6. 嵐来たりて (2)

 重い空気の漂う夕食の後、ユイはイツキがよく作業をしている書斎の前に立っていた。

 昼間は母のことで動転してしまった。正直、今もまだ混乱はしているし、気が沈んでいる。

 だが、自分が今やらなければ事はきちんと理解していた。


「失礼します」


 断りを入れてから、ユイはそっとドアを開ける。

 イツキはいつものように和室の書斎にて自分のパソコンに向かっていた。

 画面に映っているのは複数の文書や数式の並ぶ表であり、プロームの調整、というよりも何かデータ整理をしているように見受けられた。

 ただ、作業内容に対して、鬼気迫った表情は真剣そのもので、パソコンに向き合う背中は体格こそ違うものの、どこか父親であるアナンを思わせる。

 集中しているところへ声をかけるのはためらわれたが、意を決するとユイは口を開いた。


「おじ様」

「え? ああ、ユイさんでしたか。すいません、のめりこんでいて気づけませんでした」


 イツキが申し訳なさそうに言うと座布団をすすめる。ユイが応じて正座すると、おもむろに話を切り出した。


「おじ様、話していなかった大切なことがあります。実は、私は……」

「サザン貴族院主席アナン・ゴドー氏の娘、ですね?」


 確信を持って断言したイツキに、ユイが驚く。


「知ってらっしゃったんですか?」

「いえ、ここは他の大陸から孤立していて、テレビや雑誌など視覚的な情報が得られないので知らなかったのは本当です。ラジオで事故としか報道されていないツインハックの情報を知っていたこと、各国の政府関係者しか知らないはずのフェアリスを見ても驚かないことから、そうなんじゃないかと推測していました。確信したのは、今日のニュースを聞いたときの反応を見て、ですね」


 早い段階で見抜かれていたことにさらにユイは驚きつつも、頭を下げた。


「黙っていてすいませんでした」

「仕方ないと思います。なにせ、ここは未知の戦力を有する無所属の勢力ですからね。テロリストや犯罪集団と思われるのも当然、警戒されてもおかしくない」


 渡瀬家の人柄から、犯罪集団とはユイは全く思っていない。だが、これから話をすることに関わってくることなので話を折らずに続ける。


「私は思っていませんが、各国政府はこの島に住む住人を危険と捉えています。だからでこそ、会議が行われることが確定した今、私がここに居ることは非常にまずい」

「でしょうね。未知の武装勢力が、政府高官の娘を拉致している。責めるにはうってつけの口実ですから」


 ユイの推測に対して同意するようにうなずくとイツキは微笑んだ。


「こちらからも話を切り出そうと思っていたところだったので、ちょうどよかった。今日、研究の成果の一部がようやく形になったので、明日、ハルカに送り届けさせます。ノトス・サザン大陸ではなくここから近いノトス・サザン領土の島になってしまいますが」


 申し訳なさそうに話すイツキに対して、ユイは首を振る。余所者であるにも関わらず、危険を冒して送ってくれるだけでも非常にありがたいことだ。文句などあるはずもない。

 ただ、ユイには一つ気にかかることがあった。


「おじ様たちは、今回の会議に対して、どうされるのですか?」

「……フェアリスの伝手を通じて、明日飛び入りで会議に参加することになりました。一応、こちらの目的を伝えて、各国に交戦意志はないことを示します。なるべく衝突は回避するつもりですが」

「おじ様、それは危険行為です……!」


 ユイは各国政府の事情について、父ほどではないが情報を得ている。穏健派である父が苦労しているからでこそ、各国がどれだけ好戦派に傾いているかも。

 イツキの願望がいかに無謀なことかユイは理解していた。

  

「危険かもしれません。が、努力はしないといけない。逃げることもできなさそうですから」


 おどけたようにイツキは話すが、どこか決意した印象をユイは受けた。追い詰められて、何かを諦めて進まないといけないような、そんな悲しい決意を。


「最悪、戦争になることは想定しています。だから、逃げてほしい」


 数日、渡瀬家にユイは世話になった。ここの人たちがどれだけやさしくて、戦いを自分から望んでいないかをユイは知っている。けど、自分はここに居ても火種でしかない。


 イツキ、ケイト、ハルカ、ナノ、全員が戦火に巻き込まれること、この温かな場所が焼かれることが、ユイには耐えがたかった。

 不安げな少女を見て、イツキがユイの頭をなでる。


「大丈夫、少しでも回避できるよう努力はしてみます。そのための準備もしてますから」


 そう言うと、イツキは、いつものようにユイに穏やかに微笑んだ。

 絶望的な予測を浮かべている内心を押し隠すように。



 ◇



 イツキとユイが会話していたのと同時刻、天空会議場のノトス陣営専用の客室にて、ノトス共和院主席ヤムナハはある人物と通信していた。


「まったく、せっかくこちらで宴の準備をしていたというのに」


 椅子のひじ掛けに肘をつき顎下に手を当てながら、通信相手に対してヤムナハが軽口をたたくように告げる。


『そう言うな。一人で料理しようなどとは、そんな楽しいこと見過ごせまい』


 対して相手も、愉悦を口調ににじませながらヤムナハに話かける。

 重厚な声音、これで威圧されたら気の弱い者は押されてしまうだろうと感じさせる程の圧。

 ユエルビア共和国の首相、ガイナスだ。

 今回の宴を嗅ぎつけ、自分の勢力もその報酬を得たいと思ったのだろう。


「会議の開催を持ちかけたのはつい先日、なのにもう準備を終えているとは、そちらもそちらで人が悪い」

『ふふ、バレていたか』


 ガイナスが探っていたように、ヤムナハの方でもユエルビアの動向は把握していた。


「まあ、いいでしょう。私は今回、すでに一つの目的は達成して半分満たされた状態ですからね。特別ゲストの参加も決まりましたし。メインディッシュは譲りますよ」


 ヤムナハとしては、最近下方気味の自分の権威をアピールするために各国に放送を流せる天空会議場を設立したのだ。だが、建設したはいいものの、肝心のネタがなかったのである。そこへ、エイジスという餌が出来たのだ。

 国際会議としての場を提供しつつ、各国のリーダーのように印象づける。会議開催まで漕ぎ着けた時点でヤムナハの目標は達成していた。

 エイジスの火砲については気になるものの、ここで自分の取り分が多くなりすぎても、突出し、睨まれるだけだ。

 ゆえに、ヤムナハは素直に譲ったのであった。


『見せ所を譲ってくれるとは、感謝の極みだ。では、明日はせいぜい楽しい宴にするとしよう』


 くつくつと、低い声で笑みをにじませながらガイナスが言うと、互いに通信を切った。



 ◇



 同日、深夜のケートスの内部にて。

 以前、渡瀬家の4人に惑星オービスのことを説明した空間でフェアリスの4人、ヤナギ、ツバキ、ノイン、ノウェムは集まっていた。

 果てなく続く白い空間は、渡瀬家の面々に地球のことを説明した部屋と同じものであり、他のフェアリスの侵入させない効果があった。


「恐れていた日が来てしまいましたね」


 ツバキがため息をついた。

 うむ、とヤナギがうなずく。


「イツキ殿と話をして、明日会議に参加をすることを決めた」

「ヤナギ、それは自殺行為なのでは?」


 ノインがヤナギに問いかける。


「イツキ殿も理解しておったよ。それでも、行かなければならないと覚悟を決めておるようだった。……だからでこそ、ここが好機なのかもしれん」


 ヤナギの言葉にノイン、ノウェム、ツバキが沈痛な表情を浮かべた。


「楽しかったです」

「そうですね、姉さん。楽しかったのです」

「ええ、久しぶりに生き生きとしている仲間たちを見れたわ」


 渡瀬家と出会ってからの日々にそれぞれ思いを馳せた。


「では、ツバキはケイト殿を、ノインはハルカ殿を、ノウェムはナノ殿を、わしはイツキ殿を担当する。それぞれ、しっかりとお守りしろ」


 ヤナギがそう言うと、フェアリスたちは散った。

 イツキ、ケイト、ハルカ、ナノはそれぞれ寝室で休んでいた。

 気づく様子はない。

 ハルカの前に浮かんだノインは悲しい表情を浮かべる。

 これからすることの意味もわかる、その残酷さも。でも、それも守るための一つの方法なのだ。


(ハルカ、ごめんなさい)


 申し訳なく思いながら、ノインはあることを仕込むためにハルカの身体の中に溶け込んだ。

 ヤナギ、ツバキ、ノウェムもそれぞれ同様の思いを浮かべながら、それぞれイツキ、ケイト、ナノの中へと溶け込む。

 静かに行われたその作業に、人間側の4人は全く気付くことなく、運命の朝を迎えることとなった。

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