腐令嬢、祈る
「あなたは何も悪くない。先輩として、そして友人のために立派に振る舞ったわ。感情的になるばかりだった自分とは大違いよ。私はあなたを誇りに思うわ」
それから私はアンドリアからそっと体を離し、真っ直ぐに彼女を見据えた。
「だから私なんか、と卑屈にならないで。誰かと比べて自分は、などと卑下しないで。アンドリア・マリリーダ、あなたは他の誰でもない、他の何者にも代えられない、私の大切な友人よ。いつかきっと、いいえ必ず、あなたに心惹かれる者が現れるわ」
「そんな人、私に現れるかしら……」
すっかり自信喪失しているようで、私の鼓舞の言葉にもアンドリアはしゅんと項垂れた。
そこで私は、最終兵器を持ち出した。
「そうねぇ……もし適齢期までに良い人が現れなかったら、ネフェロに婿入りさせるというのはどう?」
「えっ、ネフェロ様と!?」
アンドリアが勢い良く顔を上げる。私は笑顔で頷いてみせた。
「ネフェロってば、本当に仕事人間で困っているのよ。休みでも私を見張りたがって、用もないのに屋敷に顔を出してはアズィムに怒られているし、几帳面すぎる性格が災いして家人の間でも全くモテてないし、全く出会いがなくてお父様も心配しているのよね」
「意外ねえ……あれだけの美貌なのに。むしろ山程の女性に求婚されて辟易してるくらいだと思っていたわ」
私が打ち明けたネフェロの現状に、アンドリアは何とも言い難い複雑な表情で溜息を漏らした。
「本人は結婚せずレヴァンタ家に一生仕えるつもりだと言っているけれど、彼の仕事に理解のあるお相手なら大丈夫だと思うの。家柄の問題だって、私からお父様にお願いしてネフェロをレヴァンタの養子に迎え入れてもらえば解決するでしょう。ネフェロだってあなたのことを可愛いと言っていたし、満更じゃないんじゃないかしら?」
「ほほほっ、本当!? ネフェロ様が私を可愛いって!? そ、それじゃ私、ネフェロ様と……いいえ、ダメよ! 御本尊と結婚なんて……いやでも、それならネフェロ様を毎日見ていられるのよね? くっ、落ち着きなさい、私! 夢妄想からは卒業したのでしょう!? ああ……でもでもでもでも!!」
現実と妄想の狭間で、アンドリアが激しく悶える。机と椅子をガタガタ揺らして藻掻く彼女の動きを止めたのは、不意に落ちた声だった。
「あ、あの、マリリーダ先輩!」
声の主は、いつの間にか我々の側に立っていたファルセ。
この状況で、何を言うつもりなのかと思ったら――。
「マリリーダ先輩も、オーバーヘッドキックできるんですか!?」
アンドリアがぽかんとして固まる。私も同じく、口を開いたまま固まった。
「オーバーヘッドキックとは、サッカーの? え、ええ……まあサッカーボールは大きいから、空振りしない自信はありますわ。でも、狙った場所に飛ぶかどうかは」
「本当に!? レヴァンタ先輩が適当なことを言ったんじゃなかったんすね……!」
面食らった表情でアンドリアが答えると、ファルセはマリンブルーの目を見開いた。
おい、ほぼ初対面の私が適当抜かしたと思ってたのか? このやろ、失礼が過ぎるわ。確かにアンドリアもリゲルと同じ特殊な部類なだけであって、適当抜かしたことは認めるけど。
「そんなに驚くことかしら? オーバーヘッドキックなんて、大抵の人ができるでしょう? 珍しくも何ともありませんわ」
アンドリアのこの天然発言のせいで、ファルセの女子への知識はさらに偏ってしまったに違いない。うう……言い出しっぺが自分だけに訂正しにくいなぁ。
「わざわざそんなくだらないことを聞きにいらしたの? あなたがお話したかったのは私ではなくて、リゲルさんのはずじゃ……」
「それなんですけど!」
再び大きな声でアンドリアの言葉を遮り、ファルセは彼女に頭を下げた。
「明日、お時間があればテニスを教えてくださいませんか!?」
「は……?」
私とアンドリアは、彼からの思わぬお誘いにまたもや固まった。
「レヴァンタ先輩から、マリリーダ先輩のテニスは素晴らしいと聞きました! 俺、サッカーしかやって来なかったんで、他のことをたくさん知りたいんす!」
「だったら別に、私じゃなくても……」
「マリリーダ先輩のことも、もっと知りたいんです!」
逃げの姿勢に入るアンドリアを、ファルセは押せ押せモードで追撃した。
ほわぁぁぁぁ!
これって……好感度上がった時にファルセがヒロインにぶっ放す台詞やーーん!!
サッカーばかりにかまけていた彼が、いつも支えてくれていたヒロインの大切さに気付くんだよね。そんで今と同じような感じで、照れ隠しなのか声を荒らげながら真っ赤な顔で言うの。
『あなたのことを、もっと知りたいんです!』
ファルセの不器用さがよく現れている、良いシーンだったわ……いやぁ、あのファルセにはBLの枠を超えて萌えたね。
「あ、あの、でもあなたはリゲルさんを……」
「アンドリア、彼はリゲルに恋をしていたのではないみたいなの」
戸惑いながらも、言葉を選んで断ろうとするアンドリアに、私は笑いかけた。
「ファルセは恋に恋していただけ。自分の中で作り上げた幻想に夢を抱いて、現実と混同していただけだったのよ。昔の誰かさんみたいにね」
「ああ……なるほど。それで落ち込んでスカッとしたい、というわけね。わかるわ、あの時のことを思い出すと私もラケットを振り回したくなるもの」
正確には違うのだが、アンドリアが乗り気になったようなので私は黙って頷いた。
「ファルセ・ガルデニオ。言っておきますけれど、私は初心者であろうと容赦しませんわよ? それでも構わないのでしたら、明日の十時に我が家へいらっしゃい。敷地内にテニスコートがありますから、そこでとことんお相手してさしあげますわ」
挑戦的に笑うアンドリアの目には、もう涙の影はなかった。代わりに、勘違いで恥をかかせてくれた相手を痛ぶる機会を得られたという悦びの炎に燃えていた。
ファルセーー! 逃げてーー!!
「ありがとうございます、マリリーダ先輩! 楽しみにしています!!」
なのにファルセはそんなことにも気付かず、素直に笑顔で喜んんでいた。
あーあ、やっちまいましたなぁ……私、知ーらないっと。
まあいい、あの恐怖のテニスを味わって、望み通りアンドリアのことを嫌というほど知るがいいわ。
笑い合う二人から弾かれ、外野と化した私にできたのは、ファルセが無事に体育祭に出てきてくれますように、と祈ることくらいだった。
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