52:オウジメトロ地下二十階

 倒したはいいが、このゴーレム。

 巨大毛玉の本体の腹を割いてみると、お目当ての砂袋なる器官を発見。

 結構でかい、それに結構重い。パンパンになっている。だが――。


「……なんかの金属の屑? 砂鉄と砂利? うーん、金にならなそう……」


 子どもが砂遊びで詰め込んだ革袋みたいな感じだ。煌めくようなものは見られない。


「鉱夫なら喜ぶところですけどね。ボクらは胞子嚢をいただいて終わりにしましょう。道端に置いとけば、他の鉱夫なり狩人なりが持ち帰るでしょうから」

「放置ね。残念」


 ガイドブックによると、ゴーレムは本体の成長度につれて比例して砂袋の大きさも中身も豪華になっていくらしい。このあたりのゴーレムはしょっちゅう狩られるので必然的に若い個体=弱いやつらが多く、狩人としてはおいしくないようだ。


「ゴーレムガチャってところかな。もっと潜ってレアの出るやつ回さんと」

「ガチャ? ああ、都会の子どもがやるやつですね。人形とか入ってたりする」

「おー、一応その文化も残ってんのね。つーかさ――」


 先ほどゴーレムが出てきた穴を見る。図体がでかかっただけに結構ぽっかり空いている。


「あんなん毎日続いてたら、いくらメトロが広くても、壁とか床とか穴だらけになっちゃいそうだけど。残骸で瓦礫まみれになったりとか」

「えっと……ガイドブックによると、オウジは結構頻繁にメトロの変動があるみたいですね。それでゴーレムの穴程度はふさがっちゃったり、瓦礫も吸収されたりして」


 ――メトロの変動。

 大昔にタミコから聞いたフレーズだ。


「……俺が眠ってた隠し部屋も、その変動ってやつで表に出てきたってタミコから聞いたけど」

「そうなんりすか?」

「そうなんだよ」

「例によって原理はわかってないですけど……メトロには『元に戻ろうとする作用』と『別の姿に変わろうとする作用』があるみたいです。シュウさんの件は後者の作用で、オウジは前者の作用が起こりやすい場所ってことだと思います」


 正直あまりぴんとこないが、要は〝メトロの氾濫〟と根っこは同じということだろうか。


「あれ、でもその理屈で言うと、エレベーターの穴とかもふさがっちゃわね?」

「うーんと……ひいじいの手帳に書いてあった気がします。えっと……(とり出してぺらぺらめくる)『人の手によって大きくつくり変えられた部分は、元に戻ろうとする作用が十全に働かず、そのまま残ることがある。肌に刻まれた大きな傷が跡を残すように』、だそうです」

「……なるほど……」


 人間というか生き物にたとえるのは興味深い。前者は傷の修復作用で、後者は変異的な作用ということになる。


「あ、てことは、理屈的にはメトロの深層までエレベーターを通すことも可能なわけか」


 ゲームのように迷宮内をワープできる魔法がない以上、エレベーターの利便性は計り知れない。主要なメトロにはぜひ通しておいてほしいものだ。


「とんでもない時間と労力が必要になると思いますけどね。メトロ獣をあらかた排除しないと安心して工事できないですし、維持だって大変だし、トーキョー法の規定もありますし」

「そっか、三大禁忌か」

「そろそろ行きましょうか。今日中に二十階まで行きたいですからね」


 腰を上げて再び歩きだす、それでも愁の頭には先ほどの疑問が未だにこびりついている。

 ――メトロとはいったいなんなのだろう。

 

 

    ***

 

 

 オオツカとくらべ、オウジのメトロ獣の密度はかなり薄い。


 十一階以降はゴーレム以外のメトロ獣もいるという話だが、【退獣】を使わなくても十三階まで一度も遭遇しない。虫やらヤモリやら、あるいはコウモリやネズミやら、小動物の気配も少ない。

 ときどき水場や菌糸植物の生い茂るエリアを見かけるが、灰色っぽい岩肌がどこまでも続いている。元からこのメトロは生き物にとっては生きにくい不毛の地なのかもしれない。


 ゴーレムに関しては何度か遭遇する。だがレベルだけ確認して、やはり低レベルだったので倒さずに逃げることにする。放置された岩人形はエサを求めてひとしきりさまよったあと、瓦礫のボディーを残して本体だけ壁の中に戻っていくらしい。


「要は地中を泳ぎ回る幽霊みたいなもんか。シャバに出るときだけ依代が必要になる的な」


 ちなみにゴーレムのごはんは人間や獣の生き血らしい。本体部分からにゅるにゅると触手が出て、ぷすっと刺して血液や胞子嚢をちゅーちゅーするらしい。まさに悪霊だ。


「ユーレイってなんりすか?」

「あー、えっとー……なんつーか、生き物の魂っていうか命っていうか? だけが身体から出た存在っていうか?」

「わかんないりす」


 改めて言われると、概念的な存在すぎて説明できない。シン・トーキョーにそういう価値観があるかどうかもわからないが、少なくとも知らないタミコにわかりやすく伝えるのは難しい。


「えっと……普通の生き物は、死んだら土に還るじゃん? だけど、たとえば俺が今死んだとして、身体は死んだけど半透明な幽霊の俺がふわーって出てきて、お前やノアの周りを飛び回るんだ。うらめしやーって。それが幽霊。わかる?」

「ぎゅひっ……アベシュー……しぬなりす……」

「死なないから。涙ぐむな。肩に鼻水垂らすな」


 普段は口の減らない畜リスのくせに。お子様スイッチに触れてしまったようだ。


「幽霊ってのはお伽話っていうか、実際にはそんなもんいないからさ。今までメトロ獣の幽霊とか見たことないだろ? いくら糸繰りの国っつっても、モンスターや魔人がいるっつっても、さすがに幽霊はおらんわな。非科学的ですわ」

「まあ、ゴーレムの本体が霊魂って話は、昔流行ったりしたみたいですけどね」


 振り返ると、ノアが【光球】で下から顔を照らしている。


「ゴーレムの生態が不明だった頃の話です。メトロで非業の死を遂げた狩人の魂が、天にも土にも還れず……メトロの中をさまよううちに岩にとりついて……苦しくて、喉が乾いて、生者の血を求めて重い身体を引きずり歩く……『お前も岩人形にしてやろうか―!』」

「ぴぎゃーーー!」

「耳元! 鼓膜!」

「まあ、今ではれっきとした生き物だって周知されてますし。仕事上がりの鉱夫が夜ふかしする子の躾に使うような、怪談話みたいなものですね」

「タミコ、肩がほんのりあったかいんだけど」

「きのせいりす」

「じゃあなんでノアのほうに移んの?」

 

 右肩にリスゲロをくらい、左肩にリスションベンを浴びた。

 


    ***

 

 

 ゴーレムはにおいや光でなく、音を含めた振動で周りを感知しているらしい。そのため【退獣】が効かない。

 十七階で進行方向を阻まれ、戦闘を余儀なくされる。今度のレベルは17くらい。ということで、再びノアが単独チャレンジだ。


 レベルではノアのほうが八つほど上だが、やはりというか種族的にフィジカルはゴーレムに軍配が上がる。それでもスピードに優るノアは巧みに位置どりをして、文字どおりの搦め手で立ち向かう。先ほどのように完全に動きを止めることは狙わず、あくまで動きを阻害するに留め、その隙に急所をさがす。


「ふっ!」


 愁がハンマーで膝を砕いて動きを止める。


「右胸っ! 今っ!」


 その瞬間、乾坤一擲。

 ノアの全体重を乗せた【短刀】の突きが急所に吸い込まれる。岩の隙間から白っぽい体液がこぼれ、ゴーレムが倒れ落ちる。


「やった! やれましたよ!」

「やったりす! ノアえらいりす!」


 きゃいきゃいと手をとってはしゃぐ女子二人。前から思っていたが、タミコはノアにはそれほど毒を吐かない。というか甘い。姉貴分的な目線だからだろうか。まあ仲がいいことに越したことはないが。


「アベシュー、ほうしのうえぐるりす。はよせえや」

「俺にも優しくしてよ」


 砂利と鉄屑の詰まった砂袋から銀色のキラキラした粒がいくつか手に入る。おそらく銀の粒だ、お土産にピックアップしておく。


「武器の材料にはならなそうだけど、初めてよさげなお土産が出てきたね」

「下に行く希望が持てますね」


 そんなこんなで、夜を迎える前に二十階まで進むことができる。順調だ、地図の恩恵は大きい。


「このフロアに狩人のキャンプがあるみたいですけど」


 マップに載っていた。利用無料の宿泊施設だ。ゴーレムのポップしないエリアとのことで安全に夜を明かせるという。


「と言っても中層ですから、テントがあって近くに水場があってっていうくらいだと思いますけど」

「なにそれ楽しそう」


 キャンプでBBQができれば他になにもいらない。でもロッキングチェアーはほしい。

 十五階をすぎたあたりから、ゴーレム以外のメトロ獣もそこそこの頻度で姿を見せるようになっている。緑ゴブリン、八つ目コウモリ、アルミラージ(角の生えたウサギ)などなど。レベル的に不覚をとるような相手ではなく、【退獣】で難なく追い払える。


「次にアルミラージを見かけたら、追い払わずに狩りましょう。今日の晩ごはんです」

「じゃあ、あたいがかるりすよ」


 【感知胞子】とタミコの聴覚強化で索敵し、アルミラージを発見。愁たちにまん丸の尻尾を向けて草を食んでいる。ちょっと可愛い、大型犬サイズなのも含めて。

 愁とノアがはらはらと見守る中、タミコは保護色を使ってそろそろと近づいていき――しかし気づかれる。さすがウサギ、耳聡い。


 振り返ったアルミラージと正面から対峙する――白いタミコ。菌糸分身だ。


 それに気をとられた一瞬の隙に、茶色の毛玉が後ろから襲いかかる。

 「ギュイッ!」と悲鳴がする。白くてでかいほうの毛玉がばたばたともがき、やがて動かなくなる。その躯の上に、顔を真っ赤に染めたゴアリスが佇んでいる。


「……ヤったりすよ……」

「声にドス利かせんな。舌なめずりすんな」


 三人で手を合わせ、胞子嚢をとり除く。そのままノアは血抜きと解体に入る。


「こいつレベルいくつくらいだったの?」

「50くらいりす」

「嘘つけ」


 見栄っ張リスを問い詰めると20前後くらいらしい。


「でも、ツノからキンノウだそうとしてたりす。つぎはきをつけるりすよ」

「だな。ゴーレムもどんどん強くなるだろうし、俺も気をつけるよ」


 ヒカリゴケの色が白から青へ変わりつつある。もうすぐ夜だ。キャンプ地に急ぐことにする。

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