4話 金麦畑で捕まえて

 俺がこの世界に転生してから、ひと月が経とうとしていた。


 いまだにここがなんと言う国で、どれくらいの時代なのか、そもそも元居た世界と一緒なのかすらわからない。

 子供になってしまった俺には、今を生きていくことが精一杯だから仕方のないことだ。



「おまえら今日も走ってるのかよ~?」


 ロードワークから帰って来た俺とカトルが、息を切らしながら水場に向かっているとシタールとトールが近づいてきた。


「毎日毎日走っておまえらなにがしたいんだ?」

「スタミナを付けるのと、下半身を鍛える為に走ってんだよ」


 俺の言葉にシタールは怪訝顔をする。


「拳闘士が足を鍛えてどうすんだよ。腕に筋肉を付けなければ意味ないだろ」


 そんなことはない。

 強力なパンチを打つには、下半身はとても重要になってくるのだ。

 どんなに威力のある大砲でも土台が脆くては意味がない、上半身を鍛えるのと同じ、いやそれ以上に下半身を鍛えるのは大事なことだ。


「でもロイムの言う通り毎日走っていたら、簡単に息は上がらなくなったね」

「そうだろうカトル。どんなに力があっても、息があがったらパンチを打てなくなるからな。腕が重くなって上がらなくなったらその時点で負け確定だ」


 シタールは俺達のことをつまらなそうにして見ている。

 俺とカトルが妙に仲良くなっているのが気に入らないのだろうか? まあいいや。


 すると、黙って聞いていたトールが口を挟んできた。


「でも、明日は駄目だよ」

「あ、そうだね。明日は刈入れの手伝いに行かないと」


 カトルが、忘れるところだったといった表情で返事をした。


 明日は、俺達の主人であるマスタングさんが経営する農場の刈り入れの手伝いだ。

 どうやら麦の収穫時期らしく、この時期になると農奴達だけでは人手が足りないらしい。


 麦の刈り入れと言うことは、5~6月くらいなのだろうか?

 暦がわからないので漠然とそう考える。

 まあ、布切れを体に巻いているだけの裸同然の格好でも寒くはないので、たぶん今は夏なんだろうと思う。


「よーし、そんじゃあ今日はジャブの練習をして終わりにするかあ」

「うん、そうだねロイム。打つべし打つべしっ!」


 俺とカトルが練習場へ向かうのを、シタールとトールは呆れ顔で見送るのであった。



 次の日。


 早朝、拳奴達は練習場に集められると、今日は朝練もなくそのまま農場に向かった。

 当然徒歩移動である。

 ここから農場まで走っていけば良いロードワークになるんじゃないかと思うのだが、まあそれを言った所で聞き入れて貰えるわけがないので俺は黙って教官達に従った。


 1時間程歩いて農場に着くと俺は声を失った。


 目の前に広がるのは一面金色に輝く大地であった。


 一体どれくらいの広さがあるのだろうか? 東京ドーム何個分?

 とりあえず俺が日本タイトルマッチを行った後楽園ホールなら、100個以上は入るんじゃないかと思った。


「よーし、全員集まって並べー」


 教官の一人がそう言うと拳奴達に鎌を配り始める。

 年長の拳奴達はそれを受け取ると、面倒臭そうに麦畑の中に入って収穫を始めた。

 

 皆手慣れた感じで麦を刈っている。

 都会っ子で引き籠りだったし、ジムに通い始めてからボクシング一辺倒だった俺に、当然麦を刈った経験なんてなかったので、どうすればいいのかわからなかった。

 俺が茫然と立ち尽くしていると、カトルが近づいてきて不思議そうな顔をしている。


「どうしたのロイム?」

「いや、麦の収穫なんて初めてだから、どうやったらいいのかわからなくて」

「なにを言っているの? 去年もやったじゃないか、忘れちゃったの?」


 仕方ないなぁ、と言う感じでカトルが手本を見せてくれる。

 見よう見まねでカトルと同じように、穂の下の方を握り込み鎌を入れると、意外にもサクッと切れて収穫することができた。


 意外に楽しい。

 毎日、ジャブの練習とロードワークばかり繰り返す日々だったので、こうやって練習場以外の場所に出るのは、なんだか校外学習をしている気分になって楽しかった。


 しばらく穂を刈り続ける。

 刈った穂はある程度の束にしてそこら辺に積んで置くのだが、そこからが重労働であった。

 一房くらいであれば軽かった麦の穂も、束になると物凄い重量であった。

 それを背負って荷馬車の所まで運ぶのだから大変である。

 他の奴らはこれがかなり面倒らしく、率先してやろうとする奴がいないので、教官達に怒鳴られてようやく重い腰を上げる感じであった。


 そんな中俺は、これは良いトレーニングになるんじゃないかと思っていた。

 俺は他の奴らよりも一山多く麦を背負うと荷馬車へと運ぶ。

 ずっしりと重い麦を背負うと足が震えるのだが、なんとか踏ん張って一歩ずつ一歩ずつ、地面を踏みしめて前へと進んだ。


 なるほど、これはかなり足腰にくる重労働だ。

 サボってばかりであまりトレーニングをしない拳奴達であるが、こういった日々の暮らしの中で自然と身体が鍛えられているのは確かだ。

 現代人と違って、根本的に身体能力が違うのかもしれないと思った。


 それにしてもこの身体、ロイムは今までどれだけ怠け者だったのだろうか?

 一往復運んだだけで、足がプルプルと震えてしまっている。

 結局俺は、二往復した所でギブアップ。

 張り切りすぎるからだと皆に笑われるのであった。

 

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