天宮聖羅Ⅴ-3

 私たちしかできない。


 そう言い切って本当に良かったのだろうか。


 本当は杉野くんが言った通り警察や軍隊に託すべきなのではないだろうか。


 なによりもこの子たちを巻き込んでいいのだろうか。


 自分がいま発言したことなのに、後悔の念が沸き起こる。


 でも——。


 天宮はじっとうつむき、物思いにふけっているなぎさの方へ目をやった。


「えっと、月島さん」


「はい」


「昨日の発言から、あなたはこうなることが予想できていた。そうでしょう?」


 なぎさの体がまるでいたずらがばれ、怒られたときのようにぴくりと動いた。


「……はい」


 「それはやっぱりあなたが——本当の月島さんが関係しているの?」


 なぎさはひどくおびえているようだった。どうしていいかわからず、迷っているように感じられた。やがて、わずかに聞こえる小さな声で「はい」とつぶやいた。


「その、もう1人の、本当の月島さんの行方について知っていることを話してくれないかしら?」


「それが……わからないんです」


「わからない?」


「気づいたらあたりは真っ暗で、私はどこか細い道を抱きかかえられながら歩いていて……」


「覚えてないということかしら?」


「いつもどおり病院に行ったところまでは記憶にあるんですけど……」


「そう、病院!」


 優花が何か思い出したのか、勢いよく立ち上がると叫んだ


「病院で一緒にいた男性!」


「男性?」


「なぎさが行方不明になる前に、男性と話していたって、その人が関与してるんじゃないかってニュースで言ってたの」


「月島さん、その抱きかかえられた人物って男性だった?」


「たぶん、そうだったと思います」


「病院で会った男性と同一である可能性が高いわね。その男性の特徴とかわかる?」


 なぎさはうなずいた。


「きっと、その男の人は桐山という人です」


「桐山?」


「知り合いなの?」


「……うん」


「そいつがなぎさを誘拐したのか」


「えっ?」


「えって、昨日なぎさが言ったんじゃない。私を探してほしいって」


「あっ、そうだったね。ごめん……まだ混乱してるみたい」


「それはしょうがないよ。正直僕もいまでも信じられないって思う」


「ほかに何か覚えていることはある? ほんの些細なことでもいいの」


「いいえ。病院で車に乗ったのは覚えてるですけど、そこから眠ってしまって……」


「薬か何かを盛られたのかもしれないわね」


「卑劣な野郎だな」


「とにかくその桐山という人物が、月島さんをどこかへ連れ去ったのは間違いなさそうね」


「でも、目的はなんなんだ?」


「無難な回答だと身代金とかかな……」


「ホントにそうなのか? 言っちゃ悪いけど、なぎさの家ってそんな裕福ってわけでもないだろ。金目当てならもっと金持ちの家を狙うだろ」


 思い立ったように優花が立ち上がり、なぎさの肩を強くつかんだ。


「もしかしてなぎさ、そいつに何か変なこととかされてない? えっと、その……体をさわられたとか……」


 なぎさは突然の勢いにびっくりしたのか、目を丸くしながらも首を振った。


「抱えられて運ばされはしたけれど、そういった変なことは何もされてないと思う」


 優花は安心したか、胸をなでおろすと、寄りかかるように椅子に腰かけた。


「金でも体でもないってことか……それじゃあ何のためになぎさを誘拐したんだ?」


「たしかに不自然な点が多いわね」


 天宮は考え込む。金銭や性的な目的以外で誘拐などするものだろうか?


「月島さんこともそうだけど、仮にその桐山という人物がこの現象の犯人だとして、なぜ彼はこんなことをしているのかしら。あんな化け物が町中に溢れたら、自分の身すら危ないと思うのだけど……」


「目的ならわかるよ」


「えっ」


「知ってるの、なぎさ?」


「絶望していたから」


「絶望? 何にだよ」


「この世界に」


「この世界?」


「桐山にはね、娘さんがいるの」


「娘? どういうこと?」


「5歳になる女の子」


「その子がこの事件とどういう関係があるの?」


「病気っていっていいのかな、その子。もう目を覚ます可能性はほとんどないに等しいみたい。娘が助からないなら、こんな世界意味がないって、それですべてを滅ぼそうとしているの」


「それでこんなことしてるっていうの?」


「何の罪もない人を巻き込んで、身勝手極まりない行動ね」


「そうだよね、自分勝手だよね……」


「でも、なんでなぎさはそんなに詳しいんだ」


「さっきも言ったけど、桐山と私はね、初対面じゃないんだ」


「ねえ、月島さん。その桐山っていう男とはどこで知り合ったの?」


「病院です。その、お母さんが行ってた集会で何度か見かけた人で……」


「その集会っていうのは?」


「たしか“悲しみを忘れる会”とかいうカウンセリング集会だったと思う」


 天宮は家庭訪問したときに会ったなぎさの母を思い浮かべた。娘のことを何よりも気にかけており、心配しているのが、その憔悴しきった姿からも見て取れた。目が腫れて充血していたことからも、なぎさのことで泣いたり、悩んでいたりしていたのは間違いないだろう。同じような想いを抱えているような人間に相談したり、打ち明けようとしたりすることは、何もおかしなことではない。


「だいぶわかってきたわね」


 天宮はいままでのことを整理するように述べた。


「まず桐山という男性と月島さんは面識があった。だから、月島さんは安心して桐山についていってしまった。桐山が月島さんに何をしようとしていたかわからないけれど、隙を見て月島さんに薬か何かを盛って、月島さんが眠ったのを確認したのち、どこかへ連れ去ったということね。月島さんを誘拐したことと、いま起きているこの現象を結びつける糸はわからないけれど、その桐山という男がこの異常な現象を引き起こした張本人なのは間違いなさそうだわ」


「じゃあ、その桐山っていうやつをなんとかすれば、この現象も止めることができるってことか」


「そういうことかな……」


「そういうことでいいかしら、月島さん」


 なぎさは何も答えない。ずっと下を向き、自分の指先をせわしなく動かしている。


 天宮はその態度にすこし違和感を覚えた。


 さっきからなぎさは事件のこととなると急に歯切れが悪くなる。何でもはきはきと答えていたのに急に断片的で象徴的な言葉ばかり言うようになる。何かまだ隠していることがある、そう疑わずにはいられなかった。


「とにかく、その桐山という男性にとって、月島さんは必要な存在だった。だから誘拐した。それなら月島さんとその男が一緒にいる可能性が高いわ」


「となると行方不明になった高校生のなぎさを探すことよりも、桐山って男を探す方が速いってことか……」


「それはそうかもしれないけど、どちらとも行方がわからない以上あまり得策ではないわね。何か心当たりはある、月島さん? たとえばその……桐山って人の住んでいる場所とか?」


「わかりません」


「やっぱりそう簡単にいかねぇか」


「じゃあ、やっぱり月島さんの足取りを追っていくしかないわね。病院と他によく行っていた場所とかある?」


「よく行っていたのは病院と……」


 ためらうように口ごもった後、なぎさは答えた。


「あと研究所」


「研究所って、あの町はずれの?」


「あんなところになんで」


 なぎさは黙ったままだ。


「研究所と病院ね。とりあえず明日その2か所に行ってみましょう」


 なぎさに対する不信を遮るように天宮がそう決めた。


「明日ですか?」


 優花がすこし不満そうに眉をしかめる。


「たしかにいまこうしている間にも煙は広がっている。でも、もう夜も遅いわ。休息も必要よ」


「たしかに、今日は疲れたな」


「僕もひさびさにこんなに走り回ったよ……」


「一息ついたら、家に送るわ。また明日集まって——」

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