第12話 実力





「メイちゃん、あなた...。」


メイを見据えるレヴィ。

少女の視線は、決して悪ふざけでは無いことを主張している。


勿論、本気なのはメリルも見抜いていた。


「...君の判断に任せよう。逃げ切るだけの時間を稼ぐだけでいい。無理はしないでくれ!」


懇願とも取れる台詞。

メイに考えがあるとはいえ、大人が敵わぬ相手を只の少女が手玉に取る事が出来るとは思えない。

だが、藁にも縋る思いで任せてみる。

依頼やギルドの事を考えると、これでなんとかなれば万々歳、メイが怪我でもするならば助けなければならない。

守りながら逃げるだけであれば、倒すよりは容易い。


「お任せ下さいっ!」


深々とお辞儀をし、にこりと笑って振り返る。

見据えるは相手方、一番奥に陣取るオーガ。


タンッ


金髪を靡かせて走り出す。

そして突っ込むは少女からしたら巨大なスライム。

魔物の中では低俗とはいえ、その身体に触れればたちまち皮膚が腐食し壊死してしまう。


メイが腰に手を当てると、魔法陣が浮かび上がる。

そして急加速。


掌を前面に構え、急停止。


パンッ、という小気味良い音と共に放たれた『空気圧』が、前線のスライムを全てバラバラに破裂させた。

その規模は、圧というより『壁』に近い。


「一丁あがりですっ!」


スラッグはそれを見て、狂気の金切り声をあげている。


驚いているのはスラッグだけではなかった。

他の魔物達、そして『宵の三日月』の五人と商人も含めて、だ。

Bランクでも着実に倒さねばならないスライムを、少女が意図も簡単に蹴散らした。



更にメイは片腕を上へ挙げ、掌を天に向ける。

上空には暗雲が渦巻き、メイの身体の周囲が青白く淡い光に包まれた。


バチッ、バチバチィッ


彼女の周囲に静電気が走る。

そして、空気が裂けるバリバリという音と共に、1本の巨大な雷柱が降り注いだ。

雷柱はメイに当たると放射状に弾け飛び、オークとオーガを除いた全ての魔物を焼き尽くした。


「こ、こんなことっ…!!」


黒焦げとなった魔物達の身体がボロボロと崩れるのを見て、驚きを隠せないのはレヴィ。

自分自身、ハンターランクはBで、それなりの『魔導師ソーサラー』だと自負している。

しかし、無詠唱魔法はほぼ出来ない。

というより不可能に近いのだ。


魔法とは、己の魔力を操り一つの現象を作る事である。

それは炎を出現させたり、水を出現させたり、砂を操る等の簡単な物から属性による檻を作ったり矢を作ったり等の高度な技術までの事を言う。

それらを習得し扱うには、魔力の安定性を保たなければならない。


高度な魔法を使うにはそれなりの安定性が求められる為に、形を表す『詠唱』という行為は必須であるし、また普通の魔導師ソーサラーは簡単に出せて安定性の高い『炎を出現させる』等の魔法を使うのが基本なのである。


それをなんだあの少女は。

無詠唱で、しかも『雷属性』の魔法を使うだなんて。

確かに一部には雷魔法を使う部族や貴族も居るには居る。

その不安定さ故に、自分の知る限りではこんなに強大な魔法を撃てる魔導師など今まで見たことが無い。



メイはそんなレヴィの気も知らずに、オークへと走り寄る。

否、走り寄ると言うには速すぎた。

音速を超えた拳が、オークが身の危険を感じ咄嗟に出した両掌へと当たる。


パァンッ


皮膚は裂け、筋肉は断裂する。

そして骨は木っ端微塵だ。

オークの肩から先は、一瞬で花弁の様に舞散った。


ドスンと落ちる石斧。


『グ、グォオオオオオオ!!』


叫ぶオークの顔面を、メイのローリングソバットが捉えた。

そしてもう一体のオークに向けられる、腰にかけていた拳銃。


パンパンパンッ


眉間、胸部、腹部。

縦一列に三発の弾丸が放たれた。


が、鉄の銃弾はハイオークの身体は貫けない様だ。

弾かれ落ちた弾を見てメイは拳銃を捨て、腰に手を添える。

黄緑色の六芒星の魔法陣が光り、そこに手を入れ引き出した。


紺の下地に金色の狐の装飾が施された『装飾銃』が二丁、メイの手に握られていた。


「久々の出番だよ、『エスペランサー』!!」




「な、なんだあれは!?」




声を挙げたのは行商人であるワンズ。

何も無い空間から銃を取り出した空間魔法。

帝国中を探しても百人居ないであろうそれの使い手。

商売人からしたら滅茶苦茶貴重なのである。

それをあんな少女が...。


『宵の三日月』も絶句していた。

メリルの半分程度の身の丈しか無い少女が、自分達では歯が立たないハイオーク相手に互角以上に、むしろ無双しているのだ。

マークスに至っては同じ銃使いとして、彼女の腕に悔しさを通り越して感服している。



「いくよっ!」



意気込んだメイは、二丁の装飾銃を左右に向けて発砲する。

放たれたのは鉄の弾ではなく、青白く光る『魔弾』。

それは大きく弧を描き、ハイオークを両側から貫いた。

そしてその軌跡は鎖と成り、地面へと縛り付ける。


近寄りながら始まる連射。

右で3連射、左で3連射、両手を交差してさらに3連射。

瞬時に近寄りハイジャンプ。

下向きに回転しながら放つ10連射。


文字通り蜂の巣である。


メイが着地すると同時にハイオークの身体は崩壊した。


「「「「「「うぉおおおお...!」」」」」」


『宵の三日月』も商人も、思わず歓声をあげてしまう。

しかし、まだ一匹残っている。


着地ポーズで固まるメイの背後から巨大な黒き金棒が振り下ろされた。

それを振り返りもせずに指先で止めた。


ピッ


ズドンッッッ


衝撃は地面へと伝わり、軽くクレーターを作る。


メイは金棒を受け流すと振り向きざまに、右腕を振り下ろす。


『グラビティ・スタンプ。』


オーガは地面にひれ伏した。

まるでその場所の重力が急激に増加したかの様に。

バキバキと骨が折れる音がする。

圧力に耐えきれなくなった地面はヒビ割れ、円形に凹んだ。

そして、ボキッという音を最後に、オーガは動かなくなった。


戦場には立っている生物はもう居ない。

ただ一人、メイを残して。



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