第55話誓いを立てた俺だが

「身体に気を付けてね」


「ああ」


「薬、持った?」


「ある」




 メディアレナからもらった薬の入った袋を持ち上げて示す。中には、傷薬やら風邪薬やら血止めの薬に薬草湿布が大量に入っていた。




「無理しないでね」


「レナもな」




 お母さんか?




 剣と薬と着替えや生活用品に少々の金銭が入ったリュックを背負い、俺は魔女の家の外で彼女にしばしの別れを告げる。


 転送魔方陣で麓まで降りずに、徒歩で下るのは、彼女と少しでも長く別れを惜しみたかったからだ。




「レナ、淋しくなったら」


「平気よ。私は基本一人が好きなの」


「う…………困ったことがあったら俺に」


「私魔女だから困ること無いわね」


「うう………変な奴には引っ掛かるな」


「命が惜しくない変な奴いるかしら?」




 未練だ。なんだろうな、俺ばかり未練がましくて悔しくなってきた。


 今朝は風もなくて、日光は早くも肌を照りつけている。




 メディアレナは、燦々と照らす太陽も太刀打ちできないのか、日焼けを知らない白い肌を保って涼しい顔で俺を見つめていたが、ふいに目を逸らした。




「リトこそ……………浮気しないでね」


「え?」


「リトは、女の子にもてるから。ほら、コルネちゃんとか………」




 美女のお前が地味顔の俺に言うのか?!




「何のために転生してきたと思ってるんだ?ありえないだろ」


「数々の女性と戯れて貪って食い物にしてきた前世のあなたなら」


「む、昔のことだから!」


「分かってるわ、冗談よ」




 口元へ手をやり、クスクスと笑う彼女の手を握る。




「レナ、最強の魔女の傍に立っても恥ずかしくない男になって帰ってくる」




 言い方を間違えたか、なんか恥ずかしくなってきた。




「そう?私はリトを恥ずかしいなんて思ったことないわよ?むしろリトしかいないし、自慢したいぐらい可愛い、あ、なんでもないわ」


「かわっ?いや俺が、そう思ってるの!」




 ああ言えば、こう言う。クソ、可愛いって言ったな、ちょっぴり嬉しく思ってしまったじゃないか!




 メディアレナは、俺の悔し嬉しい表情を落ち着いて眺めて、手をしっかりと握り返した。




「待ってる。何年かかってもいいの。リトだけを待ってるから」


「急ぐから、すぐに…………すぐに帰ってくるから」




 俺を見つめる青い瞳に、引き寄せられるかのように彼女に腕を回そうとした。だが、予測していたようにサッと避けられた。




「あ?!」


「さあ、もう行って」




 一歩引いた彼女が有無を言わせぬ口調で促す。




「レ、レナ」


「暑くなる前に、早く行って」


「……………ああ」


「元気で」


「レナも」




 物足りなさと淋しさで彼女を見るが、微笑んだまま手を振られれば、仕方なく俺は歩き出した。


 下り坂に差し掛かり一度後ろを見ると、まだ手を振っている彼女が小さく見えた。手を振り返すと再び歩く。




 しばらく逢えないのに、あんなに落ち着いているなんて。頭では分かっているのに、本当は俺ばかりが彼女を好きなだけなのではと思ってしまう。




「あんな風に突き放すように言わなくても」




 もっと別れを惜しんでくれても……………




 ふと、違うと感じた。


 メディアレナは、自分の気持ちを押し殺すのが上手い。ランスロットへの気持ちをずっと隠してきた魔女が、俺のことをどう思っているか分かりきったことだろうに。




 足を止め、俺は荷物をそこへ振り落とすと、踵を返すや元の道を駆け出した。




「レナ!」




 斜面を上がった先に、見送ってくれた場所にまだいる彼女が見えた。


 それどころか、座り込み泣きじゃくっていた。




「リト………………リト……………いやよ………」




 言葉にならなかった。メディアレナは我慢していただけだ。




 走り寄って、横から拐うように彼女を強く抱き締めた。




「な、何をしてるの?!早く行きなさい!」




 足音に気付かないほどに泣いていたくせに、驚いたメディアレナが俺の腕の中で、もがいた。胸を押して、肩を叩き、顔を背けた。


 ただただ俺は、懸命に彼女を放さないように抱き締める。




「レナ、レナ」


「早く、行って……………お願い、そうでないと私…………行かないでって言いたくなるからっ、ん、ふっ」




 すすり泣き肩を叩く彼女の顔を、強引に片手で仰向かせて唇を奪った。逃れようとする彼女の後ろ髪に、顔に触れていた指を滑らせて固定する。嗚咽を封じて、唇を啄み、角度を変えて食んだ。




「ん、んん!」


「愛してる」




 息継ぎの合間に囁くと、肩を叩く力が弱まった。




「レナ………………」


「ふ…………」




 柔らかく湿った唇を何度も何度も味わっていたら、彼女の手が叩くのを止め、強く俺にしがみついてきた。




 ゆっくりと唇を離すと、彼女の泣き声が溢れた。


 頭を抱えていた手で、俺の肩へと引き寄せてやると、彼女は顔を埋めてしゃっくり上げる。




「泣かないで、俺がいない間忘れてくれてもいいから笑っていて」


「……………忘れるわけない、忘れられるわけないじゃない」




 悲しいとか淋しさよりも、嬉しかった。


 例え離れていても、自分をこんなに深く愛してくれる存在がこの世界にいる。それだけで満ち足りて幸せだと感じた。




「俺は行くよ」


「……………ええ」




 強くしがみついていながら、彼女は頷いた。俺も今だけは彼女を精一杯包み込みながら誓いを立てた。




 離れていても、彼女が泣かずに待っていてくれるように。




「レナ、今度お前に逢う時は、その先絶対に一人にさせない。二度と待たせない。だからその時は……………」




 頬の涙を吸って言えば、メディアレナは瞬きして俺を見つめた。そして頷くと、ゆるやかに微笑を湛えてくれた。




『その時は…………俺とレナで家族になろう』


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