8.5:大台

 俵藤太こと藤原秀郷。

 関東地方で大暴れしていた平将門と戦ったり、山よりでかい妖怪ムカデを退治したお伽話で有名な平安時代のスーパー貴族だ。

 その俵さんがこの場にいたらどんな感想を漏らしたことだろう。


『キショい(りす)』


 愁とタミコのセリフがかぶる。


 目の前でうぞうぞとうねる、三匹の巨大なムカデ。多頭のヘビのごとく一体の獣のように絡まり合っている。

 胴回りの太さは愁と同じくらいだろうが、全長は軽く十メートルを超えている。黒光りした脂っこいボディー、鋭く尖った一対の触覚。キチキチと蠢くシンメトリーの脚、ぎらりと煌めく赤いハサミ状の尻尾。

 そしてなにより、その顔。般若の面に似た色白の鬼のような顔を持っている。目は血に濡れたように赤く、唇の端から水平に閉じる鋭い牙が伸びている。


 オオツカメトロ地下五十階を代表するメトロ獣の一つ、オニムカデ。推定レベル45前後。

 隠れ家から一時間近く歩いたところにある、丸いトンネルが右へ左へと折れ曲がって続く薄暗いエリア。ここがオニムカデたちの根城だ。


「タミコ、下がってろ」

「アベシュー、きをつけるりす」


 相棒が肩から離れるのを待って、愁は両手に菌糸刀を抜く。

 さすがに緊張している。喉が乾いてひりついている。

 一対一なら今やなんとかなる。

 けれど、三匹同時となると、一つのミスも許されない。


(だけど――やれる)

(俺なら、今の俺なら)


 ぎゅっと柄を握りしめる手に力がこもる。身体を伝う熱が震えを和らげていく。


「……うっし、ムカデ退治としゃれこむかね」

「ギギ、ギギッ!」


 円形の通路に螺旋を描くように、オニムカデが一斉に襲いかかってくる。

 縦横無尽、上から下から、前から後ろから。

 その顎が愁の肉をかじりとろうと迫る。

 その触覚が愁の肉を引き裂こうと伸びる。

 そのハサミが愁の胴体を両断しようと走る。

 悪意の雨のごとく降りかかるそれらを、愁は紙一重でかいくぐる。かわしざまに両刀を振るう。

 ちぎれた脚や触覚が飛び散る。濁った体液が撒き散らされる。「ギギギッ!」とムカデたちの鈍い悲鳴が響く。

 背後から襲う顎を、愁は振り向かずに刀で受け止め、その勢いを借りてぐるんっとバック宙する。


「――恨みっこなしな」


 空中でそうつぶやきつつ、両刀で挟み込むようにして頭を断つ。

 一匹目を仕留めれば、襲いくる攻撃の密度は明白に低下する。必然的に回避と防御の機会が減り、相手を打つ機会が増える。間もなく二匹目のハサミを斬り飛ばす。


 三匹目が怯んだように動きを止めた、かと思うと――その口から無数のトゲが吐き出される。硬質な菌糸のトゲ――菌能だ。


 それらが地面に降り注ぐのと同時に、愁は十メートルほど後方に着地している。一足で飛び退いたのだ、素の脚力ではなく、数カ月前に得た能力で。

 さらに二匹目がうねりながら前に出て、真っ黒な煙を吐き出す。これも菌能、黒い胞子の煙幕、目くらましだ。


「――無駄だよ」


 二匹の位置を、動作を、愁の脳は捉えている。

 身体中の力を脚に集約し、地面を蹴る。

 綿のような煙を切り裂き、一瞬にして愁の身体は三匹目の眼前に迫っている。刀身が正面から般若の形相を捉え、そのまま身体半分まで真っ二つに切り開く。

 愁の起こした風が煙を払う。最後の一匹はすでに尻尾を巻いて逃げている。感知の範囲外に消えるのを確認してから、愁はふうっと肩の力を抜く。


「終わったよ、タミコ」

「けほけほ。おつかれりす、アベシュー」


 どうにかほぼ無傷で切り抜けることができた。生き残れた喜びと安堵で思わず表情も緩む。


「……くさくね、俺?」

「……くちゃいりすね」


 体液まみれでべとべと、つんとした不快なにおいが全身を覆っている。一刻も早くオアシスで身体を清めたいところだ。


「その前に胞子嚢もぐもぐタイムだね」

「りすね」


 二人そろって手を合わせ、解体作業にかかる。

 哺乳類型であろうと節足動物型であろうと、メトロ獣はきちんと胞子嚢を備えている。種の違いによって多少味は異なったりするが、きっちりまずいことに違いはない。


「おっ、うおっ!」


 二つ目の胞子嚢を食べ終えたところで、愁の身体に異変が訪れる。待ちに待った瞬間、身体ビキビキはレベルアップ。


「――来たよ、タミコ! ついに!」

「おめでとうりす、アベシュー!」


 二人はぺちっとハイタッチを交わす。そして、声をそろえてさけぶ。


『――レベル50、到達 (りす)!』

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