第6話 友達
あるとを示す点はゆっくりゆっくりと移動していた。まるで、死に場所を探しているかのように。
ようやく追いついた司は、5階建てのビルの前にいた。ここで点は留まっている。
「催眠なんかに負けるなよ……!!」
ビルの中は薄暗く、小さな会社が何件か入っているだけで、人もあまりいないようだった。
屋上への扉は鍵がかかっておらず、ぎぃとさび付いた音を立てて開いた。
「あると……大丈夫か?」
「……司か、何しにきたんだ」
屋上の手すりにもたれかかっているあるとの顔は憔悴していた。
だが、司の目的はわかっているようで目は敵意に満ちていた。
「その様子だと、あの後からもたとえば君を使ったようだな」
「うるさいな、司には関係ないだろう。だって、絶交したんだもんな」
ポケットから装置を取り出し、あるとはうっとりと見つめる。
「あると、それは願い事を叶えてくれる魔法の道具でもなんでもない。超強力な催眠電波を発生するただのヤバイやつなんだ!」
「……うるさいなぁ」
「装置を使うお前自身も催眠されているんだって! だからそれ渡せよ!」
「渡したら、どうするの? 壊すんだろう? イヤだよ」
にぃとうつろな目で笑うあるとのそれは、秋月の笑みと同じだった。
「装置を使って街を歩くの、爽快だったよ。皆思い通り……。
それにさ、皆俺を見ないの、何をしても。だって何をしても受け入れる世界にしちゃったからさ」
(やばいな……)
あるとの声がだんだん大きくなっていく。胸を仰け反らせ、今にも落ちそうだ。
司は気づかれないように、じりじりと間合いを詰めていった。
「何をしても何を言っても受け入れられるって、それっていなくてもいいと一緒じゃないか。じゃぁさ、生きてても意味ないよな!!」
「そんなことない……なぁ、あると。たとえば君はお前の前に2人の人間を滅茶苦茶にしたんだ」
「滅茶苦茶? 俺、そんな目にあってないよ? 俺、今こんなに気分いいのに」
あるとは薄ら笑いを浮かべながら手すりに乗っかり、座る。気分が高揚しているせいか、司が近づいている事に気づいていない。
「その人たちどうなったか知ってるか?」
「聞きたくないな……どうでもいいし……もう司あっち行けよ」
「自殺したんだよ、もう一人は施設行きだ!!」
「あっち行けってば!!」
ぐらりぐらりとあるとの身体が揺れる。手を離せば即まっさかさまだ。
司は一気に近づき、間合いを取る。飛びつけば捕まえられる距離だ。
「催眠なんかに負けるなよ! あの日お前絶交したくないって言ったじゃん!! あれ、嘘だったのか?」
「うるさい……!!」
「お前にとって、俺ってその程度なのか? 俺だったら絶対いやだ! 這い上がって来いよあると!!」
「黙れ!!」
目を見開き、嘲笑をたたえながらあるとは握っていた手すりを離した。
不安定になった身体は後ろへ倒れようとしていた。
「あると!!」
「死ねばいいんだよ! 俺なんて!!」
笑いながら、あるとは落ちようとしていた。が、一瞬顔つきが凍り、手を手すりに伸ばそうとしだした。
「イヤだよ……僕は死にたくない……助けて、司……!!」
「あると!!」
手は空中を掴み、身体は重心に従い落ちていこうとしていた。
司は追跡君を放り出し、手すりに身を乗り出し手を伸ばす。空中に放り出された足を掴み、引き寄せる。
あるとの身体は壁に打ち付けられ、全身に激しい痛みが走る。
「お、重い!」
「司……絶交したのに、来てくれたんだね……」
「こんな時に何言ってんだお前は! それに……絶交したのは自分を俺というあるととだよ。
装置を使わないよう1週間葛藤したんだろ? だから、お前じゃないよ」
「司……ごめん……」
「いいから……ちょっと黙ってろ……」
小さい司が大きいあるとを引っ張りあげるのは至難の業だった。
あぁ、こんな時に誰か助けに来てくれたらいいのに……!
だが、そんな都合のいい事は起こらない。懇親の力で司はあるとを引っ張りあげた。
なんとか両足を掴む事に成功し、そのまま引きずりあげる。
二の腕どころか、全身が痛い。あるとを床に放り投げると、司は大の字に倒れた。
「はぁはぁ……助かったんだね」
「はぁはぁ……そうだよ……と言っても、根本的な事は解決してないんだよな」
ふとあるとの手を見る。空中に投げ出されてもなお、たとえば君を手放さなかったのだ。
(おそるべし、催眠ってやつか。こりゃ、壊して終わりってわけにはいかねぇな)
考えてから、司は起き上がり追跡君の元へ行った。思いっきり放り投げたせいか、追跡君は壊れかけていた。
(壊れかけでも、電波ってやつは発生するのか? わかんねぇな……)
悩んでいても仕方ない。それに、いつあるとが俺に戻るかもわからないのだ。もたもたしていられない。
追跡君を片手にあるとに近づく。あるとは未だ青ざめたままで、ふぅふぅと必死で息をしている。
「あると、俺の言う事をよく聞けよ」
「司……?」
もうこれ以上あるとに辛い思いをしてほしくない。イチかバチかの賭けになるが、これしか方法はないだろう。
司はポケットから名刺を取り出し、あるとのポケットに入れた。
するとあるとの目がかっと見開き、口をぱくぱくと酸素を求めるかのように動かし始めた。
胸に両手を当て、全身を振るわせる。その時、あるとの手からたとえ君が落ちたのを司は見逃さなかった。
「……司……?う、うわぁぁぁぁぁっ!!!」
「あると、しっかりしろ!! そうか、催眠が解けたんだ……」
あるとに名刺を渡したのに司が無事なのは、追跡君の電波が生きている証拠だろう。
だが、それはいつまで守ってくれるかわからない。放り出した自分が悪いのだが、何せ壊れかけだ。いつ電波が止まってもおかしくはない。
「あると、よく聞いてくれ。今から俺はたとえば君に2つの言葉を録音する。
それが終わったら、俺にたとえば君を持たせ歩き回る事。そしてその後は常に持たせる。わかったな?」
「司……? 何をする気?」
「秋月は代償がいるといった。お前は願いの代償に己を失いかけた。だから、今からたとえば君を使う俺が何を失うのかはわからない」
「司、やめて! それ、本当に怖いから!! やめようと思っても頭の中に声が響くんだ、使えよ、使えよ、そして消えろって」
あるとは起き上がって司を止めたいが、身体が思うように動かない。
「辛かったな、あると。もう、お前にそんな辛い思いさせたくないんだ」
手のひらのたとえば君を静かに見据える司の目に一点の曇りもなかった。
「これだけは覚えていてくれよ、あると」
すぅと深呼吸をし、腹の底に力を入れる。怖くないと言えば嘘ではない。だが、自分がやるしかないのだ。
「何があったって、俺とお前は友達だからな!」
にっと笑って、司はたとえば君のスイッチを入れた。
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