天宮聖羅Ⅴ 考察

天宮聖羅Ⅴ-1

 大学を卒業して地元の学校に赴任が決まったのは意外だった。同僚は県外だったから、てっきり自分もそうだろうと楽観視していた。女性ということもあり、もしかしたら考慮されたのかもしれない。


 勤務先と実家はそんなに離れていないから、当初はそこから通うという選択もあった。ただ20歳を超えた、それも教師が実家から勤務なのはどうかと思い、自立したい気持ちも後押しして、1人暮らしをすることにした。母親も特に反対はしなかった。1人にさせるのはすこし気が引けるなと引っ越す前は考えていたのだが、1週間に2、3回はこちらを訪ねてくるのを見て、それはとりこし苦労だったと思い直した。逆にあまりに頻繁に来るので、少々うんざりしているのも事実だった。


 新居を探すにあたって近くの不動産会社に足を運んだのだけど、時期が悪かったのかあまりいい物件はなかった。紹介された駅前の住居は築30年以上経過しており、リフォームしてあるとはいえ、なんとなく古臭いイメージがして嫌だった。かといって新築にすると家賃が一気に跳ね上がった。学校へは車で通勤する予定だったから、わざわざ駅前にする必要はないと思い、町外れの比較的新しいマンションを借りることにした。家賃も駅前のワンルームより安かったし、部屋数も多かった。女の1人暮らしだから、そんなたくさんの部屋は必要なかったのだが、時間もなかったし、広いに越したことはないですよという不動産会社に勧められるまま、いまの部屋に決めた。けれども住んでみてわかったが、正直2DKは失敗だった。当初考えていた通りワンルームの一室で十分だったし、まず掃除が面倒だった。


 たまに学生時代の友達が泊まりには来たけれど、せいぜい1人か2人だったので、わざわざ別部屋を使うということもなかった。しょっちゅう訪ねてくる母親はどんなに遅くても22時前には実家に帰っていった。


 教師という職業柄、服装も派手じゃないものが好まれたし、そもそもおしゃれにはそんな気を使うほうでもなかったので、洋服タンスかわりにすることもなく、着なくなった季節ものの服を投げ込んだり、来客用の布団をしまったりと、もう1つの部屋は瞬く間に物置小屋と化していた。


 だから、天宮が神那たち5人もの大人数を部屋にあげたのは初めてだった。


「ちょっとちらかってるけど気にしないでね」


 指定の日に出し忘れたゴミ袋をまたぎながら、天宮が明かりをつける。リビングのソファーには脱ぎ捨てられた衣類がそのままに掛けられており、乱雑に散らかっていた。窓側には物干し竿が設置してあり、下着が干しっぱなしになっていた。


「おおっと」


 天宮は慌ててそれを掴むと、寝室らしき部屋に放り込んだ。


「こんな下着はいてるのかよ」


 颯太があきれたようにつぶやく。


「こんなって何よ。普通の下着でしょ」


「普通なら色は白とかベージュとかだろ」


「黒も普通よ」


 たわいもない応答が繰り広げられるなか、秀一は羞恥心からか下を向いて、なるべく衣類が目に入らないようにしていた。


 天宮はL字型のソファーの横にカバンを投げると、全員が座れるようにスツールを持ち出し、テーブルの脇に置いた。


「これでみんな座れると思うから、適当に席について。とりあえず疲れたでしょう。何か飲む?」


 天宮は慌ただしく台所に向かい、冷蔵庫を開けた。


「麦茶にオレンジジュースに無糖の紅茶、あとは缶コーヒーが何本かあるわね」


「私、オレンジジュースがいいです」


 なぎさが無邪気に所望する。見た目通りの小学生らしい回答に思わず笑みがこぼれた。


「みんなもジュース?」


「僕は結構です」


 秀一が手を振って断ろうとする。


「ちょっと遠慮しないでよ。とりあえず全部出すから各自好きに飲んで」


天宮はそう言うと、棚から人数分のコップを取り出した。ガラスコップの数が足りないので、マグカップや、ビールグラスなど、大小さまざまなグラスが机に並べられた。小腹がすいたとき用にと、ストックしてあったスナック菓子も横に添える。


 なぎさはオレンジジュースが机に置かれるや否や躊躇なくそれをつかむと、コップに注ぎだした。


「ちょっと、なぎさ」


 優花がたしなめる。


「えー、飲んでいいって言ってるんだからもらおうよ」


「そうよ、気にせず飲んで。お菓子も食べていいわよ。買ったのはいいけど、そんなに食べなくて……」


 最初は遠慮していた優花だったが、やはりのどが渇いていたのか「それじゃあ、いただきます」と言って、マグカップに紅茶を注いだ。秀一も同じく「いただきます」と麦茶を手に取った。颯太はビールグラスを物珍しそうにじろじろと眺めたのち、それを軽く指ではじいた。ガラス特有の心地よい音が部屋に響いた。


「神那くんもどうぞ」


 神那はしばらく神妙な顔をしていたが、やがておもむろに缶コーヒーをつかむと、蓋を開けて飲みだした。


「神那くん、ブラックコーヒー飲めるの? 大人ね」


 みんなよほどお腹がすいていたのか各自、黙々と飲み物を飲んだり、お菓子をほおばったりしていた。その光景がなぜか無性に嬉しかった。きっと手料理を食べてくれる恋人もこんな気持ちなのだろう。ただそんななか、コーヒーを持っている神那だけがやたら渋い顔をしていて、天宮にはそれがおかしかった。

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