37:阿部愁の菌能答え合わせ

 ひとまずこのスガモ市を拠点に生活するとして、やらなければいけないことが多すぎる。

 まずは生活費の工面。先立つものがなければタミコのおやつすら買えない。

 ということで、いよいよオオツカメトロで集めてきた各種アイテムが火を噴くときが来た。タミコと相談のうえ、手放してもいい品をオブチに預け、査定してもらうことにする。


「オルトロスの牙と爪……ガーゴイルの毛皮……真珠エンドウ……そこらじゃなかなか見受けられない貴重品ばかりですよ。不人気メトロと言われるオオツカメトロですが、それでも深層にはそれなりの品が転がっているということですね。目算ですが、これ全部で七十万以上、下手したら百万に届くかもしれません」

「それって大金ですか?」


 リーマン時代だったらボーナス何期分か。そう考えると鼻血が出る。


「そうですね、スガモでアパートを借りて家具をそろえて、家賃と生活費半年分以上ってところでしょうか」

「アベシュー、はなぢでてるりす」


 ユニおとの友情と思い出の品ということで、ユニおの角だけは手元に置いておくことにする(一番金になりそうな気配もするので、いざというときのへそくりだ)。

 それと、ノアのカトブレパスの毛皮だが、彼女としては素材にしてマントを新調したいという。


「成長個体の毛皮だったんですけど、なにかしらの菌糸効果のある装備になりそうな気が」

「菌糸効果って?」

「菌糸植物やメトロ獣の素材なんかは、身につけた者に特殊な効果を及ぼすものがあるんです。火をはじくマントだったり、傷の治りを早めるブレスレットだったり。衣服とか鎧とかアクセサリーですね」

「なるほど! そりゃアツい! ほしい!」


 まさにゲーム世界の装備。「うんのよさ」と「みりょく」が上がるアクセサリーがあれば大枚をはたいてもいい。


「オブチさん、これでボクとシュウさんの分のマント、つくれませんかね?」

「あたいも! あたいも!」

「あ、ごめん姐さん。タミコ姐さんの分もお願いします。姐さんのは一番気合い入れちゃってください」

「姐さん? あ、はい、わかりました。腕のいい仕立て屋の職人さんがいるので、ちょっと時間がかかりますけど、いい品ができると思いますよ。あとで採寸も兼ねて顔合わせに行きましょう」


 マントのオーダーメイド。いよいよ狩人っぽくなってくる。


「アベシュー、きんしわんつかうときにマントやぶれるりす」

「あ、マントだけじゃなくてジャージもだ」


 今まではマントを脱いだり破れてもいい上着だったりしたので、ちょっと困る。このままだと背中Y字のタンクトップしか着れない。体操のお兄さんかフレディーになる未来しかない。

 背中のばっくり開いたジャージでもつくってもらおうか。マントは背中に穴でも開けてもらうとか。防寒には役立たなくなりそうだが。


「まあ……使うときは脱ぐしかないか。ってかさ、ノアってあの菌能の正式名称って知ってたりする?」

「【阿修羅】ですよね。高レベルの〝闘士〟や〝獣戦士〟がごくまれに習得できる超レアスキルですよ」


 打てば響くように即座に答えが返ってくる。これは助かる。ちなみに〝獣戦士〟は〝闘士〟の上位菌職だ。

 というわけで、この際なので愁の菌能の正式名称についての答え合わせを敢行する。正式に狩人になるなら「燃える玉」とか「菌糸ハンマー」とか適当に呼んでいられない。

 街中で燃える玉などの実物を見せるわけにもいかないので、いったん街を出て、適当に森の中に入って人気のない場所で行なうことにする。


「よろしくお願いします、ノア先生」

「はい、シュウくん」


 十八歳の女の子にくんづけで呼ばれたことに若干興奮したのは内緒だ。

 ノアも他人の菌能を見る機会がそう多くあったわけではなく、大半はひいじいの手帳と狩人ギルド発行の〝菌能事典〟なるガイドブックが頼りになる。愁が菌能を一つずつ見せ、それの正式名称を照らし合わせていく。


 第一の菌能、再生菌糸。改め、【不滅】。

 概要は昨日聞いたとおりだ。〝糸繰士〟のみのチート自己再生能力。半不死、そしてほぼ不老。


 第二の菌能、菌糸刀。改め、【戦刀】。

 〝騎士〟の代名詞とも呼べる「菌糸武器」の一つだ。両刃の剣の【騎士剣】と並んで最初に習得する例が比較的多く、その場合は〝侍〟などと呼ばれることも。


 第三の菌能、燃える玉。改め、【火球】。

 こちらは〝放術士〟の最もポピュラーな菌能だ。入門的な能力ながら、レベルアップにつれて威力も向上していく。


 第四の菌能、菌糸盾。改め、【円盾】。

 〝騎士〟や〝闘士〟、〝付術士〟と幅広く習得できるオーソドックスな「菌糸防具」。一部の若者はオシャレに〝ペルタ〟と呼んだりもするらしい。


 第五の菌能、治療玉。改め、【聖癒】。

 先日オブチを驚かせた菌能だが、似たような治療効果の【治癒】の上位版。〝付術士〟が習得できるレアスキルだ。ちなみに【聖癒】が白地に赤十字で、【治癒】が白地に緑十字だ。


 第六の菌能、菌糸ハンマー。改め、【戦鎚】。

 〝騎士〟や〝闘士〟のメインウエポンとして人気の能力。重さの分だけ威力が高いだけでなく、長さを変えることができる点も特徴。


 第七の菌能、電気玉。改め、【雷球】。

 【火球】と並ぶ〝放術士〟の代名詞的能力だ。【氷球】や【風球】などの能力もあり、各属性魔法みたいなもののようだ。


 第八の菌能、菌糸大盾。改め、【大盾】。

 名前がニアミスなのは偶然というか必然というか。〝騎士〟が習得可能だが、【円盾】よりも上位というか習得しづらいらしい。


 第九の菌能、跳躍力強化。改め、【跳躍】。

 これもまんまだ。〝闘士〟と〝細工士〟で人気の自己強化能力とのこと。そういえばあの野盗の頭領も使っていた。〝細工士〟であるノア曰く、「喉から鼻血が出るほどほしい能力」だそうだ。


 第十の菌能、感知胞子。改め――該当名なし。


「どゆこと?」

「菌能事典にもひいじいの手帳にも、該当する能力は書いてありません。ボクも初めて聞きます。ていうか、どういう能力なのかうまく想像できないんですけど……」


 愁も論理的に説明するのは難しい。胞子を撒いた周辺の立体的な構造を視覚的というか、もう一つの目で見ているというか、脳で直接感じているというか。


「もしかしたら、他の〝糸繰士〟の人たちですら把握できていない、シュウさんだけのスキルだったりするかも」

「やべえ、その言いかた興奮するわ」


 ともあれ、正式な名前がないということで、そのまま便宜的に【感知胞子】とつけておくことにする。


「ていうか……あと七個もあるんですね。もうずるいです、シュウさん」


 そんな風に頬を膨らませてすねる顔があざとい。でも許そう。


 第十一の菌能、解毒効果のある菌糸玉。改め、【解毒】。

 体内に入った毒物を浄化させる効果があるらしい。病気が治るわけではない、という説明からすると細菌やウイルスには効果がないのかもしれない。【治癒】と並ぶ〝付術士〟の看板能力だ。


 第十二の菌能、煙幕玉。改め、【煙玉】。

 〝闘士〟と〝細工士〟、〝放術士〟が習得できる、撹乱から撤退までマルチに役立つ人気能力だ。


 第十三の菌能、獣除け胞子。改め、【退獣】。

 主に〝闘士〟系統が習得できる「あると非常に便利な能力トップ10」の常連の人気能力だ。レベル差というか戦闘能力の差が大きければ大きいほど、あるいは嗅覚に優れた獣ほど、その効果は高まるらしい。


「そういやこれ、タミコには全然効かないんだよね」

「ふえっ? なんりすか?」

「お前寝てたろ」

「ボクも別になにも感じませんし、ってことは人間にも効かないってことですね。魔獣も同じなのかもしれません」

「まあ、効くやつ効かないやついたし、そういうもんなのかもね」

「おわったらおこすりす」

「だから寝んなよ」


 そして、これまでまったく使ってこなかった能力。


 第十四の菌能、謎の白ドングリ。

 やや光沢を帯びた白っぽい金属状の表面、そのままドングリに似た形状。かたすぎて食べるのは不可能(かろうじて愁の菌糸刀で傷がつくほどのかたさだ)。愁の腕力で放ればゴブリンくらいはそれなりに痛めつけることができるが、それくらいしか使い道がなかった。


「これってなんなの? これも〝糸繰士〟のレアスキルだったりする?」


 ノアが頭を抱えている。なんだか困った感じだ。


「……【白弾】ですね、〝狙撃士〟の菌能です」

「おー! 初めて出た、〝狙撃士〟! 確かに銃弾っぽいフォルムだけど……これどう使うの? 銃にこめんの?」

「お尻の部分を親指で強くはじくんです。力をこめて」


 ノアとタミコを後ろに下がらせ、目の前の木に狙いをつけ、思いきり親指ではじく。バチッ! と強い手応えが指に伝わり、白ドングリが高速ではじかれ、ベキッ! と木の幹に突き刺さる。


「うおー……」

「りすー……」

「お尻の部分に強い衝撃を与えたり熱を加えたりすると、反発して飛ぶそうです」


 こういう風に使うのか。確かにはじいた勢いよりも強く飛んでいった感じがする。そんな危険な代物だったとは。タミコが白い部分をかじったこともあったが、尻の部分でなくてよかった。


「〝狙撃士〟はちょっと特殊で……【白弾】とかの弾丸系の菌能は〝狙撃士〟だけしか習得できない貴重な能力です。〝狙撃士〟は上位菌職がなくて、他の上位菌職も〝狙撃士〟を含むものは確認されてなくて、だからそもそも〝狙撃士〟自体が上位菌職なんじゃないかって話もあるくらいで。なのにシュウさんは……ずるい、ずるすぎですよ」

「なんかごめん」


 愁はめりこんだ弾丸をまじまじと観察する。埋まり具合は弾丸の全長の四分の三ほどだろうか。摩擦力でも加わったのか、穴の周りが若干焦げている。

 この威力を見るに、オーガやオルトロスなどの高レベルのメトロ獣相手にはなかなかダメージは通らないかもしれない。むしろ【火球】や【雷球】のほうが殺傷能力的には高いだろう。

 とはいえ、弾速も速射性も【火球】より遥かに上だ。ザコ敵散らしや近・中距離での牽制に役立ちそうだ。訓練次第では有用な能力になるような気がする。メトロで気づいていればいろいろと使い道もあっただろうと思うとちょっぴり悔しい。


 さて、残る能力はあと三つ。若干ふてくされ気味のノアにもう少しだけ付き合ってもらおう。タミコだから寝るな。横になって尻を掻くな。お前最近ちょっと太ってきたぞ、シルエット完全に毛玉だぞ。

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