腐令嬢、感涙す
「クロノた……クロノも、イリオスた……イリオスも、今日は本当にありがとう。二人共、様になっているな。普段に増してカワユ……いや、凛々しいぞ」
「兄上、本日はおめでとうございます」
「ディアス兄、いつもよりカッコイイよ! ルナ姉もきっと、びっくりしちゃうよ!」
可愛い可愛い弟達に向き直ると、何ということでしょう…………今の今まで美の最高峰を誇っていた花婿が、哀れ、ムクムクおっきくなって紅潮した801棒に変身してしまったではありませんか!
もちろん他の皆には変わらず、類稀なる美貌を華やかな装いでバージョンアップした美しすぎる王太子様に見えている。この姿は、私の目にのみ映る、妄想の産物なのだ。もはや、呪いといっていい。
くそぅ、こんな時でも暗示は解けないのか! 式の間に笑ったらどうしてくれるんだ、ディアス棒め! こんなことになったのも、イリオスのせいだ! 責任取って、今だけでいいから目玉を交換してくれよ!!
俯いて歯を噛み締め、必死にこみ上げる笑いを堪えていると、ディアス様の背後に控えていた護衛が彼に耳打ちした。
「ああ、もうそんな時間か。クラティラスくん、そろそろ準備をせねばならないから一緒にアフェルナの元へ行こう。二人共、また後でな」
ディアス棒が、むんにゅり横に広がる。多分、微笑んだ……んだろう。
上等なタキシードを着た801棒に導かれ、途中『クロノたんもイリオスたんも可愛くて可愛くて目が潰れるかと思った』『弟達が天使すぎて辛い、最前列に並ぶ彼らの姿を見て正気を保っていられる自信がない』などとどーでもいーことを聞かされながら、私はアフェルナの待つ花嫁用の控室へと向かった。
「クラティラス! よく来てくれたわね、本当にありがとう!!」
待ち受けていたアフェルナは、私の想像以上に美しくて可愛くて尊くて、語彙が消滅してしまった。
そりゃ単純に顔立ちだけで勝負すれば、どんな女もディアス様には敵わないだろう。しかし純白の豪奢なウェディングドレスに包まれた彼女は天使なんてレベルを遥かに超えて愛らしく、優しくてあたたかく、女神すら超越するほどの神々しさに満ち溢れていて――――リゲルと同等、いや今この瞬間はそれ以上に『聖女』という単語に相応しい存在であるように感じられた。
輪郭が覚束ないと思ったら、アフェルナの尊みにやられていつのまにか涙が溢れていたらしい。
「もう、クラティラスったらどうして泣くの? やだ、ディアス様まで……いけないわ。目が腫れてしまっては、式に障るでしょう?」
隣を見ると、ディアス様も紫の目を潤ませて震えていた。アフェルナの慈愛オーラのおかげで、801棒の魔法が解けて本来の姿に戻ってくださったのね……良かった良かった。
「アフェルナが悪いのだ。こんなに美しくなるなんて、聞いていないぞ。ああ……アフェルナ。君のような素晴らしい人と結ばれる私は、世界一の幸せ者だ。愛してる」
「私も……愛しておりますわ。ディアス様」
二人が手を取り合い、熱く見つめ合う。
えーと? 一応、私もいるんですけど。私って今、世界一の邪魔者ですよね?
あまりジロジロ見てはイカンよな、まだ中学生だもんな……と二人の世界に没頭した新郎新婦から目を逸らすと、両手を広げても足りないほど大きな鏡台の下に、私はあるものを発見した。
「わあ……!」
喉から勝手に歓声が漏れる。何故ならそれは、女の子なら誰でも憧れるガラスの靴だったんだから。
「あら、クラティラスもこういうのにはときめくのね」
床に膝を付いてガラスの靴に見入る私の背に、アフェルナの軽やかな柔らかく落ちる。
「そりゃそうだよ! ガラスの靴なんて、シン……」
シンデレラみたいじゃん、と言いかけて、私は急ブレーキをかけて押し留めた。危ない危ない、ガラスの靴から迸る女子力にやられて、うっかり前世の童話を口走るところだったよ。
「しん……信じられないほどの技術が、製作には必要となるのであろうなー、と感激しまして、ええ」
「あ、そっち? 製造工程が気になるなんて、やっぱり変わってるわねぇ」
「ふふ……ロマンチックを理解するのは、クラティラスくんにはまだ早いようだな」
何とか誤魔化せたけれど、ちょっと心外だわ。
BLでもガラスの靴ネタは王道だし、オールカプで必ず一度は書いたし。しかも従来のハイヒールじゃ受けちゃんの足を傷めたり身長差に問題が出たりするから、ローファー型のガラスの靴を一生懸命考案したし。もちろん美しい見栄えに拘りに拘って、装飾や塗りに死ぬほど力入れたし、投稿サイトでも高評価だったし、同人誌も即日完売したんだからな。ロマンチックくらい、余裕で理解しとるわ。
まあでも、自分が履くのは御免かな。
ヒールの高い靴ってだけでも敷居が高いのにガラス製ときたら、絶対靴擦れするに決まってるもん。歩くより先にコケて、叩き割る未来しか見えないよ。
「このガラスの靴は、専門の王宮お抱え職人が作ってくれるのよ。これを製造するために、何度も足のサイズを細かく測ったわ。いずれはクラティラスも履くのだから、楽しみにしていて」
「と、いいますと?」
「アステリア王国の王子と結婚する花嫁は、必ずガラスの靴を履くと決まっているのだ。王族の一員となるためには、これまでの暮らしを捨てねばらなん。そこで透明なる気持ちで王宮入りするという意味でな」
アフェルナの言葉に問い返せば、ディアス様がさらりと補足する。
マジかー……それじゃシンデレラっつーより、心殺して死んでレラじゃん。良かった、結婚なんてしないからそれだけは回避できるな。
「そうなのですね。けれど私は、アフェルナならこの無色透明のガラスの靴を、これから自分なりの輝きで彩っていくと思いますわ」
そこで私はにっこり笑って、ディアス様に告げた。
アフェルナは透明になんかならない。透明人間みたいに存在を消されもしないし、誰かの言いなりになったりしない。彼女はどこでだって、彼女らしく生きるはずだ。
ディアス様だって、彼女の性格をよく存じているだろう。けれどここで今一度、心に刻んでほしかった。
王宮という狭い場所に閉じ込められる彼女に支えられるだけではなく、共に寄り添って支えてあげてほしいと思ったから。
「……クラティラスくんは、本当に聡明だね。アフェルナのことは任せてくれ。必ず幸せにする」
私の言わんとすることを、的確に理解し受け止めてくださったらしい。そう言ってディアス様はアップスタイルにまとめた私の髪を軽く撫で、アフェルナに向けてウィンクしてみせた。
アフェルナが吹き出す。
「そうね、私もあなたを幸せにできるよう頑張るわ。これからもスタフィス様とはいろいろとあるでしょうが、私が仕返しをしてもこれまで通り、見て見ぬ振りをしてくださいね?」
今度は、ディアス様と私が吹き出す番だった。
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