8話 ワン・ツー

 俺は今、数名の少年達に取り囲まれている。


「いやぁ、さすがロイム、俺はおまえならできるって信じてたぜ」


 その中の一人、シタールがニヤニヤしながら俺の肩に腕を回してきた。

 なぜか、昨日からこいつの方が勝ち誇った感じなのだ。


 俺がロワードを一撃KOしたという噂は、瞬く間に拳闘士候補生達の間に広まった。

 拳闘士候補生と一括りにしているが、下は4歳から上は20歳くらいまで、総勢で40人くらい居る。

 そんな大人数を抱えているオーナーは数少ないらしいので、マスタングと言う俺らの主人はかなりのやり手のようだ。


 そして、12歳までのジュニア組が俺を含めて10人。

 その10人が、自分達にもあの必殺パンチを教えろとせがんで来ているのだ。


「なあロイム、あの必殺技。あれはどうやるんだよ?」


 必殺技ってか、ジャブと右ストレートのワン・ツーって言う、基本的なコンビネーションなんだけどね。


 どうやらこいつらにはジャブは見えていなかったらしく、俺の必殺拳の秘密を知りたがっているのだ。


「いいか、右を生かすも殺すもジャブ次第だ。だからおまえらもまずはジャブを」

「いいからその右ストレートってのを教えろよ。右手でぶん殴るだけなんだろ? その方が簡単だろ」


 シタールの言葉にトールを含めた他の奴らも、うんうんと頷いているのだが、俺は呆れてものも言えなかった。


 右ストレートが簡単だって? 馬鹿を言え。


 ボクシングには、どんなパンチも簡単なものなんてない。

 フックだろうが、アッパーだろうが、自分のものにするには、多大な時間と練習が必要だ。


 ボクシングの練習とは反復練習、この一言に尽きる。

 ボクサーのパンチの平均速度は、時速約30~40kmと言われている。

 つまり、1メートル間隔で打ち合った場合。約0.1秒でパンチが飛んで来るのだ。

 そんな速さの攻防を、頭で考えながら戦っていたらとても追いつけない。

 だから、考えるよりも先に体が動くように、日々の練習で身体に染みこませるのだ。


「それにしても、こんな腕でよくあんなパンチが打てたな」


 シタールが俺の二の腕を揉みながら言う。

 自慢ではないが、これでもかなりマシになった方である。

 ロイムの身体に入ってすぐは、ぷにぷにだった二の腕もだいぶ固くはなった。

 それでもやはり、同年代の奴らに比べれば細腕だ。本当に嫌になるくらい体格に恵まれていない、身長だってカトルよりも低いんだぞ。


「あのなぁ。パンチってのは腕じゃなくて腰で打つもんなんだよ」

「腰でぇ? なにわけわかんないこと言ってんだよ。パンチをどうやって腰で打つんだよ?」

「いいから、そこに立ってみろよ」


 俺はシタールを前に立たせると拳を前に突き出す。

 その拳をシタールに手の平で受け止めるようにさせると、全力で押すからおまえも押し返せと言った。


「どぅぅぅぅりゃあああああああっ!」

「おいおい、おまえの腕力じゃ無理だぜ」


 シタールは余裕の表情で俺のことを片腕で押し返した。


 ちっ、悔しいが、こいつの方が腕力があるのは仕方がない。


「じゃあもう一回。ちょっと別の方法でやってみるから」


 そう言って、もう一度同じ格好になるのだが。

 さっきは腕の力だけで押したのだが、今度は腰を捻って前に押し出す。

 するとシタールは驚いた顔をして、少し後ろによろめいた。


「どうだ? 一回目と二回目の違いがわかったか?」

「あ、あぁ、二回目の方が強く押された感じがする」

「そうだ、二回目は腰を入れて押したんだ。一回目の腕の力だけで押されるより強く感じただろ?」


 実際にそれを受けてみて、シタールはようやく納得した様子であった。

 他の奴らも唖然としているが、なんとなく理解できたらしく無言で頷いている。


「よ、よし、じゃあさっそくその、腰で打つパンチを……」


 シタールがそう言うのを俺は「チッチッチ」と舌打ちして首を振る。


「腰を入れたパンチを打つためには、まず下半身を鍛える必要がある。だからこその走り込みだって前に言っただろうがあああっ! ふははははははははははあああっ!」


 俺が魔王のような笑い声を上げながら言うと、シタールは「ち、ちきしょおおおっ!」と悔しげな声をあげるのだが、文句を言いながらも皆と一緒にロードワークに出るのであった。


「ふぅ……、やっぱりバカには、実際にやって見せてやるのが効果覿面だな」


 そんな感じでしみじみしていると、カトルが俺の横でなにやら物欲しげな表情で言ったきた。


「僕には教えてくれるんだよね?」




*****




 カトルは素晴らしい才能を持っている。


 それは、他人の言うことをしっかり聞くと言う才能だ。

 これは結構大切なことで、人と言うのは意外に他人の話を聞いているようでちゃんと聞いていないのだ。

 これをやっとけよと説明しても、適当に聞いているが為に、非効率的な練習法で中々伸びない奴なんてざらに居る。


「よーし、そんじゃあいいか。まずはジャブを打って、拳は戻さずそのままにしてみて」

「う、うんわかった」


 言われたままに、カトルは左拳を突き出すとそのまま止める。


「いいか、そこから左拳を戻しながら右拳を前に突き出すんだ。その際、腕は振りかぶらずそのまま真っ直ぐ突き出して、同時に腰を捻るんだ。ちょうどここら辺を捻って、前に押し出すように」


 そう言いながらカトルの腰と尻の付け根あたりをグイッと押した瞬間。


「ひゃんっ!」

「うえっ!? な、なんだよ? 変な声出すなよ」

「ご、ごめん。急に触られたからくすぐったくて変な声が出ちゃった」


 そう言いながら赤くなりモジモジしだすカトル。


 なんだこいつは、妙な色気を出しやがって、このまま押し倒してやろうか?

 いや、いかんいかん。こいつは男だぞ、俺はなにを考えているんだ。


 俺はモヤモヤしながらカトルに右ストレートのやり方を教えるのであった。



 しばらく練習を続けると、ロードワークに出て行った奴らが帰って来た。

 丁度、朝練の終わる頃合いだったので、汗でも流そうと俺達は井戸に行くことにした。


「あれ? カトルは?」

「ん? なんか後から行くから先に行っててだって」


 俺の質問にそう答えるとトールは桶の水を盛大に頭からぶちまける。

 背が高いこいつの近くに居ると、おこぼれが飛んで来るので無性にイラつくぜ。


 それにしても、何十人も居る拳闘士候補生に対し、水場が一か所しかないってどうにかならないものか。

 できれば大浴場を用意してもらいたい。

 て言うか、こちらに来てから水浴びしかしていないのだが、風呂はあるのだろうか? 冬場も井戸水だったら死ぬぞこれ。


 そんなこんなで井戸の順番待ちをしている時に俺はふと思い出す。


 そう言えばロードワークの途中、森の奥に綺麗な川があったよな?


 俺はあそこなら水浴びができるのではないかと、周りの奴らには黙ってひっそりとそこへ向かった。



「お、やっぱり。ここなら水も綺麗だし水浴びもできそうだ」


 綺麗な清流の流れる大自然で、俺は生まれたままの姿になると川に飛び込んだ。

 すると、向こうの方に誰かの姿が見えた。

 どうやら先客が居たみたいだと思い近づいて行くと、後ろ姿でそれがカトルであることに俺は気が付いた。


 さてはあいつも井戸が混むからこっちに来ていたんだな。

 俺にも黙って一人でこんないい場所を満喫するなんて、あいつもなかなかの悪だな。


「おーいカトルっ!」


 俺が手を振りながら近づいて行くと、カトルは驚いた様子で振り返った。

 そしてなんだか慌てふためいた様子で逃げ出そうとするので、俺は全力疾走でカトルの元へ行くと、大声でカトルが叫ぶ。


「来ないでロイムっ! 駄目っ、見ないでっ!」

「なんだよおまえ、さっきから……へん……へ?」



 俺はカトルの全裸姿を見て思考が停止してしまった。


 カトルは恥ずかしそうにして局部は手で隠しているのだが、隠してきれない現実がそこにはあった。



「お……おま……女だったのかあああああああああああああああっ!」

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