32話 アウトボックス禁止令

「素晴らしかったよロワード。とりあえずロイムと代わって休憩だ」

「なっ? 俺はまだやれますよ!」


 ロワードの善戦を労うバンディーニであったが、流石に四連戦は後に響くと言い、不戦敗を宣言した。

 結局、初戦は大将戦まで縺れこむこととなった。


「くそっ! 俺はまだやれるのに、これでロイムが負けたら終わりじゃないか」

「ああ? 誰が負けるだって?」


 ロワードは悪態を吐きながら水を飲みに行ってしまった。

 俺はバンディーニに手招きされると、なんだろうと思い駆け寄る。


「ロイム、相手の大将は巨漢のオッカスだ。身長は約173㎝、君とは30センチ近くも差がある」

「ああ、わかってるよ。俺はミドル級以上のセルスタと渡り合ったんだぜ? スーパーライト級程度の相手に後れを取るかよ」

「そうだね。だが今回は、足を使わずにベタ足で打ち合ってみろ」


 バンディーニの言葉に俺は驚きを隠せなかった。


 巨漢を相手に打ち合えだと?

 どうかしてるんじゃないのかバンディーニは、一発でもクリーンヒットを貰ったら終わりだぞ。


 そう思うのだが、バンディーニはそんな俺の考えを見透かすかのようにニヤリと笑った。


「一発も貰うな、その上で打ち勝って見せろ。でなければこの先、君が拳闘士として生き残ることは難しいと思え」

「冗談じゃないぜ。足も使わずに一発も貰うなとか、どんな無理ゲーだよ」

「やってみなくちゃわからんさ。大体、足を使ってもセルスタには負けただろう?」

「あいつは別格だよ」

「だったら、格下の相手に打ち勝って見せろ!」


 そう言うと俺の背中に張り手を入れてバンディーニは送り出すのであった。


 リングの中央に行くとオッカスは既に待っており、両拳を合わせながら余裕の笑みを浮かべていた。

 すると、客席から罵声が響いてくる。


「でっかい方! チビの方をボコボコにしてやりなさいっ! 私が許すわ!」


 ロゼッタが立ち上がり、拳を振り回しながら俺に向かってヤジを飛ばしている。

 まったくもってお転婆なお嬢様だな。


 オッカスはロゼッタが自分のことを応援してくれているのが嬉しいのか、ニヤケた表情になると再び俺に向き直った。


「お嬢さんがああ言っている、悪いが手加減はしねえぜチビ」

「やれやれ、あんなじゃじゃ馬のどこがいいんだか。ニヤケてると一発でKOするぜ」


 そして、審判の開始の合図で最終戦が始まった。


 開始と同時にオッカスは突っ込んでくる。

 開始直後の駆け引きなんて関係ない、オッカスは近接で打ち合う典型的なファイターだ。

 そういう相手は本来なら足で引っ掻きまわして、スタミナを削ってから仕留めに行きたいところだが、フットワークは使わずに打ち合えと言うバンディーニの命令だ。

 んなもん聞く義理はないと言えばないのだが、それで勝てなければ拳闘士としてやっていくのは無理だと言われたのが引っ掛かる。


 くそ、安い挑発だが乗せられてやるぜ!


 突進してくるオッカスに向かって俺も突進する。

 パンチの間合いに入るのだがオッカスはそのまま体当たりする構えだ。

 俺もそれを迎え撃つ。

 左肩を突出し、ショルダータックルのような状態で突っ込んでくるオッカスを、俺も右肩を突き出して止めた。


 かなり身長差がある為に、オッカスが俺に覆いかぶさるような形になるのだが、俺はなんとか踏ん張りタックルを止めて見せた。


「くっ、うぉぉぉおっ!」

「う……そ、だろ?」


 オッカスが小さく呟いたのが聞こえた。

 そりゃ驚くだろう。自分よりも断然チビの俺が突進を受け止めたのだ。

 おそらくはタックルをぶちかまし、俺がバランスを崩して仰け反った所に攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。


 日々の走り込み。

 特に山の斜面を上り下りしたトレーニングが効いている。

 俺は自分の体幹と下半身がここまで鍛え上げられていることに驚いた。


「くっそ! チビが!」


 オッカスが拳を振り上げると振り下ろす。

 俺はウィービングをしながらそれを躱す。


 左、右。


 体が密着した状態なので、オッカスは背の低い俺に対して振り下ろしの攻撃を続けている。

 同じ目線の高さではないのが逆に功を奏した。

 オッカスは俺に対して、フックやストレート、或いはショートアッパーのような多彩なパンチを打てないのだ。

 上からの打ち下ろしのパンチしかないので、俺からすれば至極攻撃が読み易い。簡単に避けられる。


 なるほど、バンディーニはこれを狙って俺に足を使うなと言ったのか。

 そして、次の展開もバンディーニは読んでいた。


 上からのパンチは当たらないと考えたオッカスは膝を落とし、右のロングアッパーを俺に浴びせようとした。

 勿論、ジャブやショートパンチのコンビネーションを織り交ぜていない、そんな大振りなど簡単に躱せる。

 アッパーを躱し、腕と身体が伸びきったところ。


 右脇腹リバーが、ガラ空きだっ!


 俺はそこに渾身の左、リバーブローをぶち込んでやった。


 ボギィッ!


 重く鈍い音が闘技場に鳴り響くと、オッカスは右脇腹を押さえ悶絶してしまった。

 感触からしてたぶん、肋骨を何本か圧し折っちゃったと思う。ごめんねオッカス。


「すげえええっ! すげえぜロイム! 一発じゃねえかよっ!」

「なんかすごい音したなあ、さすがロイムだ」


 ヤクとディックが駆け寄ってきて俺に抱きつく。

 ロワードは離れた所で、なんだか不満そうにしていた。


 バンディーニはオッカスの様子を見にいっているが、しばらくすると俺達の元へ戻ってきた。


「あいつ、大丈夫かな?」

「ああ、たぶん心配ないよ。呼吸音に問題はなかったし、肺にはダメージはないと思う。まあ肋骨は罅か折れているかもしれないけど、若いからすぐにくっ付くだろう」


 ボクサーに限らず、アスリートは肋骨に罅が入ることがしばしばある。

 肋骨は肺と心臓を守る為の帷子であるのだが、外圧には強いが、内圧には脆い一面もあるのだ。

基本的に肋骨骨折の治療は固定できないので放置するしかない。

 勿論、重症の場合には手術による接合、そこまでいかなくても胸部サポーターなどで固定することもある。

 まあ大抵は放置して、痛みがなくなるのを待つしかないのだ。


「ロイム、見事だったよ。私の予想通りの試合展開だった」

「ちっ、あんたの思い通りってのが癪だけど。俺も自分のパンチには手応えを感じたよ」


 ハードパンチャー。

 以前、バンディーニが俺のことをそう言った。

 あれは、事実かもしれないと俺は実感し始めていた。


 そして……。


「なんなのよ……なんなのよなんなのよっ! あいつ、チビの癖にどうして自分より大きい相手を一発で倒せちゃうのよっ!」


 ロゼッタの俺に対するヘイトが益々溜まっているのであった。



 続く。

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