54話 望まぬ縁談

 ロゼッタは朝から憂鬱な気分だった。

 結局、父トーレスに押し切られる形で、縁談の話が進められていたからだ。

 とは言っても、本人の意思をないがしろにするものではなく、相手がロゼッタのことを気に入らない可能性もあるわけだから、実際に会って話をしてみようとなったのだ。

 ようするに、お見合いをしようということである。


 メイドにヘアメイクをされながらロゼッタは大きく溜息を吐く。


「はぁぁぁ、本当に最悪だわ。相手は貴族のボンボンでしょ? どうせ世間のことなんて何も知らないお子様に決まってるわ」

「まあまあ、まるでお嬢様は世間のことをおわかりになっているかのように仰るのですね」

「もうっ、意地悪言わないでカーサ」


 カーサと呼ばれた年配のメイドはクスっと笑うとメイクを続ける。

 ロゼッタが生まれる前から、マスタング家に務めている彼女は、祖父母の居ないロゼッタにとっては、両親にも話せないような愚痴を聞いて貰える良き祖母のような存在であった。

 大抵の主人が浮気相手として若い女を雇うことが多い中、貴族ではない市民が長くメイドを雇い続けるのは珍しいもので、もしカーサに子があれば将来はマスタング家に雇われる筈だった。しかし、それは言っても仕方のないことである。


「今日、お会いになるポートマス家のご子息様は、それはそれはお勉強熱心な方らしいですよ」

「へー、どうせ貴族のお勉強なんて、どうやって周りに取り入るかのお勉強なんでしょ」

「世間を渡って行くにはそれも大事な事です。処世術を心得ていない主人だなんて、仕える者も堪ったものではありませんからね。その点あなたのお父様はご立派なものです」

「はぁ……そういうものなのね」


 そんな世間話をしている内に、ロゼッタのドレスメイクとヘアメイクそして化粧も終わり、お見合い相手を待つばかりとなった。


 相手は貴族であるが、レディファーストの精神は忘れない。

 あくまでもこれはポートマス家の子息が、ロゼッタに対して求婚に伺うと言う体で、女性の側を立てることにより、器の大きい貴族であることをアピールしようというものであった。



「まあまあ、よくいらっしゃってくださいました」

「ごきげん麗しゅうございます」


 ポートマス家とマスタング家の妻同士が社交辞令を交わし、その横では当主同士が握手を交わしている。

 そしてその後ろ、本日の主役達は遠慮がちに控えていた。


「さあ、ロゼッタ。今回のご縁談のお相手であるエドガー様にご挨拶をしなさい」


 トーレスに促されてロゼッタはおずおずと前に出ると、スカートの裾を摘まみ頭を下げる。


「ごきげんよう。ロゼッタでございます」


 簡単に挨拶を済ませると下がってしまった為に、トーレスは苦い顔をする。

 そんな様子に苦笑しながらエドガーは前に出ると、ロゼッタの前で跪いた。


「エドガー・アラン・ポートマスです。本日はお招きいただきありがとうございます」


 ロゼッタの手を取るとそっと口づけをする。

 その紳士な振る舞いに、ロゼッタの父も母も感心した。


 ロゼッタは、つまらないパフォーマンスをするものだと、内心辟易しながらも、「光栄ですわ」と答えて、ポートマス家を迎え入れるのであった。




 お見合いと言ってもこちらの世界では、両家が密室で食事をしながら、「ご趣味は?」なんて質問をし合ったりするものではなく。

 様々な知人や仕事の関係者などを呼んで、盛大な宴会を行うというものであった。

 最早、披露宴や結婚式の二次会に近いものであり、要するに皆の前で結婚を前提に話しが進んでますよと、既成事実を作ろうという魂胆なのである。


 そんなもんだから、エドガーとロゼッタの挨拶が済んでしまうと、その場に集まった人達は、今後の展望や商談に入ってしまうと言うものがほとんどだった。


「いやあ、それにしてもめでたいですなぁ。ポートマス家とマスタング商会。両家の縁談が決まったことで、我々も商売がしやすくなると言うものです」

「ははは、まだ結婚が決まったわけではありませんよ」

「いやいや、なにを言いますかマスタングさん。エドガー様とロゼッタさん、美男美女のお似合いのカップルだったではないですか! がっはっはっは」


 自分の横で繰り広げられるくだらないおべんちゃらを聞きながら、ロゼッタはしおらしくしていたのだが、もう我慢の限界であった。


「ロゼッタ、どこへ行くんだ」

「すみません、少しお酒に酔ってしまったみたいで、風に当たって来ます」


 そう言うと席を外して、ロゼッタはバルコニーへと出た。


 心地良い風が吹き抜けると、ロゼッタは敷地内を見渡せる遠望に目を細める。遠くには、拳奴達の練習施設が見えた。

 遠い為に拳奴達の姿は見えなかったが、今もロイムはあそこで練習をしているのだろうかと思う。

 ロイムがデビュー戦を勝利で飾ったことは知っていた。

 こっそり見に行こうかとも思ったけれど、ロワードのことが脳裏を過ぎり、怖くて見に行くことができなかった。

 一日中そわそわしながら結果を待ち、ロイムが圧勝したことを伝え聞くと、安堵のあまり涙が零れた。

 それでも、ロイムがその勝利を捧げる女性あいては……。


「はぁ……こんな時に、私はなにを考えているのかしら」


 お見合いの最中に、別の男の事を考えている自分に嫌気がさす。

 すると、突然背後から声を掛けられた。


「こんな所で一輪、可憐な花が溜息を吐いている。その唇から零れるのは、美しい一片の花弁でしょうか?」


 振り返るとそこに居たのは、グラスを二つ持ったエドガーであった。


 キザな登場をするもんだと、ロゼッタは心の中で舌打ちをするのであった。



 続く。

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