第10話小娘に追いかけられる俺だが3

「これはメロウの花びら。乾燥させて粉末状にして飲めば痛み止めになるの」


「へえ、あ、これは傷薬になるムーレの葉ですね。このツンとする薫り覚えがあります。よく使いました」




 テーブルに広げた薬草の手入れをしているメディアレナの隣で、コルネが興味津々で覗いている。




「ムーレは擦り傷などには向いているけれど、剣タコなどの指の傷にはパムラの根の軟膏がいいわ」




 リビングにある大きめの棚の引き出しを開けると、小さな硝子瓶を二つ取り出したメディアレナが、コルネに一つを渡した。




「パムラの軟膏あげるわ。薄く塗るだけで良く効くから」


「わあ、助かります。ありがとうございます!」




 和やかだが忘れているのか?




「決闘するんじゃないんですか?」




 洗濯物を畳みながら問うが、二人はこちらを見もしない。




「折角こんな所まで来てくれたんだもの。今日はコルネちゃんをおもてなししたいの」


「あたしも魔女様に興味ありますから、色々お仕事見たいです」


「今日は泊まったらいいわ。明日勝負しましょう」


「わあい!魔女様の家にお泊まり!」




 小娘、軽いノリだな!女同士って分からない。




 メディアレナから、ちゃっかり治癒魔法を込めてもらった魔法石と高価な彼女開発の、塗れば肌のハリツヤを長く保つ奇跡の化粧クリームを何個かもらって喜んで鞄に詰めているのを横目にしてイライラする。




 全く、早く帰ればいいのに。


 ところで毎回思うのだが、なぜ洗濯物にメディアレナの下着は無いのだろう、解せぬ。楽しみにしているとかじゃないぞ。ただ疑問に思っただけだ。まさか、着けない派?!いや本当は分かっている。下着だけ自分で洗濯して、火魔法で即乾燥させて直ぐにタンスに戻して俺の目に触れないようにしているな?


 片付けられない女でも、そういうところに女子を感じるぞ。




「リト」


「は、何ですか?」




 寮生活の家事分担は当番制だった。俺は慣れた手つきで、彼女の花柄スカートを綺麗に畳み終えて、何喰わぬ顔をしてメディアレナを見上げた。




「手が空いたなら、家の周りをコルネちゃんに案内してあげて」


「ええ?」




「この辺りには、珍しい薬草が群生している湿地帯があるし、家の裏手はとても眺めがいいのよ。リトもかなりここらのことに詳しくなってきたから、色々案内してもらったらいいわ」


「ありがとうございます。リト行こう!」




 コルネに、ぐいぐいと腕を引っ張られて、玄関を出る俺をメディアレナは微笑ましげに見送る。




「このまま山を下りるとか無しだからな」


「もう信用ないんだから、あたしは騎士の卵なのに、戦いを捨てて卑怯な逃げ方はしないわよ」




 手を振りほどいた俺の後ろに、コルネがくっつくように付いて歩く。


 家の裏手は木々が茂り、奥は小高い丘になってから緩やかな坂が続く。




「ねえリト、リトは初めから………学園に入学した時から、もしかして魔女様の弟子になることが目的だったの?」


「…………だとしたら?」




 こちらをチラチラと窺っていたと思ったら、コルネが覚悟を決めたような顔をして問う。


 丘を下りて、湿地帯へと坂を歩きながら、俺は溜め息を付いた。




 メディアレナめ、俺をコルネと話し合わせる為にわざと……




「騎士になるよりも、それはリトにとって大事なことなの?」


「そうだよ」




 在学中は、自分の目的など両親以外には誰にも打ち明けたことはなかった。この娘には、さぞ俺の行動が突拍子もないように見えたことだろう。




「リト、魔女様が好きなのね?」


「好きだよ」




 即答してコルネを振り向くと、痛そうな表情をした少女が傾斜に足を取られるところだった。




「リ、きゃ」




 反射的に、転びそうになるコルネを抱き止めようとして抱え込む形になってしまった。




「足は捻ってないな?」




 肩を掴んで引き離そうとしたら、コルネがしがみついてきた。




「リト、一緒に帰ってよお」


「コルネ」




 俺の胸に頭を擦り付けるようにしている少女に、肩を掴んでいた手を下ろした。




「私だって、私だってリトが大好きなのにっ」




 丘の辺りを見つめたまま、予想していた告白を聞いた。冷たい風にコルネの焦げ茶色の髪が柔らかく揺れる。




「…………歩けるな?」




 少女が落ち着くのを待ってから、強めの力でその腕を解いた。


 赤い顔で俺を見上げる少女に背を向ける。




「明日メディアレナ様との勝負で、あんたが勝ったら僕は大人しくハビアルに帰る。だが、負けたら一人で帰れよ」


「リト…………」




 俺が再びゆっくりと歩けば、コルネは諦めたように後ろを付いてきた。




「悪いが、あんたの『好き』は、僕の『好き』とは重さが違うんだ。好きでいることが長過ぎて、おかしくなるぐらい僕は……」


「え、何?」


「別に」




 呟いた言葉が聞こえなかったらしく、少女が聞き直すのに首を振ると、一度だけ少女を振り向いた。




「ありがとな、でもごめん」




 その心は深く理解できる。誠意を見せるとするなら、俺はコルネの気持ちを受け取れない。それを明確に伝えなければならないと思った。




「彼女しか好きになれない」




 言葉にすると自分が苦しくて、胸の辺りの服を握り締めた。




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