第6話弟子になった俺だが3

 台所には、魔法石で中の食材を冷やす仕組みの冷蔵庫がある。昼前、その横の床に埋め込まれた紫の魔法石を、メディアレナが靴先で踏んだ。




「注文のランチセット届いたわ」




 紫の魔法石を中心に、白い魔方陣が浮かび上がり直ぐに消えた。後には、朝のうちに注文しておいたサンドイッチのランチボックス2つ、ジュース瓶4本、サラダとカットフルーツの盛り合わせが一箱、チョコやキャンディやクッキーのおやつセット一袋が大きめの木箱に入れられた状態で鎮座している。




「便利なものですね」




 感心しつつ、それを玄関に運ぶ。重いものを持ち上げる力は彼女よりは強いのだ。




 しかし転送魔方陣は便利なものだ。


 こんな場所で暮らしているのに全く不便に思わないのは、こうした魔法のお陰だ。


 食材に生活用品から書籍まで、彼女は必要な物を紙に書いたものとお金を添えて、馴染みの店に設置した転送魔方陣へと送る。


 魔法石が点滅したら合図で、再び魔方陣を動かすと注文の品物か届くという仕掛けらしい。




 魔法の実験体になって4日目。


 俺が、日々違う器具で擽られている内に刺激にも慣れて物足りなさすら感じ始めた頃、感覚魔法の実験は終了したらしい。


 不可解だ。


 擽られる快感だけを追求して、性的快感を実験しなくていいのか?


 俺はやはりお前の優しさが切ないぞ。




 今日は休みで、魔法研究も薬草の仕事もしないのだという。


 メディアレナは、学生時代に開発した若返り(アンチエイジング)の魔法薬の特許で収入に困らない身なので(地下室に大きな金庫を見かけた)、魔法研究などは仕事といっても必死にする必要もない為に、趣味や遊びに近いのかもしれない。


 そうか、俺は遊ばれたのか。




「暖かい………すっかり春ね」




 後ろで緩い三つ編みに編んでやった黒髪を靡かせ、家の外の広い野原をメディアレナが軽やかな足取りで歩く。彼女の提案でピクニックを決め込んだ俺達は、見晴らしの良い場所に敷物を敷くとランチセットを側に置いた。


 木箱から食料を取り出す彼女の横に並んで座り、早速二人で昼食にすることにした。




 少しだけ風は冷たいが、日光の暖かさが心地よい。ちらほら花で色づく周りの山々から、視線を下へと向けると谷になっていて、遠くの拓けた場所に町並みが見えた。




「師匠、昼間からお酒はダメですよ」


「大丈夫、これはジュースよ」




 直接瓶に口を付けて飲んでいた彼女は、俺の小言にも動じず「ほら」と瓶を向けた。




「飲んでごらんなさいよ、美味しいよ」




 あっさりと瓶を渡されて、瓶の口と彼女の口を交互にまじまじと見てしまう。




 間接キスだと?




 ウブな少年の体は躊躇う反応を見せるが、精神年齢は無量大数の俺は歓喜した。何喰わぬ顔をして、瓶に口を付けて中身をあおった。葡萄の濃厚な液体が喉を伝う。




「ぐ、ごほげほっ、たしかにっ、じゅう、す、げほっ」


「ゆっくり飲もうね」


「ごほ」




 彼女が噎むせる俺の背中を叩いてくれる。


 間接キスごとき、あまりに物足りないな。咳き込んだのは興奮したわけじゃない、そうじゃない。




 サンドイッチを食べ、おやつをつまみながら景色を眺めて、鳥の声を耳にし、草花の香りや春の空気を感じ取る。


 メディアレナは、基本的にお喋りじゃない。




 いつものように、のんびりした様子で眩しそうに日の光に目を細めて、大体は唇に笑みを滲ませている。


 俺は、その表情がとても懐かしくて尊くて美しいと感じる。『彼女』だと思い知らされる。




「山の降りた所に綺麗な川があるの。夏になったら水遊びに行こう」


「はい」


「秋は紅葉が綺麗なの、栗や食べられるキノコも取れるから、また教えてあげるわ」


「……いいですね」


「冬は雪が沢山降るわ。寒いけど雪遊びもしたい」


「楽しそうですね」




 遠くに視線を向けながら話す彼女の横顔を見つめていたら、抱き締めてしまいそうだ。そんなふうに未来の話をされたら、胸が締め付けられて苦しい。


 俺達は前世で、そんなこと一つもできなかったんだから。




「…………そんな話をするってことは、僕をずっと傍に置いてくださるんですね」


「……………………」




 いっそ何もかも打ち明けたら、彼女は信じてくれるだろうか。俺を愛してくれるだろうか。




「メディアレナ様」




 口を閉ざしてしまった彼女の肩に手を伸ばす。俺には彼女が遠すぎる。


 肩に触れる前に、彼女がこちらを向いた。胡座をかいた俺の膝に、そのまま頭を乗っけて寝転ぶものだから驚いて動けなくなった。




「…………ねえリト」




 向こう側を向いて、両手を口の辺りに投げ出している彼女の表情はよく見えない。つい彼女の髪を指で梳こうとして、直前で思い留まった。




「リトは、いつまで私といる気なの?」


「師匠、メディアレナ様」


「弟子だなんて、本当は魔女になる気はないくせに。私といて何が目的なの。メリットなんてないでしょうに」




 いっそ愛していると叫んでやろうか。




「…………僕は、あなたといて楽しいですよ。あなたを尊敬しているし………好きですよ。魔女になれなくても、あなたといられて幸せです」


「…………なんだかこそばゆいわ」


「できるならずっといたいです」


「ダメよ」




 くるりと顔を上に向けた彼女が、俺を見上げる。泣いているのかと思ったがそうではなかった。




「リトは子どもなんだから、これからいろんな選択肢があるわ。剣が使えるなら働き口はいくらでもあるし、騎士にだってなれる。それにいつかは家庭を持つことも」




「嫌です」




 すぐ真下にある顔に見とれそうになるのを堪えると、目に力を込めて俺は断固拒否した。




「リト?」


「………………………」




 告げてはいけない。ここで、この胸に溢れるものをぶちまけたら、その途端メディアレナは俺を手放すだろう。




「………まあ、しばらくはいてくれていいけれど、私も色々と手伝ってもらって助かっているから。将来のことは、その内考えたらいいわ」




 言葉を探していたら、彼女がそう言いながら俺の頬をからかうように指でつついた。何かを感じたのか、一方的に話を終わらせようとする気配に微かな苛立ちが湧いた。




「師匠がおばあちゃんになった時は、しっかりお世話しますよ」




 冗談で包んだ言葉を投げ掛けて、彼女の反応を試してみた。




「私がおばあちゃんになることはない」




 意外にも、メディアレナは不敵な微笑みを浮かべた。




「私はもう歳を取らないわ」






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