第34話 セフィルの想い

 

「左の字は外に出たみたいだよ」


「みなさん起きていますか?」


「起きてマス」


「起きている」


「ほら杏華いつまでも幸せそうな顔してないで起きてよ」


「佐七さ~ん」


 この杏華という方は見た目や日常の態度はしっかりしているが、身内が相手だとかなり隙だらけだな。

 あと計算高いというか、腹黒さがあるな。

 かなりの曲者でもある。

 サシチ様はその辺を可愛いがっているようにも見えたが。


「ボクは左の字じゃないよ。ほら起きて」


 この巴という方は聞いていると少年のような話し方をする。

 しかし大きい。

 私とは比べるべくもなくおおきい。

 あの消し炭にされた男も巴と話している間中、視線がそこに向かっていた。


 ただサシチ様はあまり気にした様子がなかった。

 殿方は大きいのが好きと聞いたが

 みながみな同じではないのだな。


「杏華、起きてクダサイ。セブンがいないうちに今後のことを話しまショウ」


 少し片言の話し方をするルーシェルという方はなんというかつかみどころが難しい。

 飄々と物事を進めるタイプだ。

 ただ内面はかなり熱いものを持っているような気がする。


 あの時の積極性は学ばねば!


「杏華さん大切なことです、今後の夜のスケジュールも含めてですよ」


「それは大切です!」


「やっと起きたよ」


「それでまずは何から話し合うんだ?」


「序列の話になると思うのですが…対外的には役職というか肩書きが一番上のものが第一夫人で良いかと。対外的な折衝などでも有利になりますから」


 ああ、そういうのは私は無理だ。

 クリスまかせた!


「じゃあボクたちはちょっとむずかしいかな」


「そうデスネ。こちらの世界のコトモあまりわかりまセンシ」


「そうね、身分なんてものないものね」


「私も軍属以外の身分はないな」


 そう、一軍人に交渉なんぞは無理だ。


「はぁ、では私ですね。対外的な交渉とかめんどくさいんですけどね。まあ、旦那さまと一緒ならなんとでもなりそうですけどね」


「そういえばアスクリスさんてどんな身分なんですか?」


「神竜姫ですね」


 なんだと!?


「それは狂竜アスクリスが神代竜の娘ということか?」


 まずい、まさか神代竜の娘とは。

 強い強いと思ってはいたが。


「そうですよ」


「なんという真実……では複数の国が間接的に神代竜に戦争を仕掛けたと言うことか」


「その辺はお父様は特に気にしてませんよ。実際私が暴れてたのは事実ですし、お父様がお怒りになるほど私が傷ついたこともないですしですね」


 危なかった。

 戦闘中は彼女の強さを理不尽に思っていたが、あの強さに感謝だな。

 神代竜と戦争になどなったら、国どころか大陸が滅ぶかもしれん。


「セフィルさん、そんなにすごいんですかアスクリスさんのお父様って」


「杏華様、私のことはセフィでいい。巴様とルーシェル様も」


「ワタシもルルと呼んでくだサイ」


「ボクも様はいらないかな」


「私も様は要りません」


「私もクリスでいいですよ」


「え? でもお姫様なんですよね?」


「あまりお姫様らしいことしてないから大丈夫。というか言わないとほぼわかりませんから」


「そうだな、真紅の狂竜アスクリスだものな。まさか狂竜アスクリスを竜族のお姫様だと思うやつはいないだろうな」


 しかし神代竜。

 お姫様が暴れん坊すぎやしないか?

 半壊した国やら全滅させられた軍やら被害が尋常ではないのだが。


「でもお姫様ってことはさ、婚約者みたいのいなかったの?」


「婚約希望者は全て返り討ちにしました」


 クリスは頭がおかしいのか?

 婚約を希望する者は戦闘対象ではないだろう。

 全てにおいて狂竜なのか彼女は。


「え? ボクの聞き間違いかな? 返り討ちって聞こえたんだけど」


「間違えていませんよ」


「コチラの世界では婚約を希望したら、カエリウチにするものなのデスカ?」


 三人が心配そうに私を見ている。

 あり得ないだろ。

 婚約者を返り討ちって。


「いや、私はそういった話に無縁だったが、聞いた話のなかで婚約を希望する相手を返り討ちにしたとは聞いたことがない」


「私はつがい相手の第一関門として、強さを求めていただけですよ」


 狂竜アスクリスが求める強さが

 第一関門とは。

 竜の世界は大変だな。


「ですが同族の殿方に、私の求める強さを提示してくれる方はいませんでした」


「参考に聞くが強さはどのようにして図ったのだ?」


「簡単です。私と一戦してもらって勝てるかどうかで」


 そして勝てる相手がいなかったと。

 狂竜アスクリス、竜の世界でも上位の強さということか。


「まあ、その問題も旦那さまのお陰で解決しました。あの強さは私が求める以上のものでした。昨日もらった一撃は体の芯まで響きました。さらにあの女神をも消滅させるとは。もういうことなしです」


 確かにあの強さは素晴らしい。

 私とて本当に殿方に守られる立場になるとは思いもしなかった。

 あの時の光景は一生忘れられん。


 あの凛々しき後ろ姿。

 私に優しく上着をかけてくれた紳士な態度。

 一瞬にして私の命を救ってくれたあの強さ。

 

 ああ、サシチ様!


「セフィさん、セフィさん、戻ってきて」


「デハお二人はセブンの強さに惹かれたということデスカ」


「もちろん私はそれを求めていたので、その通りなのですが。まだ出逢って短い間しか一緒にいませんが、旦那さまのそばにいるととても気持ちが落ち着くというか、心地よいのです」


 それは私も思っていた。

 理由はよく分からないのだが、サシチ様の側はすごく穏やかで心地よいのだ。


「それとあれだな、優しさがにじみ出る瞬間がたまらないな」


 なんだこの沈黙は私何か間違えたか?


 いや、違う。

 みんなあのサシチ様が見せる優しさを思い出しているんだな。


 ……。

 うん、杏華それは多分違う。

 その顔は違う時の顔だ。

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