第22話 帝都

 ルドは馬を走らせながらファウスティーノに指摘されたことを考えていた。


 ソンドリオ領のベッピーノも、馬を交換するために立ち寄った兵舎の隊長たちも、誰も命令の内容を疑問に思わなかった。むしろ、疑問に思わないことの方が普通なのだ。


 命令をされれば、その内容に対して何も考えずにただ遂行する。


 それが当然だからだ。命令を遂行しなければ処罰されるし、命令の内容を疑問視して勝手な動きをすれば、最悪の場合は自分の存在を消されることもある。


 だがファウスティーノは命令の内容に疑問を持ち、持論を展開した。それを心の内に秘めているならまだしも、それを他人である自分にチラつかせた。他言しないという信用の現れなのか、それとも何か考えがあることなのか。

 その真意は分からないが、今までも同じようなことをしてきているのだろう。それでも消されることなくしたたかかに生きている。


 本質を見抜きながらも生き残れる人か。


 ルドが考え込んでいるとクリスがポツリと呟いた。


「賑やかだな」


「わかりますか?」


 陽が上るにつれて街道を歩く人も増えていた。しかも帝都に近づくにつれて馬や馬車の通りも多くなっている。


「音だけでも分かる。あと速度も落ちているな」


「すみません。人や馬を避けながら進んでいますので」


 荷物を乗せて移動している馬や、歩いている人が多く、それを避けながら進んでいるため、どうしても今までと同じ速度での移動はできない。


「予定より遅れそうか?」


「いえ、これも予想の範囲内ですので。予定通り夕方には帝都に到着します」


「そうか」


「早く着いたほうが良いのであれば、魔法騎士団の服に着替えますが」


 確かにそれなら波が引くように人々が避けるが、かなり目立つようになる。これ以上、人目を引きたくないクリスは頭を横に振った。


「それは、やめろ」


「わかりました」


 ルドは速度を落とすことなく前を走る馬車の隣をすり抜けて行った。




 予定通りアチレアーレ街で昼食をとって馬を交換した二人は夕方に帝都に到着した。


 今までのどの街よりも高く頑丈に造られた帝都を囲む壁。検問所には大勢の人が並び、その中には他国の人間の姿もある。

 この列に今から並んだら中に入れるのは陽が沈んだ頃になる。帝都とはいえ、暗くなってからの移動は避けたい。


 ルドは周囲を警戒しながら検問所から少し離れたところにいる兵士に声をかけた。


「いい天気ですね」


 兵士がルドの全身を観察しながら答える。


「この辺りは、いつもこの天気です」


「オークニーは雨が多いのでうらやましいですよ。特に最近は嵐もありまして大変です」


 ルドの言葉の内容にクリスはフードの下で眉間にシワを寄せた。


 オークニーとはクリスが住んでいる街の地名で、別名では学問都市とも呼ばれている。晴天が多く、乾燥しており気候は穏やかなため勉強がしやすい土地である。雨はさほど降らないし、最近は嵐などなかった。


 兵士が無言でルドに近づいてくる。ルドが通行証を見せると、兵士は周囲に人がいないことを確認して壁の柱の影を指した。


「あちらへどうぞ」


 ルドがそこに行くと、柱の影に隠れるように壁にポッカリと穴が開いていた。馬に乗ったまま穴を抜けると、そこは芝生と木々が生えている庭だった。壁に開いた穴が音もなく消える。


「帝都に入りました」


「いつ検問所を抜けたんだ?」


「特別な方法があるので今回はそちらを使いました」


「さっきの妙な会話は特別な方法を使うための合言葉か」


 ルドが困った顔になる。


「そんな感じです。できれば聞かなかったことにして下さい」


「わかった」


 ルドが馬から降りる。


「どうした?」


「馬での移動は目立ちますので、ここからは歩きます」


「そうか」


 ルドはクリスを馬から降ろすと腰に付けている袋からマントを取り出して羽織った。親衛隊の服がこげ茶色のマントで隠れる。


「馬はどうするんだ?」


「ここに置いていきます。ここは検問所の敷地内ですので馬が盗まれることはないですから、あとで回収してもらいます」


「相変わらず手際がいいな」


「普通ですよ。さあ、いきましょう」


 ルドが素早くクリスの手を掴む。思わず手を引きそうになったクリスはグッと堪えた。


「どうしました?」


「いや、なんでもない」


 ルドは少し首を傾げたが、普通にクリスの手を引いて歩き出した。




 夕方ということもあり大通りは仕事帰りの人や、夕食を食べに行く人など、人通りが多かった。

 ルドが周囲を警戒しながら、なるべく大通りを通らないように裏道を選んで移動していく。


 ルドに誘導されるまま大人しくついていっているクリスはふと訊ねた。


「今夜はどこに泊まるんだ?」


「自分の実家がありますので、そこに泊まります」


「なに!?」


 クリスの足が止まる。ルドも足を止めて振り返った。


「どうかしましたか?」


「私は宿に泊まる」


「え? いや、それだと安全が……」


 クリスは自分が狙われている現状を思い出して唸った。


「くっ……仕方ないか」


「もうすぐ着きますので」


「……わかった」


 ルドが再び歩き出す。ずっと細い裏道を歩いていたが、しばらくして開けた通りに出た。

 綺麗にレンガが敷き詰められた大きな通りだが、歩いている人は少ない。高い塀と木々が並び、その奥に屋根らしきものが見える。


 ルドは周囲を確認した後、近くにある門の前まで小走りで移動した。そして、素早く手をかざすと音もなく門が開き、木々に囲まれた道が現れた。

 無言のままルドがクリスの手を引いて歩き出す。奥まで入ると手入れがされた庭と大きな屋敷が現れた。


「包帯を外しても大丈夫ですよ」


「どういうことだ?」


「実家に着きました。部外者は簡単に侵入できないようになっていますし、ここまで来れば外からは見えません」


「だが、お前の家族や使用人にこの目を見られて騒がれるのは良くないだろ」


「それも大丈夫です」


「なぜだ?」


 ルドが困ったように頭をかきながら説明した。


「自惚れと言われるかもしれませんが、ここの使用人たちは家族同然で全員信用できます。髪と目の色に驚くかもしれませんが、それで失礼な態度をするような人はいません」


 普通なら考えられないことだが、ルドは金髪と緑目を見ても驚くどころか綺麗と言ってクリスを困惑させた経歴がある。そんなルドが育った実家の使用人なら普通の反応はしないかもしれない。


「……そうか」


 クリスが包帯に手をかけると聞き馴染みのある声が響いた。


「おかえりなさいませ」


 ここにいるはずがない人の声にルドが慌てて顔を向ける。


「なんでここに!? どうやって!?」


 慌てるルドに対してクリスは包帯を外しながら確信を持って訊ねた。


「アレを使ったのか?」


「はい。カイ様より、領主の危機に使わなくていつ使うのだ、と言われて使いました」


「アレを動かすにはかなりの労力が必要になるのにな。無駄使いだろ」


 普通に会話をしている二人にルドが入る。


「ちょっと待って下さい! ここにいて当たり前のように話さないで下さい! カリストはいつ、どうやってここに来たのですか!?」


 この国では珍しい黒髪を揺らしながらカリストが答える。


「今朝こちらに到着しました」


 黒い瞳と同じ黒い執事服を着たカリストに旅の疲れはみられない。

 考えられる限り早く来れる方法で移動したのに、それをあっさりと越えた速さで到着しているカリストにルドは言葉を失った。

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