腐令嬢、パクる
「お兄様、何を考えてるの? 窓を伝って来るなんて、危ないじゃない。そんなこともわからないくらい頭が悪いの? バカなのアホなの死ぬの?」
急いで窓を開けてお兄様を部屋に入れると、私は小声で捲し立てた。
口が悪くなるのは仕方ない。お兄様からの接触は、正真正銘イリオスの命令に対する違反となる。
しかも同じ二階とはいえ、この部屋は私が決死ダイブをかました別宅よりも高さがあるのだ。私は謎パワーで助かったけれど、お兄様もその加護を受けられるとは限らない。落ちたら怪我することは必至、最悪死ぬかもしれないのだから、このくらいキツく言ったって構わないだろう。
「お前にだけは言われたくないぞ。私の目の前で飛び降りを図ったくせに。どちらがバカなのかもわからないくらい頭が悪いのか?」
なのにお兄様は反省するどころか、小バカにしたように肩を竦めて言い返してきた。
うわー、まさかブーメランを返されるとはねー。こっちは本気で心配してるのに!
「そんなことを言うなら、今夜の家族会議でお兄様が勝手に部屋に来たってお父様にチクるわよ? どうせ怒られるだろうけれど、もっと怒られるわね。あー、いい気味だわー」
「部屋に招き入れたお前も同罪だぞ? それより昨日のお父様とお母様の格好を思い出して、うっかり笑ってしまわないかの方が心配だ」
「ちょ……やめてよね! せっかく忘れてたのに、私まで思い出しちゃったじゃないの!」
「声が大きいぞ、クラティラス。バレたらどうするのだ。この状況では、お前も私も言い逃れはできないぞ」
お兄様の言葉に、私は必死に頬肉を噛んで込み上げる笑いを堪えながら尋ねた。
「そ、それより、何をしにいらしたの?」
「ああ、お父様が帰ってこられる前に、口裏を合わせておいた方が良いのではないかと思ってな。アズィムから、ネフェロのことは秘密にしておいてほしいと頼まれているのだ。我々の話が噛み合わないと、タイミング良く休暇を取ったネフェロに疑いの目が向くかもしれん。そればかりか、彼の休暇の申請理由を偽ったアズィムまで巻き込んでしまいかねない」
なるほど、お兄様が危険を冒してまで私に会いに来たのはそういう理由だったのか。それは確かに話し合わなくてはならない案件だ。
廊下に監視のために置かれているであろう護衛達に悟られないよう、私達はこそこそ声で会話しながらクローゼットの中に入った。
クローゼットといっても、前世で一人暮らしをしていたアパートの部屋よりも広い。ここでも問題はなさそうだけれど、扉から一番遠い寝室の方が安全だ。そう提案したのだけれど、お兄様にそこはさすがにアカンと拒否られた。
いちいち面倒臭……はいはい、紳士紳士。えらいえらい。かっこいーかっこいー。
「……おや、これは」
扉を閉めて灯りをつけたところで、先にクローゼットの奥に行かせたお兄様が小さな呟きを落とした。慌てて駆け寄るも時既に遅し、お兄様は外れた床板を発見して屈み込んでいる。
しまったぁあああああ! すぐ隠せるように床板外しっ放しにしてたのが裏目に出たーー!
そこ、エロBL絵の隠し場所ーー!!
悲鳴を押し殺し、高速移動してそこに尻をはめ込み蓋をしたけれど、お兄様は何かを取り出した後だった。
ところがそれは、
「持っていて、くれたのだな……」
いつの間にか随分と大きくなったお兄様の掌にあったのは、ハートの形をした白い貝殻。
去年の夏、合宿から帰ると部屋の前に置いてあったものだ。あの時は誰からのプレゼントなのかわからなくて、でももしかしたら、という期待があって、大切に取っておいたことを今更ながらに思い出す。
「やっぱり、これをくださったのはお兄様だったのね」
お兄様が静かに頷く。
「遅くなったけれど、ありがとう。とても嬉しかったわ。それと、誕生日のお花も」
「…………あれも、受け取って、くれたのか?」
恐る恐るといった口調と表情で問うお兄様に、私は笑顔で答えた。
「もちろんよ。今はドライフラワーにして、寝室に飾ってあるの。一日の始まりと終わりを、お兄様に見守っていただいているのよ。素敵でしょう?」
――――と言ったのは、ネフェロである。
『ここに飾って、クラティラス様の一日の始まりと終わりをヴァリティタ様に見守っていただくのです。素敵でしょう?』
この台詞をパク……じゃなくてオマージュさせていただいた。ちなみにドライフラワーにしたのも、ネフェロである。
正直いうと貝殻と同じく、存在を忘れかけていた。だって寝室からネフェロが出て行ったらすぐBL妄想に突入して寝落ちるし、起きる時はネフェロにしばき回されるから花を愛でるどころじゃないし。
「お、お前……お前は……!」
貝殻を握り締め、お兄様が呻くように震え声を漏らす。かと思ったら、いきなり私に抱き付いてきた!
「お前はどうしてそんなに可愛いのだ!? 可愛すぎて、ますます諦められなくなるではないか!」
えぇ……? 可愛いのは私じゃなくて、ネフェロなんですけど……?
やっぱりオマージュだって打ち明けた方がいいかな? てか諦めるって何ぞや?
「あの、お兄様。さっき言った見守ってくれて素敵云々は、ネフェロのパク……じゃなくてオマージュでして」
「お前が窓から身を投げた時、私は自分が死ぬ以上の恐怖に襲われた。お前が死んでしまったら、そう思うだけで己の心臓までも止まりそうになった。失いかけてやっと、自分を偽ることはできないと……そうせねばならぬとわかっていても、できないことはできないと思い知ったのだ……!」
私のオマージュ告白は、完全にスルーされた。
というか全く聞こえていなかったようで、お兄様は私を強く抱き締めながら何やら語り始めた。ちょっと意味が迷子になってるけど、私が生きてて良かった的なことを言ってるのかな?
まあ、いくら嫌いな奴でも目の前で飛び降り自殺されたら後味が悪いよね。それに嫌う対象がいなくなるのは辛いというのも、わからなくはない。だって好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心。嫌いって感情があるからには、その相手に少なからず執着してるってことだもん。
「嫌われなくてはならない、しかし嫌われたくない、その狭間で私はずっと揺れていた。いや、本当は無理に嫌われようとしなくても良かったのだ。だが私は、耐えられなかった。お前の笑顔を側で見ていたら、欲張りになってしまうのがわかっていたから」
んん? つまりお兄様は私のことが嫌いだけど、私がお兄様を嫌うのは許せなかったと言いたいのか?
あーはいはい、嫌いな相手にも嫌われたくないってやつね。私が一番嫌いなタイプだわー。人を嫌っていいのは、嫌われる覚悟がある奴だけだと思いまーす。
「クラティラス……お前が、イリオス殿下を心から愛していることは理解している」
ちっとも愛してねーよ。全然理解してないじゃねーか。
お兄様に抱き締められたまま、私は心の中で返答した。やけに熱く燃え上がっているお兄様とは裏腹に、どんどん白けてきていたので。
飛び降りという荒業までかましたわけだし、私がお兄様に対してできることはやり尽くした。だから、もうどうにでもな~れって気分だった――――のだけれど。
「それでも、私は……お前を、愛している!」
「……は?」
――――しかし、この言葉だけは聞き捨てならなかった。
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