聞いていたが、詳細までは聞いていない。
レンとミナの反応からハルカがハッとする。懐かしさと嬉しさから、つい、以前のように声をかけてしまった。
「えっと、エイジス所属のハルカとノイン、です。ファーヴェルのプローム乗りです」
名乗りを聞いて、レンとミナが驚く。
「ちょっと待った、ハルカってエイジスの皇子じゃないか。何だって直に」
「うちのお姫様と一緒なのかもよ。黙ってじっとしてられないとか」
「あはは……」
レンとミナの推測にハルカがファーヴェルの中で苦笑いを浮かべ、ノインがモニターの中で言わんこっちゃないというように呆れた表情を浮かべる。
「と、先に名乗ってもらって失礼だったな。サザン貴族院特殊上位部隊所属、レン、ディザスター・ロアだ」
「同じく特殊上位部隊所属のミナ、フォロカルだよ、よろしく。あと、ユイから話は聞いてるよ、年同じくらいなんでしょ? だったら、堅っ苦しい言葉はなしで」
「というより、この場合敬語を使わないといけないのは俺らの方なんじゃないのか?」
レンとミナがそれぞれ名乗り、レンの方が首を傾げる。
「別に、敬語不要ならそれで。こっちも助かるし、それに皇子って言われても俺も困るから」
言いながらハルカは苦笑した。
それよりも、同い年ぐらいだったことにハルカは内心で意外に思う。地球でのオフ会前に自分だけ年少な気がしていたのだが、そうではなかったらしい。
「そういえば、俺らのこと探していたみたいだったけど、何か用か?」
レンの疑問にはっとハルカは気が付いた。そうだ、懐かしさから和やかな雰囲気になってしまったがそんな場合ではない。
「少し、補給できる時間を作りたくて、2人に協力してほしいんだ」
数分後、ファーヴェルはディザスター・ロアを抱えて貴族院官邸の真上を飛行していた。
暗く沈んだ街の中で官邸のみが煌々と明かりが灯り、抵抗している様子がよくわかる。
「なるほど、ディザスター・ロアで空中から砲撃する、というわけか」
ディザスター・ロアのコクピット出力を調整しながらレンが話しかける。
「うん、ミナのフォロカルから捕捉したコアのデータを送ってもらって、それで官邸周辺のケイオスを一時的に殲滅させて後退させる。その間に交代で補給してもらって前線を立て直してもらう」
『おっけー。捕捉した情報を送るよー』
ミナから通信が入り、モニターに官邸周辺500メートル内のコアの位置が表示された。
ディザスター・ロアは、黎明の旅団のルイが持つディザスター・ケインの兄弟杖だ。設計構造こそ似ているが、性能はケインに勝るとも劣らず、拡散砲などを精密射撃する際はロアの方が扱いやすい。
「ハル、あなたの役割はディザスター・ロアがきちんと当てれるよう姿勢保持をサポートし、発射の瞬間に衝撃で照準がぶれないようにするのです」
ノインが、計算結果をモニターに表示させていく。
「ディザスター・ロアの拡散砲からの反動の予測数値、姿勢制御のために必要な機体の瞬間出力は割り出せました。出力の調整は私がするのです。後はハルがどれだけ、ディザスター・ロアの乗り手とタイミングを合わせられるかです」
早ければ照準がぶれるし、遅ければ反動で衝撃を受け機体も乗り手もダメージを受けるだろう。
決まったタイミングで引き金を引き、決まったタイミングでこちらもスラスターの逆噴射をかける。やることはシンプルだが難しい。この行動の成否によって戦線の維持がかかっているならば、プレッシャーで緊張するし、誤差も生じる。
けど。
「だいじょうぶ。何とかなる」
ファーヴェルからの言葉に、ディザスター・ロアのコクピットからレンは笑みを浮かべた。
何の根拠もない自信。失敗することなんて微塵も考えていない、そんな様子が伝わってくる。
そして、それはレンの方も同じだった。
(懐かしい、というには感覚が不思議と最近なんだよな。よくこんな感じで背中を預けたことがあった気がする)
そんな感慨を抱きながら、レンはディザスター・ロアを操作し、武装の先端を官邸へと向けて構えた。
「落とすなよ」
「誰が。そっちこそ外すなよ」
歴戦の相棒のようにレンとハルカが軽口をたたきあう。
『二人とも、カウントダウンいくよ――5、4、3、2、1』
ミナのカウントダウンが0になった瞬間、空中のディザスター・ロアから拡散砲が放たれた。
同時にファーヴェルの飛行ユニットが一瞬だけ強く光を発する。
砲台替わりとなったファーヴェルとの誤差はハルカの体感的には、ない。
官邸周辺を枝分かれしたレーザーが、降り注いでいく。
各所で小さな爆発が起こった後――官邸の防壁まで迫っていた黒い蔦、土地浸潤型ケイオスの分体が消滅した。
「ケイオスの反応、範囲内での消失を確認!」
「すごいのです……!」
ミナが結果を報告し、ノインが誤差やタイミングを計測した結果から感嘆の声をあげた。
ミナのカウントダウンに合わせて、ディザスター・ロアが撃ったタイミングとハルカのファーヴェルがスラスターの出力を上げたタイミングの誤差は0.01秒以下。
人力でここまでの誤差がないのがノインには信じられないほどだ。
(レンの方には地球での記憶はないはずなのです。それで急なコンビネーションにも関わらず、合わせられる。これが人のなせる技なのでしょうか……)
そのまま、ファーヴェルはディザスター・ロアをフォロカルの側に下ろすと、機体でグータッチをかわした。
◇
ファーヴェルとディザスター・ロアによる空中砲撃、それによる戦果は緊急指令室のゲンたちも掴んでいた。
「総長!」
「敵が後退した! エネルギーが消耗している機体は戻ってきて補給を受けろ!」
部下からの戦果報告を待たず、モニターからコアの反応が一斉消失したことを確認するなり、ゲンが指示を飛ばした。
絶好の機会を窮地へと変えないために、だ。
「全員、決して前線をあげようとするな! 家族が帰る場所を取り戻したいなら、まずは維持に努めろ!」
今まで防戦一方だったところの好機だ。押し返せるかもしれないと焦る気持ちが生じる可能性は多いにある。
だがここで攻勢に出ても、現在残っている戦力で押し返すことは不可能だ。
救援を待つまで防衛線を維持する、それしか活路はない。
『『『了解!』』』
口惜しさ、疲労、さまざまな感情がありつつも、前線で奮闘する兵士たちからの応答にはゲンへの信頼が込められていた。
◇
一方ケートスでも、ファーヴェルとディザスター・ロアが見せた空中から拡散砲を撃つコンビネーションをモニターで映していた。
映像を見て、ケイトが口笛を吹く。
「やるわね」
「さすがでございます、若」
「合わせた砲撃手も見事」
出撃ポートから戻ってきたウコンとサコンがぬいぐるみ形でうむ、と感心するようにうなずきあう。
「空、サーチ、砲撃……そうですね、その手がありましたか」
ファーヴェルとディザスター・ロアの連携を見て、イツキはあることをひらめいた。即座に通信士に指示を飛ばす。
「タイタスのミナトさんにつなげてメッセージを送ってください。例のものを打ち上げます。試作して通信目的で打ち上げていたものからデータが得られたので、これから本命を打ち上げます、と」
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