歩く天災、異世界を救う ~手違いで神が死んでしまった!?~

ワイエイチ

第1話 転生途中の手違い

 気が付いたら、そこは視界の果てまで何も無い真っ白な空間だった。


 確か会社で仮眠取ってたはずなんだけど……。夢、にしては意識がはっきりしすぎてるし……。


「死後の世界とか? なんちゃって……冗談だよね?」


 ……ラノベとかだとこういう場所で神様に会って、異世界転生して美少女達とキャッキャウフフしたりするんだろうけど……、って俺……疲れてるのかな。


 仕事仕事な毎日で、気がつけばもう三十歳も間近だからなあ。


「珍しいな、こんな所に客が来るなんて」

「え、本当に!?」


 突然掛けられた女性の声に驚き、心の声が漏れてしまった。


 ……まあ落ち着こう。でも、綺麗な声だったな。……本当に女神様だったりして。


 否応なく高鳴るテンションを抑えつつ、ゆっくりと後ろを振り向く。


 ――そこにいたのは、この世のものとは思えないほど美しい笑顔を浮かべてこちらを見つめている女神――ではなかった。


「うわぁあぁぁ!!!?」


 腰を抜かして尻もちをつき、心臓が止まりそうになりながら必死で後ずさりする。でも目の前にある現実感の無いその姿から目が離せなかった。


 大きな瞳に透き通るような白い肌、肌っていっていいのか? そして大きな切れ長の瞳。横に大きく裂けた口に生えそろった牙、息をする毎に見たこともないガスのような物質が吐き出されている。よくよく見れば、その白い肌は硬い鱗そのもので……。


 うん、もしかしなくてもドラゴンだ。本当にドラゴン!?


 そのドラゴンが牢の中からこちらを興味深げに見ていた。


「落ち着け、小さきものよ。別に取って食ったりはせん」


 いやいやいや、落ち着けないでしょ。めちゃくちゃ怖いんですけど!?


 何処の世界にこんなにでかくて狂暴そうなドラゴン目の前に落ち着ける奴がいるのさ!?


 口から吐き出ているガスみたいな物体がぷしゅーとかいって、こっちまで届きそうなんですけど!


 しばらく固まって返事ができないでいると、ふとドラゴンが何かに気付いたような表情しながら、俺の身体と自身の身体を交互に見つめ始める。


「ふむ、この姿のせいか。ちょっと待て」


 そう言いながらドラゴンは目をつぶると、何やらぼそぼそとつぶやき始めた。


 すると、ドラゴンの身体が薄っすらと光り始め、少しずつ小さくなっていく。そしてその光が収まった時、目の前には一人の女性が佇んでいた。


 大きな瞳に透き通るような白い肌、ほんのり赤みがかった唇。その腰までかかるほどの長い髪は銀色に煌めき、体のラインやスタイルは自主規制するとしてその一糸まとわぬしなやかな肢体を絶妙に引き立てている。


「……どうした? 小さきものよ、まだ何か違和感があるか?」


 見た目はもの凄い美女に変わったけど、さすがに裸とかだと違和感は相変わらず全速力で駆け巡ってます。とか言えるわけ無いでしょ。


「い、いいいいえ、何でも無いです。ところで貴方様はいったい何者なんでしょうか?」

「私か? 私は龍神シャリオノーラだ。今はこのような閉じ込められた状態だが、こう見えても神の一柱を担っている」


 龍神……、女神ではないけど神なのは間違いない、か。もしかして本当に転生できたりするのかな?


 さっきは恐怖のあまり狼狽えてしまったけど、いきなり殺される事は無さそうだ。それなら先ほどから気になっている事を聞いてみても良いかもしれない。


「ここは一体何処なんでしょうか?」

「ん、知らずにここを訪れたのか?」

「訪れたというか、寝ていて気付いたらここにいたって感じです」


 俺の言葉を聞くなり考えこむ龍神。


「……脆弱な者がここを訪れた奇跡、か。すまないが、私をこの牢から出してはもらえないだろうか? もうかれこれ五百年以上もここに閉じ込められているんだ」

「え、でもこの牢、見たところもの凄く頑丈に見えるんですけど。それに扉も……」

「頑丈ゆえに、だ。この牢は強き者にはやぶれん。ものは試しだ牢に触ってみてくれ」


 この龍神はいったい何をしでかして誰に閉じ込められたんだ……。五百年以上とか長すぎだろ。出すことができるとしても俺が出して良いのだろうか?


「そういぶかしがるな、別に大したことはしておらん。神にとって五百年はさほど永いというわけでもない。さあ、サクッと頼む」


 サクッて……。


 いまいち説明が納得いかないけど、軽く明るい雰囲気につられてしまい龍神に言われるがまま牢に触れようとする。


 ……あのドラゴンの姿のままだったら絶対にやらなかっただろうなあ。見た目にころっと騙されてしまう自分が情けない。


 そして牢に手を触れた瞬間。甲高い破裂音とともに牢が弾けて消えていった。


 粉々に砕けた牢のかけらがキラキラと舞うその幻想的な光景に目を奪われていると、手を握ったり開いたりしながら何かを確かめていた龍神はが徐ろに口を開き――


「よし、ちょっと人神じんしんを殺してくるわ」


 ファ!? い、今この美女なにやら物騒な事言わなかったか?


 すると、タイミングを見計らったかのように視界の先で空間に亀裂が入り、その隙間から一人の男の子が慌てて出てきた。


「ごめんごめん。君、ちょっと手違いで予定外の所に転移させちゃったよ。間違っても牢には手を……ふれ……」


 全てのセリフを口にする前に、目の前の光景を見るなり男の子の時間が止まる。そしてそのまま踵を返すとそのまま空間の亀裂に戻ろうとする。


「よう、人神クローツ。久し振りだな」


 次の瞬間、気づくと龍神は目の前から消えており、挙動不審な男の子の頭を鷲掴みにしていた。あの子が人神?


 見たところ少々頼り無さそうだけど、神様ってくらいだから凄いのかな?


「や、やあ、龍神。久し振りだね」

「そうだな、最後に会ったのは四百年くらい前だったかな」

「ちょっと最近忙しかったからね……はは、は」


 人神の狼狽している様が容易に見て取れる。力関係的には圧倒的に龍神が上なのだろうか?


「お前にしては珍しいじゃないか? 普段ならこんなミスはせんだろう」

「いやぁ、珍しく亜神になった人間がいてね、待ちきれなくなってちょっと会いに行ってたんだ」

「そうか、まあそれは良いとして……覚悟はできてるな?」

「も、元々は君が僕の管理してた世界にいたずらしたから罰で閉じ込めないといけなくなったんじゃないか!」

「人間に恩恵を一つ与えただけだ。それに決まりでは罰は百年だったはずだな?」

「……ちょっと忘れてて」

「さっき牢には触れるなって聞こえたな」

「あはは、は……。君が与えた恩恵の始末にすごく苦労したから。その……嫌がらせ?」

「ふむ、そうか。それで、言いたいことはそれだけか?」


 この龍神やっぱ超怖い!

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