第二章 少年期 拳闘士訓練生編

22話 末はアリかタイソンか

 明確な目標ができた。


 こちらの世界に来てから、自分の置かれた状況をただ漠然と受け入れて。

 とりあえずやることはこれまでと大して変わらないから、練習を続けていればいずれプロとしてリングに上がれるだろうくらいに思っていた。


 要するに井の中の蛙だったわけだ。

 周りの連中に、自分の知識と技術をひけらかしている内に、俺はこの世界で最強になったと勘違いしてしまった。


 自惚れていたんだと思う。

 現代のボクシング技術は、この世界の拳闘を圧倒できると。

 そんな俺の慢心を打ち砕いた人物が居る。


 セルスタだ。


 拳神の再来と呼ばれる男は、その呼び名に違わず最強の拳を持っていた。


 俺は、あの男に勝ちたい。

 あの男に勝って初めて、俺のボクシング人生は完成するんだと、そんな風に思えたんだ。




 俺は、革のベルトをバンテージ代わりにキツく拳と手首に巻くと、シャドーをして身体を慣らす。

 これから、新人歓迎会と銘打った、先輩達からの可愛がりを受けるからだ。


「歓迎会ねぇ……」


 俺は呆れ顔で呟きながら練習用の闘技台へと向かう。


 要するにこれは格付けだ。

 生意気な新人の鼻っ柱を挫く為の洗礼。

 どうやら俺が検定試験の時にセルスタと戦ったことは、訓練生達の耳にも入っていたらしく。

 不本意ながら俺は、知らない内に有名人になっていた。それも悪目立ちの方で。


 訓練生用の施設に到着するや否や、実力が見たいと言われて闘技場まで引っ張られてきたわけだ。

 対戦相手は、俺よりも三か月前に合格した新人拳闘士訓練生。

 諸先輩方に恥をかかせないようにと、気合十分といった感じで俺にメンチを切っている。


「それじゃあ、新人ロイム君の検定合格を祝してえっ! これより歓迎試合を行うっ!」


 レフェリー役の奴が声を上げると、ギャラリー達は盛り上がり拍手喝采。

 これから新人がボコボコにされる姿を、楽しみに待っているといった様子だ。


 俺と対戦相手は右拳を軽く合わせると、お互い距離を取ってファイティングポーズを取った。


 相も変わらず、アップライトの構えを見せてくる対戦相手。

 これは、こちらの拳闘士の基本の構えだ。

 ヤンキーみたいな面構えの奴だが、一応基本に忠実なまじめな奴なのかもしれない。


 まあそんなことはどうでもいい。悪いけど、こんな茶番さっさと終わらせてやるぜ。


「始めえっ!」


 レフェリーの開始の合図と共に、俺は一直線に相手に向かってダッシュをする。

 俺の突進に面食らった対戦相手は、咄嗟に右拳を突き出してきた。

 それをヘッドスリップで躱すと、がら空きになった右脇腹へ左のボディーブローをお見舞いしてやった。


 対戦相手は苦悶の表情を浮かべ、腹を押さえながら地面を転げてそのままノックアウトとなった。


 たった一発、数秒のKO劇に、なにが起きたのかわからずシンと静まり返る練習場内。

 想定外の結末に、レフェリー役も茫然としている。

 しばらくすると、ギャラリー達がざわつきだし。今のはなんだったんだ? あのチビが勝ったのか? なんか卑怯なことをしたんじゃないか? と言いだし始めた。


 まったく、勝手なもんだぜと思っていると、ギャラリー達を掻き分けて見覚えのある奴が俺に近づいてくる。

 そいつは俺の右腕を掴むと高く掲げた。


「なにもへったくれもねえっ! アベルは立ち上がれねえんだから、新人ロイムの勝ちだ!」


 ギャラリー達に向かってそう言い放ったのは、ロワードであった。

 ロワードの一喝で疎らに拍手が起こり、この歓迎試合は解散となった。


「ロ、ロワード、久しぶりだな」


 そう言うと、ロワードはそっぽを向いたままで何も言わない。

 なんだか不機嫌な様子で、チっと舌打ちをしている。


「あのまま放置されるのかと思ったから助かったよ。これからよろしくな」


 俺は握手をしようと右手を差し出すのだが、ロワードはムスっとしたままそれを無視。

 そして不満気な様子でようやく話し始めた。


「おまえ、セルスタさんと試合したってマジか?」

「え? ああ、本当だけど」

「セルスタさんは、俺達訓練生の憧れの存在だ。練習でも拳を合わせた奴なんて一人もいないんだぜ、ちきしょう」


 あー、なるほどねぇ。そういうことかぁ。


「なんだよ、男の癖に嫉妬かよ、みっともないぜ」

「ちっ、そういうところだよ! おまえはいつも、そうやって余裕ぶって偉そうにするから皆の反感を買うんだぞっ!」

「なんだなんだ? 心配してんのか? ツンデレかおまえは」


 ツンデレなんて単語を知っているわけがないのだが、ロワードはなんとなく理解したらしく、プリプリと怒り出すのであった。



「で、なんで俺に助け舟を出したんだよ? まさか、試合に負けて改心したなんてわけじゃないだろ?」

「うるせえな。俺だって嫌だったけど、ある人にお前を連れて来いって頼まれたから仕方なくだよ」

「ある人ぉ? 誰だよ?」


 いいからついて来いと言われて、ロワードの後を行くと、練習場を出て訓練生の宿舎へと入った。

 そのまま宿舎を抜けて渡り廊下を進むと、そこは教官達が寝泊まりしている建物だった。

 ロワードがその一室の扉をノックすると、中から返事があった。


 ここからは俺一人だと言われて、扉を開けて部屋へ入る。

 中にはベッドと、その横に机がある殺風景な部屋で、小さな椅子に見知らぬ男が座っていた。


 俺が身構えるように緊張を見せると、男は読み途中だった本を閉じてゆっくりと振り返る。

 そして、口元に笑みを浮かべて話し始めた。


「来たなぁ、末はアリかタイソンか。私はフォアマンが好きなんだけどね。君のことを待っていたよロイム。私と一緒に、この世界でボクシングの未来を築き上げようじゃないか」




 続く。

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