第49話真実を知った俺だが

「レナ、ここを開けて!」




 地下室へ続く階段は、メディアレナの魔法により閉ざされていて、俺は床にしか見えないそこを拳で叩いた。




「レナ!」




 何度呼んでも全く反応がない。今までこんなことなかったのに。




 3日前のあの日、ソファーで昼寝をしていた彼女を置いて、俺は台所で作業をしていた。目を離して、再びソファーを確認した時には既にいなくなっていた。




 もぬけの殻の毛布の上には、地下室にしばらくいるからとの書き置きが残されていた。


 それから食事の度に呼び掛けたりするのだが、地下室に続く道は閉ざされたままで彼女からの反応もない。




 最初の一日は魔法の実験でも熱心にしてるのかと思い、そっとしておいたのだが、食事も摂らずに3日目ともなると、さすがに焦ってきた。


 夜は、地下室からの灯りが僅かに床の木目の隙間から漏れ出ていて、確かに彼女はそこにいるのは分かった。俺はソファーで休みながら注意を払っていたが、彼女が一階に姿を現すところを見ることはなかった。


 もしかしたら俺が知らない内に上に上がってきているのかもしれないと思い、3日目はそこに張り付くようにしていたが、全く彼女には会えなかった。


 それに、地下室にあった明かりとりの小窓を思いだして外から覗こうとしたが、部屋の天井に近い部分は確認できたが、彼女を見つけることはできなかった。




 普段は夜にしか地下室に下りなかったのに、こんなに長い時間上がって来ないなんて、どうしたのだろうか。何かあったのだろうか?


 不安が募り、大声で床に向かって名を呼ぶが、気配も音も返ってこない。




「……………こじ開けるか」




 仕組みが分からないが、この床が樹木魔法によるものなら破壊できないことはない。叩いてみたところ、それほど厚みはないように思えた。




「金槌とかノコギリ、どこかに」




 外の物置を探しに行こうかと立ち上がりかけた時だった。


 あんなにびくともしなかった地下室への入り口が、音もなく一瞬で開いたのだ。




「え?」




 慌てて階段を覗くが、地下は静かで薄暗かった。もう夜はとっくに過ぎ、もうすぐ朝日が昇るだろう。灯りを点すのも面倒で、俺は手探りで階段を下りていった。




「レナ?」




 下りた先には、俺が実験体として責め苦を受けた部屋があり、相変わらず実験器具などが置いてあったがメディアレナはいない。シンと静まり返っている。




「どこだ?」




 まさか、いないのか?




 壁に手を付いていたら、小窓から日が差してきた。気を取り直して、明かりを頼りに壁沿いに歩く。思えば今まで地下室は見ただけで探索したわけではないのだ。




「レナ、どこだ?」




 さほど広くない部屋の奥、棚の陰になった所で、いきなり足を踏み外して転びかけた。




「うおっ、何だ?!」




 見れば、暗がりで気付かなかったが、床に穴が開いていた。そこから朝日と同じくらいの弱さの光が漏れていて、これが転移魔方陣だと知った。




「こんなところに」




 躊躇うことはなかった。きっと彼女は、この先にいると確信できたから。


 落下する覚悟で、俺はその穴の中へと跳んだ。




 瞬きする間も無く、小さな部屋に降り立った俺の前に、ようやくメディアレナの姿があった。


 静かに立っていて、俺からは横顔しか見えない。ただ悲しそうに、目の前にある何かを見下ろしていた。




「レナ?」




 地下室の更に下に位置するのだろうか?部屋は、古びた白い壁と天井に囲まれていて窓はない。天井と四隅に付けられた見慣れない丸い硝子の中から、どういう仕掛けかは分からないが、小さな灯りが辺りを照らしていた。




 気付いているだろうに、彼女はこちらを振り向かない。彼女の前には低い高さの寝台があり、そこに白く大きな箱のような物があった。長方形の箱は上には蓋は無く、何かが入っているようだった。




「……………………どうして」




 ポツリと口にした途端に、メディアレナの瞳から雫が降った。




「何度も何度も、私に持てる全ての力を注いでも、どうしても目覚めない」




 彼女の目蓋は泣きすぎて腫れていた。ほつれた髪に憔悴した顔。疲れ切っているらしく、ガクンと膝を落とすと床に座り込んでしまった。




「肉体は完璧にできたの。心臓も動いているし呼吸も正常…………それでも起きてくれないの」




 俺は驚きと衝撃で言葉を失った。


 箱の中には一人の人間が横たわっていた。




「こんなに呼び掛けているのに、どうして答えてくれないの?」




 手で顔を覆い、すすり泣くメディアレナ。こんなに弱りきった彼女を目にしても、身体が上手く動かない。


 頭が真っ白だった。




「レ………………」


「ごめんね、リト………………ごめん、なさい………ごめん、リト」




 どちらに謝っているのだろう。




 箱の中に眠る男は、俺・だった。


 この世のものとは思えない美しい金髪の俺、前世のリト。




「あ………………」




 自分の頬を流れる涙を感じて、俺はゆっくりと理解した。同時にさまざまな感情が心にひしめいて目眩がするようだった。




 まだ整理がつかないが、はっきりとしたことがある。




 俺は多分…………自分が思うよりもずっと彼女に愛されていた。




 だから俺は名を紡いだ。彼女に宛てて、この世で初めて呼ぶ名を。




『アリシア』


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