第七章 小言と決意(2)
一海の家で隆二を待っていたのは、
『そこに正座して、今すぐ』
冷たい声を出す、真緒だった。言いたいことはいろいろあったが、後ろめたいことの方が多すぎた。素直に畳の上に正座する。
円と沙耶は、部屋の隅でそれを眺めていた。
『何か、言い訳することはある?』
霊体に戻った真緒は、ふよふよと浮きながら隆二を睨みつけてくる。
「ええっと、その、ほら、元気だし」
『そんな血の汚れがついて、破れた服着て、元気もへったくれもないでしょうがっ!』
「はい、すみません」
一瞬、おどけて話をそらしてみることを試みた隆二だったが、怒鳴られてすぐに頭を下げた。
いくらなんでも今回は、自分に非がありすぎる。
『ねぇ、あたしがなんで怒ってるか、わかってる?』
「怪我をしたから」
『違う! 怪我をしたことじゃなくって、怪我をしてもいいやって思ってるとこ! それから、嘘をついたこと!』
「だって、本当のことを言ったら怒るだろ?」
まあ、今嘘だったことがバレて、怒られてるけど。
だが隆二にしては当たり前のことを言ったところ、さらなる地雷を踏んだ。
『怒るに決まってるでしょ! 心配してるの! なんでわかんないの!』
真緒が体の横で握りこぶしを作り、体全体で叫ぶ。
「いやー、それは怒るでしょ」
背後で円が呟いた声がする。あんたも同じ隠そうとした組じゃないか、何、部外者気取ってんだよ。
『多少の怪我は仕方ないと思うよ、そういうお仕事だもん。それに、隆二だから、大丈夫だろうって思ってるところが、あたしにだってある。だけど、嘘をつくのは違うじゃないっ。それはずるいよ、裏切りだよ。あたしにはなんにも出来ないけど、心配ぐらいちゃんとさせてよ』
「あー、はい、すみません」
「全然すまないって顔してないわよね」
後ろの外野は黙ってろよ。
『怪我だって、すぐ治るからいいかもしれないよ? だけど、相手がエクスカリバーを持ってたら、どうするの?』
その名前に、ドキッとする。研究所が作った、実験体を抹消するための武器の名称。かつて真緒の右腕を奪ったもの。隆二の永遠も、真緒の永遠も奪ってしまう、この世で一番恐ろしいもの。
『あたし、永遠に隆二と一緒にいるって、約束したよね? だったら隆二も守ってよ、約束を』
ああそうだ。もしも今回、一条がエクスカリバーを持っていたら、自分は真緒の元に帰れなかったかもしれないのだ。
「ごめん、真緒。ごめんな、本当に」
今度の謝罪は、心から素直に出た言葉だ。
真緒の右腕が欠損した事件。あの時、真緒がいなくなって、隆二は本気で心配したし、あちらこちらを探し回った。それと同じように、真緒を心配させていたのだと、気づいた。真緒の場合は、自分で探すこともできず、待っているしか出来ないのだから、その分つらさは大きいだろう。
手を伸ばし、真緒の左手に触れる。そのまま軽く引っ張ると、真緒は素直に隆二の前まで身を下ろしてきた。
「ごめん、気をつける。怪我をしないように。もしも、怪我をしたとしても、もう嘘はつかない」
『……本当に?』
「ああ。だから、真緒」
手のひらを、彼女の頬に移動させる。
「泣くなよ」
言うと、真緒の顔はさらにくしゃりと、泣きそう歪んだ。
『泣いてないもん』
怒ったように答えたものの、隆二に抱きつくようにする。
『でも、約束して。気をつけてね、嘘はつかないで』
「ああ、約束する」
ぐずぐずとした涙声をなだめるためにも、その頭をゆっくりと撫でながら隆二は頷いた。
なんだか目の前で急にべたべたしだした二人を見て、円は小さくため息をついた。たまに思うのだが、この二人は距離感がバグっている。そっけないかと思いきや、そこらの恋人よりもイチャイチャする時があって、こちらは目のやり場に困る。
そう思いながら隣の沙耶に目をやる。むすっと結ばれた口元。この感じは、やっぱり……。
「あんたも、怒ってる?」
「怒ってるのもあるけど……呆れてる。円姉のことだから、何か油断があったんでしょ? 神山さんが居てくれたからいいけど……」
「私を買い被ってるのか、バカにしてんのか、微妙ね」
素直に強敵だったと思ってくれてもいいじゃないか。まあ、油断したけど。
「ねぇ、円姉。何か、隠してない?」
「何かって?」
動揺を外に出すほど、愚かではない。間髪入れずに、問い返す。
「わかんないけど。今回のこと、一人でやろうとしているのは、なんで?」
「神山さんが居てくれるじゃない。それに、あんな現場に誰か連れていくなんて、危ないでしょ?」
「本当に、それだけ?」
「ええ」
にっこりと微笑む。隠し事をしているのは事実だが、その内容まで当てさせるつもりはない。過去の失態の尻拭いだ、なんてこと。
「言わないなら、それでもいいけど」
納得していない顔をして、沙耶は続ける。
「困ったらちゃんと、相談して。あたしじゃ頼りにならないなら、直兄に。言えるようになったら、教えて。お願い」
可愛い妹に、まっすぐにお願いをされて、断れるわけがない。
「わかった。何かあったらちゃんと言うから。それと、沙耶は一つ勘違いをしてる」
「何?」
「私、あなたのことも、直と同じぐらい信頼してるわよ」
確かに力も頭脳も、直純の方が沙耶よりも優れている。でもメンタル面では同じぐらい頼りにしている。
可愛い私の妹。守るべき存在だが、彼女もまた別の面で、円のことを支えてくれているのだ。
円の言葉に、沙耶は照れたのか、少し頬を赤くし、
「ならいいけど」
そっぽを向いて呟いた。
それを見て、小さく円は笑った。
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