腐令嬢、肉奪う


「ちょっとクラティラスさん、食べ過ぎですよ。皆の分まで食べ尽くすつもりですか……ってまた、僕の皿から横取りしましたな!?」


「自分、成長期っすから。言いがかりはやめてよねー、横取りなんてしてないしてない……っあ!? イリオスから奪った肉がない!?」


「残念でしたぁ〜、俺がいただいて……あれっ? お肉どこいっちゃった!?」


「イリオス殿下、ご安心ください。お肉は私が取り返しました。……おや? ここにあったはずなのですが?」


「ふぁれー? ひょこにいっひゃんれひょうれー?」



 口をもぐもぐ動かしながら、リゲルがわざとらしく首を傾げる。こうして、イリオスの……否、私のお肉は消えた。



 皆との会話の間にそっと確認してみれば、ロイオンがせっせと食材を焼き、サヴラはそれを笑顔で受け取って口に運んでいる。まるで初デートで彼女のために頑張る彼氏みたいだ。


 お兄様よりお似合い――のように見えたのは、やっぱり私の目と心が腐っているから、なんだろうか?


 お兄様には、幸せになってほしい。でも、私を無視するお兄様は嫌。サヴラにばかり優しくするお兄様なんて見たくない。それならいっそ……と、意地悪な感情が湧き上がるのも否定できない。


 また昔みたいに仲良くしたい。私にも笑いかけてほしい。好きの順位が一番じゃなくていいから、嫌わないでほしい。これって、そんなにワガママなのかな?


 ずっと、あのままでいられると思っていた。お兄様に好きな人ができても、私を妹として変わらず愛してくれると信じていた。なのに。



 そこで私は、ベンチで隣り合って座るイリオスを横目に見た。こいつなら、何か知っているかもしれない。



 これまで、お兄様との不仲については誰にも言わなかった。同じ家に暮らすステファニは感じ取っているようだけれど、それでもわざわざ口にして確認してくることはなかった。もちろん、イリオスにも打ち明けていない。


 もし、ずっと黙っていた兄との不仲を打ち明けたら、教えてくれるだろうか? 彼が頑なに口を閉ざす『私の死後の未来』を――せめてお兄様は幸せにしているかだけでも。


 お兄様が幸せだと知ることができれば、私もきっと心からロイオンを応援できる。そして、このモヤモヤした思いも晴れる、はず。



 そう考え、私はイリオスに向き直った。ゲームの話は、さすがにここではできない。


 なのでそのために、場所を変えようと提案するつもり――だったのだが。



「……イリオス、あの」

「クラティラス先輩っ、お肉焼けたので持ってきました!」



 しかし私が口を開いたその時、トカナが山盛りのお肉を皿に乗せて現れた。



「あ、ありがとう……あれ?」



 周りを見ると、リゲル達は綺麗サッパリいなくなっている。いつの間にか、イリオスと二人きりで取り残されていたようだ。


 気を利かせて去ったのか、肉が焼けたから鉄板に突進したのか……恐らく、後者だろうなー。



「わあ、こんなに! それにしても、よくあの争奪戦を生き抜いてきたね?」


「はい、先輩のためにベストポジションで待機してましたから!」



 トカナが眼鏡のレンズの向こうから、藍色の瞳を輝かせて答える。いつも一つ縛りにしている髪を解いているせいか、無邪気な笑顔の中に仄かな色気を感じて私は軽く怯んだ。


 先月十三になったばかりだというから、遅生まれの私と年は変わらないんだけど……早くも女子力の面で、後輩に負けてる気がするぞ? おっかしーな、本当なら私の方が年上の色香で後輩をドキドキさせる側になるもんなんだが?



「争奪戦が落ち着いたようなので、僕も食べ物を取りに行って来ます」



 悔しいのか悲しいのか情けないのか、よくわからない気持ちでトカナを見つめていたら、隣にいたイリオスが立ち上がろうとした。



「あっ……でももう、ほとんど残ってないと思いますよ? たくさんあるので、イリオス様も召し上がってください!」



 しかしトカナがそれを止め、手にしたお皿をイリオスにも差し出す。


 こう言われては、私もお前になんかやらん! と拒絶できない。取ってきたのは、トカナだしね。



「そうよ、イリオスも一緒に食べましょう。ほら、大好きなピーマンをあげるわ。ニンジンも好物よね?」



 なので私は今度こそトカナの前でいいところを見せようと、お姉様らしい優雅な微笑みを浮かべ、野菜をイリオスの皿に取り分けて差し上げた。



「僕がピーマン苦手だって、知ってますよね? 嫌がらせついでに自分の嫌いなニンジンまで押し付けるの、やめてくれます?」


「あ、お肉はそんなに好きじゃないのよね? ちょっと多いけれど、私が全部食べてあげるから安心して」


「誰かさんに横取りされて、全然食べられなかった肉まで奪う気ですか!? あんた、本当に性格悪いですな!」



 王子の仮面をかなぐり捨てて喚くイリオスの姿がおかしかったのか、トカナが吹き出す。



「そ、そんなに喧嘩せず、仲良く分け合いましょう? お二人は本当に仲が良いんですね」



 私はぽかんとしてから、全力で否定したいのを堪えて無理矢理に言葉を絞り出した。



「そ、そーよー。私達、とっても仲良しなのよねー。たまに喧嘩もするけどねー?」


「え、えーあーはいはい、仲良しです仲良しです。とっても仲良しだからこそ、喧嘩するんですー」



 イリオスの方も、適当極まりない調子で渋々肯定する。



 こんな奴と仲良くなんかねーわ、と声を大にして言いたいけれど、我々の不仲説が流れたらまた面倒なことになりかねない。王子狙いの女子達にゴタゴタ引き起こされるのは、もう勘弁だ。リゲルの一件で懲りたもんね。


 学校でもあまり本性剥き出しにして殴り合わないよう気を付けているので、私達の関係は良好と思われている。


 トカナも『理想の美男美女カップル』だと言ってくれていたけれど――――仲良しアピールをした瞬間、彼女の表情が一瞬失せたように見えた気がした。



 そういえばトカナって、ステファニに手解きを受けて私を男体化したクラティオスとイリオスのカプにハマッてるんだったよな?


 もしや『クラティラス邪魔、イリオス様の隣はクラティオスの場所だ!』なんて思われたんじゃ?


 うん、ありえる。初心者はリアルと妄想を混同しやすいし、ウチの部の女子は皆揃って過激派だから影響されても仕方ないもんな。



「トカナ、大丈夫よ。姿は見えなくても、クラティオスはここにいるわ。心配なら、あなたが彼の居場所を守る?」



 そこで私は、隣り合うイリオスとの隙間をポンポンと叩いて、クラティオスの代わりに座るようトカナに勧めてみた。



「は、はい!? いいいいいえ、とんでもないです! 仲良しのお二人の間に割って入るなんて、世界級の邪魔者になりますよんげっ! ぐふぁ、うごぉ!」



 思い切り噛んだ弾みで、トカナが激しく咳き込む。イリオスが慌ててハンカチを渡して私は背中を擦りと、珍しく協力して彼女の介抱に努めた。


 この子、しっかりしてそうに見えて肝心なところで盛大にコケるんだよなぁ……本当にアホ可愛い。

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