5. 世界の真実 (4)
ノウェムが手をかざすと透明な壁があるかのように、白い空間にスクリーンが現れ、地球とよく似た世界地図が表示された。さらに、ノインが手で合図すると、世界地図が点線で区切るように縦に4分割される。
「これがオービスの地図です。地球と大陸の形や配置が類似しているので、地球の地名を交えながら説明していくのです」
ノウェムが示すと、まずヨーロッパ、アフリカの区画が点滅した。だが、アフリカ大陸の箇所は黒く染まっている。
「まず、ユエルビア共和国、地球で言えばヨーロッパとアフリカ大陸、アラビア圏を支配においてますが、このうちアフリカ、ここではファリア大陸はケイオスによって浸食されているのです」
「フェアリスの中でも積極的な戦争介入が好きな派閥です。国のトップの人間を直に取り込んだフェアリス、フェア・ヒュームがついていて、フェアリス>フェア・ヒューム>ヒューマンの順に身分を決めているのです」
「ですが、フェアリスはその実在を明かさず、実質的にはフェア・ヒュームが実権を握っている状態なのです。その下のヒューマンは、フェアリスを信仰対象、フェア・ヒュームを奉仕対象とする、という精神設定が施されており、人々のほとんどが労働階級もしくは奴隷のような身分で働かされています。フェアリスが人類を憎んでいる派閥で人類を酷使している、人類にとって一番危険な国と言えるでしょうね」
奴隷、酷使、飛び交う物騒な単語の羅列にケイトとナノが引きつった表情になる。
「わかりやすい独裁体制ね。権力欲に取りつかれた典型的な指導者って感じ」
「なんか、戦記物のアニメでありそうだね」
「……確か、カナタさんたちユエルビア共和国から逃げてきたって言ってた気がする」
ハルカの呟きにイツキの表情が険しくなる。ということは、今朝の子どもたちの惨状を作り出した勢力とも言えるので、警戒した方が良いことを頭の中に刻んだ。
「話を続けますね。次にシーナ大帝国です」
ノインが言うと、中国、インド、ロシアを含むユーラシア大陸が点滅した。
「ロシア、中国、インドなどを含む勢力で、CosMOSにおいて、トップチームに所属していたプレイヤーを多く所有しており、プロームの操縦技術については、他勢力を圧倒しています。ただ、フェアリスの介入が他よりも少なく、内政しか干渉してないようです。それゆえ、逆に内政が安定しない状態が続いているのです。今、トップに若い女帝、そしてバックに元の世界では首脳を勤めていた人物がついていますが現状維持のみで精一杯みたいですね」
ノウェムが言い終わり、一度渡瀬家の面々に質問がないか確認する。
現状では、特にシーナ大帝国に関する情報はないため、特に疑問点はない。
質問がない様子を見てノインがうなずき、アメリカ大陸の区画を点滅させた。
「最後がノトス・サザン合衆国です。北アメリカ大陸、南アメリカ大陸を擁しています。合衆国としているものの、派閥が2つに分かれていて、北側のノトス大陸の好戦派の共和院、南側のサザン大陸の穏健派の貴族院ですね。表立った衝突はないものの、2勢力の間は仲が悪く、冷戦状態にあります。シーナ大帝国についで、CosMOSのトッププレイヤーの人数が多いのも特徴です。フェアリスが技術提供を積極的にしているので、プローム技術の進歩も進んでいます」
ノトスと聞いて、ナノが首を傾げてハルカに問いかける。
「もしかして、お兄が戦ったツインハックっていうプロームの所属もここかな?」
「たぶん。戦ってた時に今まで聞いた勢力の名前を挙げて、こちらの所属を確認しようとしていたけど、ノトスだと戦えないって言ってたから。ノトスの共和院派だったのかもしれない」
「プロームの技術ってもしかしてゲームに近いぐらい発展させてるんじゃないかしら?」
「あの動きを見ているとそうかもしれないですね。旅をしつつ、ゲームにないスペックまでできないか試していたのが功を奏しましたが……」
ケイトの分析に同意しつつ、イツキが言葉を濁す。
ノインとノウェムの助力を得て、プロームのスペックを向上していたからB3単騎でも太刀打ちできた。それは、4人という少人数で旅する自分たちにとってありがたい事実ではある。
一方で、プローム技術が進んでいる国に対して、たった2週間の試作の積み重ねであっさりと勝ってしまったといことにイツキは引っ掛かりを覚えた。
(あれだけの戦闘狂だからあえて高スペックの機体をもたせてなかったとか? なんかもやもやとした嫌な予感を感じますね……)
イツキが何とも言えずに思考していると、こほん、とノインが咳払いした。
「勢力の説明は以上になります」
「ちょっと待った。今説明に入ってなかったけど日本やオーストラリアの区画ってどうなの?」
説明を終えようとするノインにハルカが割って入った。
「ここですか?」
ノインが示すと、世界地図の日本とオーストラリア、東南アジアの島国が点滅した。
「ここは、特にどこの勢力にも属していません。便宜上、エイジス、という名称で呼んでいますが、特に人類もフェアリスもそんなに幅を利かせていなかったので放置状態、ケイオスの楽園になっていたところですね」
「確か、ノイン達から以前聞いた話によると、僕らがいるのは日本にあたる島で、今は東京のあたりなんですね?」
「その通りです」
イツキの問いかけにノインが同意する。
「そういえば、ここまでケイオスを駆逐したのは快挙だー、って言ってたけど、地続きできたから、日本から動いてないわけだよね。どのくらいお掃除できてるの?」
ケイトが問いかけると、えっと、と考え込みつつノウェムが世界地図に色を表示させる。
すると、北海道から東京までは緑のままであり、東京から西は見事に黒く染まった。
「2週間で、日本の半分……」
「見事に気の遠くなるような成果ですね」
げんなりした様子で話すナノにイツキが苦笑いを浮かべた。
というより、領土の広い他の勢力がどれだけさぼっているんだ、とハルカは思ったが、そもそも人類同士の戦争がメインになってしまっている現状じゃ放っておかれているのだろう。
4人のがっかりした様子に、ノインとノウェムが心外だ、と言わんばかりに尻尾をピンと伸ばす。
「大したことないとおっしゃってますが、大したことなんですよ!」
「そうです! たった4人なのにもっとたくさんの勢力よりも確実な成果を上げたのはここだけなのですから」
「姉さんの言う通りです、それに、どれだけ版図を広げるかということだけでなく、このケートスを開放することそのものに意味が……!」
ノインとノウェムが勢いこんで言おうとすると、うおっほん、と首長が咳払いする。話が過ぎたことに気づいて双子がしゅん、と耳を伏せる。
「ノウェム、ノインが説明したように、このような状態なのです。あまり、どの勢力もおすすめできる状況ではないのは確かですが……。すみませぬ、こちらの手落ちであなた方家族を孤立させてしまうことになってしまった。面目次第もございませぬ」
首長が申し訳なさそうに頭を下げるが、その様子はどこか言いたいことを堪えているように人間側4人には見えた。
「言ってくだされば、飛空艇でもなんでも用意しますし、各陣営のフェアリスに声をかけて受け入れてくださるよう口添えします。先ほどこの子らもおっしゃっていたとおり、優秀な技術者と操縦者がいればどこの陣営も受け入れてくださるでしょう」
「あの、そうなると、ウコンやサコンが言っていた、フェアリスだけでケイオスを倒すってどうするの?」
ナノが問いかけると、首長がほっほっほと笑った。
「やさしい子でございますなあ。心配には及びませぬ。我等も進歩する。いずれは、人類の手を借りずともプロームを操れる日が来ましょう。あるいは、プロームに頼らずとも何とかできる日が来るやもしれませぬ」
首長が明るい声で安心させるように話す。
それは強がりであるということがわかってしまい、ナノの表情が曇る。
2人のやり取りを聞いて、少し悩むとイツキは口を開く。
「すみません、もういくつか質問があります」
「なんでございますでしょうか」
「本当に全員移したのでしょうか? その、ケイオスを倒すために移した、といいますが赤子とかまではさすがに、と思ったので」
「そのとおりです、実は惑星に転移をさせた後、この惑星での環境に適応させるのは酷であったので、明確な自我が生まれる5歳以下の子どもは地球で眠らせることにしたのです」
「ということは、この惑星に転移させた精神体を地球に戻らせて眠らせる処置を施すのは可能なのでしょうか?」
矢継ぎ早のイツキの質問に首長は戸惑いつつも、うむ、とうなずく。
「もちろん、可能です」
「なるほど、そしてその眠りは人類が地球に戻らない限り覚めることはないんですね?」
「はい、いきなり彼らだけ戻されたところで混乱を生んでしまうことになりますゆえ」
「なるほど」
首長からの返答を受けて、イツキは顔の前で手を組んで目を閉じた。その様子は、何か思案をしているようだ。
父が何を言おうとしているのか、ハルカとナノは心配そうな表情で見守る。
対して、ケイトは面白そうにイツキのことを眺めた。夫がこういう仕草をするときは、重要な決断をしようとしている、いわゆるスイッチの入った状態だとよくわかっているからだ。
うん、と一つ何かを決めるように目を開くとイツキは首長に問いかけた。
「少し、家族会議をしたいので返答は明日まで待っててもらってもいいですか?」
イツキの要望に対し、ノイン、ノウェム、首長は驚いた表情を浮かべた。巻き込まれたこと、そして人類に対して行った行為から怒り、即座に安全な場所へ移住したいと希望すると思ったのだ。
「ま、まあ、いろいろ話しましたから気持ちの整理も必要でしょうし、わかりました」
イツキの提案に戸惑いつつ首長がうなずくと、この場は解散となった。
その日の夜、地球での自宅を模した渡瀬家には遅くまで灯りがついていた。
この夜が、4人の小さな家族にとってこの先を決める大事な夜になったことは、言うまでもない。
しかし、人類、フェアリス、ひいてはオービス、地球をも巻き込む変化の一歩となったことは、フェアリス達も、ましてや当の本人であるイツキ、ケイト、ナノ、そしてハルカにも予想しえなかったことであった。
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