7. 悪い予感 (2)

 天空に浮かぶ建造物。

 冒険小説やアニメなど様々な創作物で描かれるその存在は、地球でも未だ実現していない。

 絵やCGで見ただけでもわくわくするのだ、実際に目にできたらきっと感動するのだろうな、と。

 そんな少年心を持っていた時期もあるにはあったのだが。

 

 下部の飛空艇のドックから移動し、宮殿を思わせるような蒼空に映える白亜の会議場本館、その玄関を前にしてイツキはため息をついた。

 戦争に明け暮れている世界背景を知っているせいか、空想の産物を目の前にしても国の見栄や体面という言葉が頭をちらつき、感動する気が全くおきない。

 

(こうも冷めてしまったのって、すれてしまったせいでしょうかね。それとも各勢力の代表者を前に弁明しないといけない緊張からでしょうか……)

 

 センチメンタルになりつつ、自嘲する。それも、逃避的思考だと自覚しながら。


「ご覧ください!この見事な芸術美! これが美術館ではなく、空の上に存在しているということがまさに驚きです。ノトス・サザン合衆国の技術の粋を極めていると言っても過言ではないでしょう!」


 離れた箇所では熱心にリポーターが天空会議場の素晴らしさをアピールしている。

 イツキも飛空挺内で天空会議場についてラジオを聞きながら来たが、最新鋭の技術を用いて作られた建造物であり、アメニティや通信機器の水準がこの世界で最高峰であると誇るように報道されていた。


(飛空挺の技術を応用したみたいなので、燃費は悪そうですね。というよりも、飛行型のケイオスがいる以上、安全面が心配ですが)


 ラジオで聞いた内容と実際に見た様子から冷めた感想を抱き、また夢が無いな、とイツキが肩を落とす。

 今も報道関係者が居るように、今回の会議の様子は生中継されるということであった。

 一介の技術者に過ぎない自分が国際的な政治に関する会議に参加する、そしてその様子は民衆に伝わるのだ。そう考えただけでもイツキの足取りは重くなる。


(帰りたい、ですが……そういう訳にも行きませんね)


 今頃、息子たちは海上を移動中なはずだ。子どもたちに危害が及ばないようにするためにも、弱気になってばかりはいられない。

 重たさを振り払うように一歩踏み出すと、後ろから声をかけられた。小型プロームを使ったヤナギといつも通りの半透明な状態のノウェムである。


「待ってくだされ、その格好で本気で行く気ですか?」

「ええ、そのつもりですが?」


 イツキの服装はいつもの襟付きシャツにジーンズとラフな格好である。


「地球には、確かフォーマルという発想があったと思うのですが……」

「あるにはありますが、あんまり気張った格好をするのは、逆に誤解を与えてしまいますから」


 むしろこれで何が問題なのか、イツキとしてはよくわからない。


「そう言えば、ケイトが行く前にごめんね、って申し訳なさそうにしてたのです」

「うむう……」


 ノウェムがしょうがないものを見るような目で呟き、ヤナギも何と言ったものかと困った様子である。

 おそらくケイトも一言釘を刺したのだろう。だが、この調子では聞かなかったようだ。

 

「とりあえず、イツキ殿こちらへ」

「はい?」


 ヤナギがイツキを玄関前から離れた人目のないところへ誘導する。周囲を確認してからヤナギがイツキの背中へと触れた。

 すると、イツキの服装が淡く光を放ちながら元素変換され、異なるものに変わる。光が収まると、群青の外套に、同型色の軍服に近いような礼服へと変わっていた。


「これでよし、と」

「ちょっ、なんなんですか、これは?」


 確かにフォーマルかもしれないが、肩章けんしょう飾緒しょくしょといった装飾から大仰に見える。むしろ、威圧感のかけらもない自分が着てもコスプレになってしまうのでは、とすら思う。


「場にそぐわなすぎても、発言する権利すら与えられんかもしれませぬ。TPOが大事、ということです。では、行きましょう」


 文句は認めない、と言わんばかりにヤナギが内部へと歩きだす。

 どこか釈然としない気持ちになりつつもイツキがあとへと続いた。





 本館内に入ると、外観からの想像に違わず、迎賓館を思わせるような豪華な内装となっていた。玄関とは異なり報道陣の姿はなく、静まりかえっている。

 スタッフにヤナギが声をかけると、本会議場へと続く廊下へと誘導され、直進の長い廊下を歩いていく。

 中ほどまで来たところで途中の扉から出てきた、ある集団とすれ違った。

 数人の黒いスーツの護衛と、中心には波打つ亜麻色の髪を流し、ヴェールをかぶり、白い清楚なドレスを着た妙齢の小柄の美女。

 気になってヴェールを越しにイツキがその人物を見るが、視線は合わない。

 それは、目に止めなかったとかそういうことではなく、その美女の目は、イツキが思わずぞっとするほど意志の光を宿していなかった。

 過ぎ去った後で、思わず立ち止まり、寒気をこらえるように腕を抑える。


「なんでしょうか、今の人は?」

「あれは、精神束縛を受けた人なのです」

「精神束縛……?」


 不穏な響きから反射的に聞き返す。


「この世界で戦争を維持するために政治家をフェアリスが裏で操っていると以前話していたと思うのです。そのための技術が精神束縛です。それを受けた人間はフェアリスが与えた役割以外の行動ができなくなるのです」

「だから、精神束縛ですか……。しかし、あの調子では逆に他の人々から怪しまれるのでは?」

「疑念を持たれないよう周囲の人間の認識もいじります。ただ、あそこまで、何の自発行動もできなくなるまで縛るのは私も初めて見たのです」


 ノウェムの説明を聞いてイツキは抑えていた腕を握りしめる。

 自由意志と行動を封じ、強引に信じ込ませる。それは意志と尊厳を踏みにじる行為だ。そんなものが国際情勢の趨勢を決める場でまかり通っているとは。


「本当、この世界はおかしなことになってるんですね」


 実感とともにイツキが呟く。対して、ノウェムとヤナギは一瞬無言になった。


「途中襲撃を受けることを覚悟してついてきたのですが、無事に着いたので私はナノのもとに戻ろうと思います。イツキ、健闘を祈ります」


 ナノが心配なのか手短に告げると、ノウェムの姿が消えた。

 イツキとヤナギは廊下の終点の最も奥の大きい扉、本会議場前にたどり着くと、ヤナギが護衛者に断り、入室する。

 会議場では、大きな安楽椅子が5つ、そして付き添い者用の椅子が斜めに添えられていた。

 安楽椅子に埋まっている席は4つ。それぞれユエルビア共和国の首相、シーナ大帝国の女帝、ノトス共和院の主席、サザン貴族院の主席がすでに座っている。


 イツキが知っているのはフェアリスから聞いた情報とラジオから得た情報だけで、顔も知らず、各国の背景情報や力関係も知らない。


(何から何まで不利ですが、やるしかない)


 残る一つの安楽椅子にイツキが、斜め後ろにヤナギが腰掛けた。

 間もなく、会議場の扉が閉められ、主催であるノトスのヤムナハ主席が立ち上がる。


「では定刻のため、これより第一次国際会議を開始させていただく」


 策謀を巡らせる者、打開すべく希望を抱く者、事態を静観する者。

 様々な思惑と視線が絡み合う中で。

 

 10年の争乱にピリオドを打つきっかけとなる、第一次オービス会議の幕が切って落とされた。

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