1話 文化祭の憂鬱
1.いつもの朝
いつもの朝の、いつもの時刻、いつものように寝間着から制服に着替えて部屋を出る。洗面所に行くと先客がいた。
「こうちゃん、おはよー」
寝ぐせでぐちゃぐちゃになった髪にターバンをかけ、今まさに洗顔を終えてタオルを顔に押し当てていた千鶴が鏡越しに俺と目を合わせる。
こいつは昨夜も新歓コンパとかで酔っぱらって化粧も落とさないまま俺のベッドにもぐりこんできたのだ。そのときにはどろどろだった化粧が取れて実にさっぱりした顔つきだ。
俺はな、千鶴。おまえは化粧をしない方が可愛いと思うんだ、などと言えるはずもなく俺はただ朝の挨拶を返す。
「俺も顔洗いたいからどけ」
「はーい。こうちゃん、一緒に駅までいこ」
「やだ。おまえを待ってたら遅刻する」
「急いで支度するから」
「五分で着替えてこいよ」
「ええっ、せめて十分」
「七分な」
「こうちゃんの意地悪~」
千鶴は喚きながらタオルを振り回し階段を駆け上がっていく。まあ、いつも通り下りてくるまで十五分はかかるだろう。
「おはよう、紘一」
「おはよう母さん」
都心部まで電車で通勤している父さんは、今朝もとっくに家を出ているようだ。ありがたくて頭が下がる。たまには早起きして見送らなくちゃと思ってはいるのだが。
母さんの作る味噌汁は今日も優しい味だった。目玉焼きの半熟加減も俺の好みの固さだ。ベテラン主婦の母さんだって時には焼き加減を失敗してしまうこともあり、イマイチな出来のものは自分が食べ、父さんや俺には出来の良いもの取り分けてくれていることを俺は知ってる。優しい人なんだ。
「新しいクラスはどう、もう慣れた?」
「顔ぶれは去年とあまり変わらないし。それより授業がちょっち心配」
「塾に行きたくなったら言ってね」
「大丈夫だよ、千鶴だって行かなかったじゃん」
「あの子は進学も適当だったから」
適当にやって、とりあえず希望通りに地元の大学に合格できているのだから千鶴はあれで侮れない。
「紘一はもっと上のランクの学校だって狙えるんでしょ? 最新設備の校舎で評判がいいからって近くの専門学校を選ばなくたって」
「今はイメージだけで大学を選ぶよりも専門的な勉強をしといた方が就職してすぐ即戦力になれるんだよ」
「それはわかるけど……」
テーブルの俺の向かいで湯飲みを持ち上げながら母さんはもごもごつぶやく。
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