第8話小娘に追いかけられる俺だが

 朝の6時に俺は起きる。


 10歳から公立の騎士学園の寮生活を送っていた俺は、目覚まし時計など無くても、自然に起きられるようになっていた。




 将来ハビオル国の騎士になる者が多かった為、規律を重んじ規則正しい生活を身に付けさせるよう大変厳しい寮生活で、中には校風が合わないと学園を去る者もいたものだ。




 俺だって中身がただの子どもだったら、泣きながら自宅に逃げ帰っていたかもしれない。まあ実際は『はっ、やってらんねえ。早く飛び級試験を合格して、さっさと卒業して、おさらばしてやる』と思っていた。




 望んで入った学園だったし、この俺が音を上げるわけがない。ただ、卒業したからといって騎士になるつもりは、さらさらなかったわけだが。




 黒のズボンに白い長袖シャツを着て、鞘に収めた愛用の剣を片手に階段を降りた。


 降りた先には、直ぐリビングが続いている。


 カーテンを締め切ったリビングに薄く朝の光が射し込み、テーブルに二本の空になった酒瓶とグラスが見えた。




 ……昨夜は二本か。




 二週間前に俺が最初に見た瓶の数に比べれば随分減った。あれが一晩に呑んだ本数だと知った時は、さすがに魔女の肝臓を心配したものだったが、俺が根気よく制限を掛けたせいかどうか彼女の飲酒量は少しずつ減ってきていた。




 飄々とした風を装ってバカだな。


 メディアレナが酒で気分を紛らわしていることぐらい、数日で分かってしまった。




 ソファーに回ってみたら、すやすやと眠る美女がいた。




 いつもなら、俺より先に起きていて朝風呂に入っている彼女だが、今日は気を緩めて眠ったままだ。


 それだけ自分に気を許してくれたということだろう。




 広めのソファーに足を伸ばして、姿勢良く仰向けで眠るメディアレナを、しばらく眺めて堪能する。




 本当は淋しいくせに。


 酒に頼らないと長い夜を越えられないくせに。




 膝を付いて、そっと手を伸ばして豊かに流れる黒髪を掬い取る。侵入者用の魔方陣トラップは、俺の気配を認知したので働かない。それだけ彼女に近付くことを許されていることが嬉しい。




 黒髪を指で撫でて弄んでいたら、するすると逃げるように流れていく。


 物足りなくて、彼女の寝顔に顔を寄せる。




「……………レナ」




 もっと俺に縋ればいい。淋しいなら抱き締めてやるのに。長い夜など感じないほどに愛してあげられたら………(もう少し体が成長するのを待ってくれ)




 ぷっくりとして魅力的な果実のような桜色の唇に、誘われるように唇を近付ける。


 気付かれてもいい。今は、その唇が欲しい。




「…………………………っ、クソ」




 片手に持ったままの鞘をギュッと握り締めると、俺は振り切るように体を離した。メディアレナの唇から懸命に目を反らすと、そのまま足早に玄関に向かった。


 外から人の気配を感じるのだ。




 壁に背を付けて、鍵をゆっくりと開ける。


 案の定、外の足音が大きくなり玄関前で止まった。鞘から剣を引き抜く。




「おはようございます。あの起きてますか?」




 声に聞き覚えがあったが、俺は構わず戸を勢いよく開けると、そいつの喉元に剣を突きつけた。


 邪魔をされたのだ、少々怖がらせてもいいだろう。




「リト!」




 俺だと分かった途端に、少女が嬉しげに愛称を呼んだ。飛び付きそうな勢いを感じて慌てて剣を引いたら、やはり飛び付いてきやがった。




「リトぉ!会いたかったよぅ!」


「放せ!むやみに触るなと言っただろ!」




 俺より頭一つ分小さい少女だが、しがみつく力は意外に強い。ギュギュと無い胸を押し付けてこようが迷惑なだけだぞ。




「どうしてあたしを置いて、こんな所に……!」


「あんたを置いて行くとか、はなっからつもりないし、いいから放せ」




 ベリベリと引き剥がすと、少女は涙目で俺を見上げる。




「あたし、リトと騎士になろうと思って頑張ったのに」




 小娘、俺は一度も騎士になるとは話していない。




「帰れよ」


「リト!待って」




 涙声に、どうしたものかと溜め息を付いたら、後ろから魔女の声が掛かった。




「リト、お客さんなら入ってもらって」




 焦って振り向いたら、いつの間に起きたのか廊下の壁に凭れたメディアレナが見ていた。




「魔女様!おはようございます!あの初めまして、あたしコルネと言います!」




 なぜか俺の腕に両腕でしがみついた状態のコルネは、元気よく挨拶をする。




「メディアレナよ。朝早くから、よく来たわね」




 俺と同様に歩いて山を登って来たのだろう。コルネは肩までの焦げ茶色の髪が汗で額に貼り付くのを払うと、メディアレナを不躾に見ている。


 その視線を、ゆったりと受け止めて魔女は微笑んでいる。




「それでリト、コルネちゃんは………彼女?」


「絶対に違います」




 やっぱり疑っている!


 きっぱりと素早く否定したが、なぜか背中を冷たいものが這う感覚があった。




「リトは、将来を約束した仲です!」


「なあ?!言い方!」




 キリッとカッコ良く決めたような顔してるが、小娘命が惜しくないのか?




「ふうん?」


「違います違うんです」




 メディアレナは微笑んでいるだけなのに、なぜ俺は追い詰められていく?






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