腐令嬢、新境地目指す
「ああ、確か君はフェンダミくん、だったな。恥ずかしながら、他国に留学したり可愛い妹のことが心配だったりしたせいで進級しそこねてしまってね。年齢は私の方が上だが、これからも学友として気にせず気軽に接してくれ」
名前を呼ばれたお兄様は、凛々しい口元を柔和に綻ばせてまだ床に尻餅をついた状態だったディアヴィティに手を差し伸べた。
「助けなど結構。俺のような格下に触れては、その高貴なお手が汚れてしまいますので」
が、ディアヴィティはお兄様の好意を丁寧にお断りして立ち上がった。
お兄様の表情から、笑みが消える。そりゃそうだ、だってアホの私にもわかるくらいの嫌味を吐かれたんだもの。
ゲームのディアヴィティも、こんなふうにプライドが高いくせに卑屈という扱いにくいタイプだった。ゲームで語られていたけれど、彼がこんな面倒臭い奴になったのは父親の影響らしい。
彼の父親であるフェンダミ二爵は様々な努力を重ね、国王の片腕として政務を取り仕切る宰相――現代日本でいうところの総理大臣みたいなもんだと
いよいよ一爵の称号を得られると思っていた矢先に、まさかの庶民に蹴落とされたんだ。積もり積もった一爵家へのコンプレックスと庶民へのヘイトで歪んじゃったんだよね……。
「えっと……君はGより汚い、ということか?」
ゲームでのディアヴィティの心の吐露を思い出していた私だったけど、お兄様が発した素っ頓狂な言葉に目ん玉を落っことしそうになった。
「私はG以外の生物なら何でも触れるのだ。毛虫も幼虫もいける。不思議な形状の深海魚を掴んで電撃を食らったり、犬と間違えて小熊に抱き着いて殴り倒されて怪我をしたこともあるが、どの生物も汚いなんて思ったことはないぞ? 見たところ、君は清潔感のある格好をしているではないか。Gよりも汚いとは思えんのだが……」
呆気に取られるディアヴィティを眺めつつ、お兄様は不思議そうにお兄様は首を傾げた。
ド天然発言に聞こえるが、これは間違いなくお兄様の作戦だ。お兄様はアホを装うのが上手い。いや、妹に対してだけは本物のアホになるけれど、根はとんでもなく賢いのだ。
「ああ、もしかして、Gを退治したばかりなのか? だとしたら、君を心から尊敬する! 私はどうにもGだけは苦手でね……君のようなクラスメイトがいると心強い! 是非仲良くしていただきたい! でも手は洗ってきてくれ!」
「えっ……ああ、はい……手は、洗ってきます……」
お兄様にキラキラの眼差しで迫られると、ディアヴィティはしどろもどろに答えて頷いた。
この人物にはアホとして立ち回った方が良い――お兄様のその判斷は大正解だったようだ。
お兄様、やはりすごいわね。感じの悪い相手も突き放さず、手中に収めてしまう……こういうところにお父様譲りの計算高さと懐の深さを感じるわ。
ゲームのヴァリティタは年上らしい包容力が魅力だったけれど、あれも計算だったのかも? だとしたら、それはそれで美味しいな?
優しい顔した策士なキャラって、すごく好みなんだよー!
「では私も一緒に行こう。いや、君がきちんと手洗いするかを疑っているわけではなくてな? 私もちょうどトイレに行きたいと思っていたのだ。手洗いの出来をチェックしようなんて考えてはないぞ? ちょっと確かめる程度だ、ちょっとだけな?」
お兄様に笑顔で促されると、ディアヴィティもついに破顔した。
「フッ……面白い奴だな」
眼鏡の奥の瞳を柔らかく細め、ディアヴィティがそっと漏らす。
ゲームと全く同じ台詞、同じ微笑だ。
けれど、それを向けた相手はハンカチを返却してからは私のスカートを直すのに夢中でろくに会話もしていなかったリゲル――ではなく、そのリゲルに『戻るまでに直してなかったら、貴様にもお母様からパンツをプレゼントしていただくからな!』という最強の脅し文句を残して共に教室を出て行ったお兄様。
……よっしゃー!
いろいろと訳のわからないことになったけど、ディアヴィティの出会いイベントも改変できたぞーー!!
「……やっばーー! フッおも男って絶滅危惧種だと思ってましたが、実在したんですね!? フッおも男子といったら溺愛からの束縛ルートまっしぐら、ツンデレクーデレヤンデレ三種のデレを携えた恋愛における伝説的キャラじゃないですかーーやだーサイコーぉぉぉう!!」
リゲルも、ディアヴィティのデレ発言をしっかり聞いていたらしい。お兄様達が出て行ったのを見計らい、裁縫道具を放り出して雄叫びを上げる。
あんたがその溺愛からの束縛ルートまっしぐらになる予定だったんだけどね!
「そんな愉快な人物に出会ったのですか? くっ、見逃してしまいました……反省文からの開放感でブチ上がったテンションが、一気にガタ落ちです。クソが、どうしてくれようか」
お兄様に続いて反省文を書き終えたようで、側にやってきたステファニがドンガドンガと地団駄を踏む。
美少女が手を振り上げて足を振り下ろす姿ってのもあまり見ないものだけど、顔が恒例の無表情だからさらにシュールだ。お前こそ愉快な人物だと、誰か突っ込んであげてほしい。
「大丈夫ですよ、同じクラスの子ですから今後も様々なシーンで良い萌えをくれると思います。ええと、クラティラスさんとはお知り合いのようで、ご挨拶なさっていたんですが……ディアマイラブ・ファンタジー、さん? そんな感じのお名前でした」
私は言ってないよ。ちゃんとディアヴィティ・フェンダミって言ったよ。
何だよ、ディアマイラブ・ファンタジーって……それ名前じゃなくて、ものっすごい勝手なイメージで彼に付けた、ただのキャッチコピーじゃないの!
「ほう、BでLな恋の予感に胸ときめくような素敵なお名前ですね。どんな方でしたか? どういったタイプですか? リゲルさんの見解を是非ともお聞かせいただきたいです」
しかしステファニはキャッチコピーすぎる名前に突っ込むどころか心を掴まれたみたいで、ノリノリになって身を乗り出してきた。
「外見は少し近寄り難い雰囲気の眼鏡男子でした。そうですね……ヴァリティタ様との絡みでは、飄々とした佇まいの中に暗い愛憎の牙を隠し持つヤンデレ攻め風でしたけれど、相手次第では流され受けにも化けそうですね」
「やだー、それわかるー! ほら、お兄様って案外ずる賢いじゃない? 隙を見せるフリをして近付いてきたディアを罠に落とすよう仕組んで、自分から離れられなくしそう!」
黙っていられなくなって、私も二人の間に割って入る。
「罠に嵌めたつもりが、陥落したのは自分だったというパターンですね。このシチュエーションでは、双方からの色仕掛けは必須となります。ついにエロの出番ですね!」
ステファニもフンスと強く猛々しく鼻息を吐いて握り拳を作った。
「当たり前ですよ、エロなしではこのカプは語れません!」
リゲルがステファニの肩をがっしりと抱き、金色の瞳を爛々と輝かせる。
「ええ、共に行きましょう、私達の新境地……エロBLの世界へ!」
私もリゲルとステファニの肩を抱いて、二人の顔をしっかりと見て頷いた。
「クーラーティーラースーぅぅぅ……リーゲールぅぅぅ……スーテーファーニーぃぃぃ……貴様らぁぁぁ、何をしているのだぁぁぁ……?」
地獄の底から響くような低い声音が落ちる。
肩を組み三位一体となって、皆の前では言えない妄想のあれこれを互いに目で伝えながら、迸る萌えをスクワットで発散させていた我々は途端に固まった。
恐る恐る振り向けば、笑顔なのにガンギレだと丸分かりのお兄様と、怪訝な視線を寄越すディアヴィティの姿があった。
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