腐令嬢、ブラックホールを従える
「クラティラスさん! クラティラスさん、起きてください!」
ところがベッドに横になって意識が落ちるや、すぐにバカでかい声で叩き起こされやがったじゃないの。
「うるっさいなぁ……何ぃ? まだ一分も寝てないんすけどぉ……?」
「アホ抜かすのも大概にしてくださいよ! 僕が起こし始めてから、軽く十五分以上は経ってますぞ!? 目が覚めたならさっさと出てってください!」
イリオスの主張が正しいのなら、どうやら私は時間の感覚すらわからなくなるほどの深い眠りに落ちていたらしい。
それにしたって、この乱暴な起こし方はどうなのよ。怒鳴りながらシーツ掴んで揺さぶるって、ひどすぎない?
ネフェロも最終的にはブチキレるけど、最初は優しく起こそうと努力してくれるんだぞ。ちったぁ見習え。超ムカつくし、何よりまだ眠い。
「お前さー、お願いするには態度ってもんがあるだろぉ……じゃー、ナゾナゾに答えられたら起きてあげるよー……」
目も開けずに、私は寝ぼけた声で提案した。
「は? ナゾナゾ!? そんなこと言ってる場合じゃ……」
「パンはパンでも食べられないけれど楽しいパンは、パンパカパーン……パンパンパン、パンパカパーン……」
「…………え、終わり!? 意味がわからないんですけど!? ナゾナゾはどこいったんですか!?」
「ナゾナゾは、パンの代わりにスタッフが美味しくいただきましたー……」
そう告げて再び眠ろうとした私を、イリオスが大音量の怒声で引き戻した。
「いいからとっとと起きてください! もう八時過ぎてるんですよ!?」
時刻を耳にした瞬間、私の中から眠気が吹っ飛んだ。
「やば、朝ご飯!」
朝食は七時から、しかもバイキング方式だと聞いて楽しみにしてたんだ!
一気に覚醒して跳ね起きた、その時だった。
「イリオス、いつまで悠長に寝てるんだよっ!? 早く起きて! 大変だよ、クラティラスがいなくなっ……」
ノックもなしに部屋になだれ込んできたのは、護衛達を引き連れたクロノ。といってもいつものスカした雰囲気はまるでなく、髪は寝癖がついたままだし、ヒヨコちゃん総柄プリントのやたらお子様っぽいパジャマを着たままだし、とても王子とは思えないような大惨状だ。
「あ……兄上、おはようございます……」
シーツを掴んだまま、イリオスが引き攣り笑いで挨拶を述べる。上半身を起こしたせいで彼の顔は至近距離にあったから、ひどく狼狽している様子がひしひしと伝わってきた。
そっと首を向けてみれば、クロノも護衛達も固まっている。
あ……これ、もしかしなくてもやばい感じ? うん、やばいな、やばいよな!?
婚約者とはいえ、王子の部屋に勝手に侵入したんだ。傍から見れば、イリオスが『無理矢理室内に乱入してベッドを占拠した狼藉者』を追い出そうとしているように映ってもおかしくはない。
いや、実際その通りなんだけれども!
「ち、違うの! これは『合意』よ!」
なので私は、部屋の主の了解を得てここにいますよと精一杯アピールした。
「な……クラティラスさん!? あなた、こんな時に何を言ってるんですか!? それじゃ、まるで……」
しかし、イリオスは私を庇うつもりなんざさらさらないらしい。
前世に引き続き、またベッドを奪われたことを根に持ってるのか? クソ、何て心の狭い男なんだ!
「間違ったことは言ってないし! イリオスだって、拒否しなかったじゃん! 押しかけたのは私だけど、嫌なら最初から部屋に入れないでしょ!?」
「そうじゃなくて、言い方ー! 言い方をもっと考えてくだされやー!」
「言い方って何!? 合意でお前と一緒に寝たって言い方の何がおかしいの!? あーそうそう、寝顔もバッチリ拝ませてもらったよ! お前だって私の顔から体から、じっくり好き放題まったり見放題だっただろうし、おあいこだよね! ケケケ、ザマァ!!」
「お願いですからー! もうこれ以上何も言わないでください! 僕が悪かったです、いくらでも謝ります! だから今だけは……」
「ぶっ……ぶはっ! あっははははは!」
するとイリオスの情けない半泣き声を、クロノの明るい笑い声がかき消した。
「だ、大丈夫、クラティラス。心配しないで、僕らはちゃんとわかってるよ。そっかそっか、押しかけちゃったかー……クラティラスって、そういうところも思い切り良くてカッコイイよね! やっぱ憧れる!」
笑顔でクロノが私を褒め称える。
正直に事情を話しただけなんだけど、相手がパリピのヤリチソ気取ったDTでも褒められれば悪い気はしない。
エヘヘと寝癖でボッサボサになった頭を掻いている間に、イリオスは私から離れ、クロノへと駆け寄った。
「兄上、聞いてください! クラティラスさんとは何も……」
「はいはい、皆には黙っておくよ。もー照れちゃってぇ、可愛いなぁ〜。確かにクラティラスのことを考えたら、周りには知られない方がいいよね。婚約者同士といっても、この国、いろいろとお固いし。俺、こう見えて秘密は守るタイプだから安心してっ。代わりにぃ、後で感想教えてね〜?」
イリオスの言葉を遮って言いたいことを言いたいだけ言うと、クロノは護衛達を促して部屋から引き上げていった。
感想とは、昨日イリオスが読もうとしていた本のことだろうか? クロノってああ見えて、何気に読書家だもんなー。
彼らが去っても、イリオスは呆然と佇んだまま動かなかった。そうだろうな、感想を求められたところで即寝落ちしたせいで全く読んでないもんな。どーすんだろ?
「それにしても良かったぁ、クロノが話のわかる奴で。いやいや焦ったわー、王子の部屋に不法侵入した罪で即処刑ルートかと思ったよ。ねーイリオス、帽子あったら貸してくれない? ブラシでこのボンバー頭梳かしてたらご飯食べる時間なくなるし、このままダイニング行ったらブラックホールを背後に従えてると勘違いされて、皆にドン引きされそう」
尋ねても反応がないので、勝手に荷物を漁って帽子を探していたら――――頭上に凄まじい衝撃が落ちた。
イリオスが、昨晩読み損ねたやたら分厚い本で殴ったのだ!
「こんの……クソアホウル
「いてえーー! おま、また背表紙で……あであーー! だからせめて表紙で……ひぎゃあーー! ちょマジ何で……どぅあああーーーー!!」
初等部の頃にも、同じようなやり取りをした覚えがある。
あれは私が悪かったけれど、今回は何故こんなにキレられているのか、さっぱりわからない!
しかし理由を問うこともままならないまま、私は今度こそ頭を千切りキャベツにされそうな勢いで、何度も何度も本の背表紙でぶっ叩かれ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます