腐令嬢、毒されかける


 新郎新婦と共に国王陛下が聖堂から退場すると、私達もお城の外に移動となった。裸足だった私は、その隙に家から持ってきていたサブの靴を用意してもらい、ついでに服の中に忍ばせていたガラスの靴の残骸はこっそりイリオスに委ねた。できれば大事にしたくないけれど、今後このようなことがあってはならんと思ったので。


 まー、簡単にいうと事後処理の丸投げだよね。だって、イリオスと婚約してるとはいえ、王宮関係者じゃない私にはここから先はどうすることもできないもん。


 王子の結婚の際には、式の後にキープと呼ばれる主塔――日本の城では天守閣みたいな場所から、新郎新婦が鐘を鳴らすのがしきたりなのだという。婚儀の成立を伝える合図であるこの鐘の音を、アステリア全国民はきっと今か今かと待ちわびているはずだ。


 お見送りのために我々は先に庭園に待機していたので、遥か上空にいる二人の姿はまるで神のように遠く、表情までは窺えない。けれど、最高の笑顔で寄り添い合っていることだろう。


 そして見上げる私達の前で、重く大きく、威風堂々たる音色が新たなプリンセスの誕生と新たな夫婦の門出を言祝いだ。


 この瞬間、アステリア王国全域が歓喜に震えた。主塔にいる二人にも目では確認できなかっただろうけれど、祝福に湧く人々の熱い思いはしっかりと届いたと思う。私も鳥肌が立つくらいのエネルギーを、空気で全身に感じたから。


 前世では高一の時に兄が義姉と結婚したけれど、二人は式を挙げなかった。そんなわけで結婚式というものを経験するのは、前世現世含めて今回が初めて。しかしそんな私でも知っている、フラワーシャワーとブーケトスなる名物イベントもしっかり行われた。



 そのブーケトスなんだけどさー、アフェルナは多分私に向けて投げようとしたんだと思うの。なのに……。



「えー!? 次は俺の番ー!? マジかー、ウケるー!」



 うん……隣にいたクロノが受け取っちゃったんだわ。イリオスと同じで空気読めないんだね……さすが兄弟だね……。


 無邪気にキャッキャと喜ぶクロノを白い目で見ていると、すすすっと近付いてくる者がいた。



 誰かと思ったら……ひい! アルクトゥロ国王陛下だ!!



「クロノたん、それをもらったからには、早く可愛いお嫁さんを連れて来るんだYO? イリオスたんにはこんなに素敵な婚約者ちゃんがいるんだから、お兄ちゃんとして負けてられないYO?」



 国王陛下が息子に告げるのを聞いて、私は愕然とした。国王陛下ってば、マジでYOYO節で話してるYO! イリオスのアホがジョークで言ってるのかと思ってたのに、本当だったのかYO!


 あんぐり口を開けて固まっていると、国王陛下はそそそっとこちらにもやって来た。マントで足元が隠れてるから、平行移動してるみたいで不気味……なんてとてもじゃないが言えない。


 私は慌てて片足を斜め後ろに引き、背筋を伸ばしたまま膝を曲げてスカートの両端をつまんでみせるという、基本中の基本であるレディの拝謁ポーズでお迎えした。ところが、国王陛下は何と自らも上体を傾げて私に顔を寄せてきたではないか。



「クラティラスたん、アフェルナたんのこと、本当にありがとNE。式が終わってすぐ、応急処置をさせたYO。あとは車に乗って、国内を巡るだけだから心配ないYO。きっとクラティラスたんは、良いお嫁さんになるNE。楽しみに待ってるYO」



 私ははっとして、無礼だということも忘れて陛下を見つめた。


 王の特権である絢爛な装飾が施された王冠が、まず目を射る。その下に、緩くウェーブのかかった銀髪に包まれたお顔があった。いつもは威厳に満ち溢れ、何人たりとも直視を許さぬといった厳しい眼光を湛えた瞳は、柔らかに溶けている。


 今ばかりは、国王陛下も息子の結婚を心から喜ぶ優しい父親なのだ。



「も、もったいないお言葉……ありがとう、ございます」



 必死に言葉を絞り出して感謝の意を伝えると、国王陛下は髪と揃いの長い銀の髭に包まれた口元をパカッと開き、ニカッと笑った。



「可愛い息子たんに加えて可愛い娘たんにも恵まれて、MEはとっても幸せだYO。YOU、イリオスのことを、これからもよろしくお願いするYO!」


「は、はい……」



 うお、やべ! 勢いに圧されてうっかり頷いちゃったYO! ここで『今回の件で私には荷が重いと感じました』とでも言っておけば良かったのに、MEは何やってるんだYO!


 ……って、陛下のYOYO語が伝染っちゃってるじゃねーか! さすが国王陛下だNE、影響力パネェYO!!



 日常生活に支障が出るんじゃないかと内心焦り狂う私の気も知らず、国王陛下は大きな手で未来の娘(仮)の頭を撫でると、ぬる〜っとディアス様達の方へと移動していった。国王陛下もこれから新郎新婦と一緒に、結婚を祝う凱旋パレードに赴くのだ。



 にしても…………やっぱりキモいや、あの動き。




 イリオスに後で聞いたところ、アフェルナの靴に細工をした者達は私が怪しい笑みを浮かべた侍女の特徴を伝えたおかげもあってすぐに特定された。しかし彼らは罰を受けたものの解雇はされず、アフェルナ専属のお付きにされたらしい。


 というのも、アフェルナ自身がそれを望んだからだそうな。


 ちなみにその罰っていうのがエグくてさ……『ベッドに縛り付けて気が済むまでくすぐり倒す』っていうやつだったんだって。発案者及び執行人は、もちろんアフェルナ。彼女曰く『自分の手で痛い目に遭わせてやれば、二度と楯突かなくなるだろう』とのことで。罰の後でわざわざお付きに昇格させたのも、それを狙ってのことだったんだろう。


 ただくすぐるだけと侮るなかれ。あいつの性格から考えて、容赦なかったことは間違いないから。


 『足の裏を舐めさせる猫が足りないから、レヴァンタ家の飼い猫を貸してほしい』と城から侍者が派遣された時は、何事かと思ったよ。


 我が家のおデブ猫・プルトナが連れて行かれると、お母様は今生の別れみたいに悲嘆に暮れた。私がいなければあの子は食事もできないのに! なんて泣き喚いてたけど……プルやんってば、戻ってきたら前より太ってた。どんな扱いを受けたのか知らないけど、態度も輪をかけてふてぶてしくなってた。王様にでもなったつもりかってくらい。


 それでもお母様のナデナデ……という名の押さえつけ攻撃と、抱っこ……という名のポディプレスにはやっぱり敵わなかったようで、早々に王様気取りは諦めたみたい。



 プルやん……王宮ではスタフィス王妃陛下すらメロメロにして懐柔したそうだが、我が家で王座を獲るのは厳しいぞ。お母様という強大な魔王を倒さねばならないんだからね。



 あ、そうそう。


 実は結婚式の時に、レヴァンタ家からのお祝いの品々にこっそり混ぜて、リゲルが書いた本をアフェルナにプレゼントしたの。結婚してからもアフェルナはくすぐり拷問やら祝典参加やらで忙しかったようだけど、合間に読んでくれたんだって。



『続きはよ』

『新作はまだか』

『アフェルナ妃の命令だ、燃料をもっと寄越せ』



 王族入りなされたおかげでやり取りがより厳しくなったため、そういったアフェルナからのお手紙はイリオスとクロノが運んできた。


 彼女のお気に入りは、リゲルが初めて短編で書いたゲリルとラクラスティ。物語ラストではくっついたのかそうでないのか、曖昧にぼかされていたせいで、余計やきもきするんだと。


 だったら続きを妄想して書いてみたら? とお伝えしたところ、アフェルナは俄然やる気になり、モリモリと妄想の産物が送られてきた。


 リゲルの文章は繊細で豊かな情感に溢れているけれど、アフェルナの文章は超どストレート。ラノベのノリって感じかな? 奇想天外な発想力もあって、すごく面白い。


 もちろん、紅薔薇の皆にも読んでもらったよ。BL初心者のトカナ――入部してからヴラスタリさん呼びはやめ、私のこともクラティラス先輩と呼んでくれるようにお願いした――も、夢中になって全作網羅してたくらい。読みやすさにも特化してるから、できれば他の皆様にも読んでもらって布教したいのだが……しかしさすがに第一王子殿下夫人がBLの二次創作をやってるなんて知れたら、いろいろとマズい。

 なのでアフェルナにはペンネームを考案していただき、これからは『覆面作家A』として寄稿をお願いすることにした。


 用語集も読破してくださったというし、これでアフェルナも我々の仲間入り。


 次に会えた時は、たくさん萌え語りできるといいな。まだまだオススメしたいジャンルがいっぱいあるんだもん!

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