クロスカウンター

 霧江と恵美は身体を震わせる。

 こちらへ向かってくる男の異様に大きい声が、その原因だった。


「こんにちは! 君たちは桜花の友達かな!?」


 霧江と恵美はぎくしゃくとお辞儀をした。和明はアレックス1号に固定されているので身動きが取れない。

 しかし桜花の父親の声量といったらどういうことか。選挙カーの演説を彷彿とさせるビリビリとした空気の振動により、何気ない挨拶すらも怒鳴り散らしているように聴こえる。

 男の身体を見ると、グレーの背広が限界を越えていびつに膨張していた。その下に何か着込んでいるようだ。

 アレックス1号の右肩に座った桜花が、淡々と説明する。


「あの人、スーツの下に電池アーマー着込んでる。その電力で『核声鬼』という拡声器を動かしてるんだけど、何の意味があるのかは分からない」


 ああそうなんだ、と和明はぼんやりと考える。ぼんやりしている理由は2つ。一つは桜花の父の大声量。もう一つは顔のすぐ横に腰掛けた桜花のせいである。悪い刺激と良い刺激に挟まれ、思考が滞っている状態だ。

 悪い刺激の張本人である桜花の父は、恵美たちの目の前まで近づいてきた。輝子はその腰に手と足を絡ませ、ベッタリとひっついている。


「桜花が世話になってるようだね! 桜花パパの如月五十六いそろくです!」


 恵美はもじもじした小声で霧江に話しかける。


「も……もろタイプだわ」

「えっ。あんな……マッシブで……男性ホルモン強そうで……アブノーマルな感じが!?」

「いかつい顔と身体。禿げ上がった頭。充血した目。常軌を逸した行いの数々。正気を疑うほどの声量。更に妻子あり……!! 近づいただけで妊娠しそう……!」


 わざわざぼやかした言葉を選んだ霧江を無視して、恵美は顔を紅潮させながら遠慮と常識のない評価を述べた。さらに、触っていいですかなどと言いながら五十六の胸あたりを弄っている。


「どうだい!? 大きい大胸筋だろう!? 大胸筋を見せびらかすために、胸にだけはアーマー付けてないんだ!!」

「ああ、すごいです、おじさま。ビッグ胸肉です。頬ずりしてもいいですよね?」

「恵美ちゃん、この人は今帰ってきたばっかりで、疲れてるからね? あまりくっつかないでね?」


 親友の見てはいけない場面を見た気がして、霧江は視線を逸らす。

 恵美とこういう話をしたのは初めてだなと霧江は思い返す。桜花と共に恋愛話に興味なさげだったので話題に出すことは無かったが、なるほど、あまり大っぴらに話さないほうが良さそうだ。


「ところで桜花! なんだその男は!」


 五十六は声量で空気をビリビリと震わせながら、アレックス1号に身を包んだ和明に視線を向ける。


「私の協力者よ」


 桜花はカクトワ・カールをコリコリとひねって和明に渡した。さらに身をよじり、アレックス1号の背面上部に何かを投げ込む。


「は、はじめまして。小野で」

「声が小さい!」


 爆弾でも落ちたのかと疑うほどの声量。和明は涙目になった。輝子は何かを察したのか、五十六から離れた。


「何者だ貴様、害虫か!? 害虫だな!!」

「あ、いえ、そういうわけでは……」

「小野君、パネルに『カウンター』って書いて」


 桜花は右手に握ったリモコンのボタンを押した。アレックス1号の胸から白い何かがポンという音を立てて高速射出され、五十六の顔面に炸裂した。先程投げ込まれた固茹で卵だ。

 五十六は顔を手で拭い、それが固茹で卵だと知るとにっこり笑った。そして怒筋を貼り付けた笑顔のままアレックス1号に強烈な右ストレートを放つ。

 アレックス1号は右に機体を傾けながら左ストレートを繰り出した。クロスカウンターが五十六の顎にヒットし、脳を揺らす。

 五十六はたまらず膝をついてうつむいた。その大きな背中が震えている。笑っているのだ。


 右へ左へ振り回され続けた和明は、やっと目の前の事象に疑問を感じるゆとりを得た。


「あの、如月さん」

「え、なに?」

「僕、如月さんのお父さんにゆで卵ぶつけてからクロスカウンターを……」

「それは小野君が気にすることじゃないわ。いきなり殴りかかってきたのはあの男よ」

「そうか、正当防衛だね。ハハハ」

「民事不介入という便利な言葉もあるし、大丈夫」


 朗らかに笑う和明を見て目を点にした霧江は、五十六に視線を移す。その両脇には女が二人。霧江の目の点が更に絞り込まれた。


「あなたっ。大丈夫ですかっ。予備の電池よ」

「おじさま、お怪我は?」

「恵美ちゃん、大丈夫だからこの人から離れて?」

「あ、好きでやってるのでおばさまは気にしないでください」


 五十六の妻の輝子が介抱するのは分かる。だが恵美は本来桜花の側にいなければならないのではなかろうか。それどころか、なにやら見えてはいけない火花すら見えるのだが。

 背中を開けられ電池を入れ替えた五十六が、四つん這いの体勢から膝を震わせつつ立ち上がろうとする。


 それを見た桜花は薄ら笑いを浮かべながら


「生まれたての仔馬か」


 と再びリモコンのボタンを押した。

 ポン、パキャ。

 アレックス1号から発射されたゆで卵が五十六の頭にヒットし、四散する。


「体毛のない頭に白身と黄身が貼り付いて、爬虫類の孵化みたいだ」


 和明がバカ声でバカ丸出しの感想を述べた。

 霧江は叫んで逃げ出したい衝動を抑え、静かにつぶやく。


「みんな狂ってるわ」


 恐らく和明に恋していた自分も発狂していたのだろう。そう考えると少しだけ失恋の傷が癒えるような気がした。

 五十六が立ち上がった。絶叫がほとばしる。


「ぬわあ! 電池が、電池があればなんでもできる!」


 どうやらまだ戦いは続くようだ。霧江は離れたところに座って観戦することにした。

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