8、女の戦いに参戦しない選択肢はなし。

携帯が鳴る。

思った通り、二階堂清隆だ。


「お電話お待ちしておりました!

今日くださらなければ、明日にでもお伺いしようかと思っておりました」

紗良のトーンは明るい。


同じフロアーの同僚や部長も聞き耳を立てているのがわかる。


「え?先日、フランスのC社主催のジュエリーコンペティションのフレグランス部門で賞をもらった?」


携帯の向う側から聞こえてくる二階堂のトーンは面倒臭そうな響きしかないが、それを聞いた紗良は固まった。

C社は誰もが知る高級アパレルから宝飾まで手掛ける世界的総合ブランドである。


そこで賞をとるということは、そのブランドでフレグランスを提供することもありえるだろうし、紗良のA社以外のブランドなども二階堂清隆に目をつけ、獲得に動き出すことも当然考えられた。

二階堂清隆を獲得するハードルがいきなり上がる。


携帯を一旦消音にする。


「、、、部長、何か招待状来ていますか?」


紗良が向の席の高崎部長に確認すると、部長はごそごそと今朝届いた郵便を漁る。


「これか?」


と白い角封筒を取り出した。

部長は開けている。


「はい、来てます。おめでとうございます。ええ、もちろん。

受賞パーティーに是非参加させていただきます」

紗良が携帯を切るのをまち切れず、部長は言う。


「すごいな、神野の目をつけた調香師、世界的権威のあるC社のコンペティションで優勝ってなあ。

その日本の子会社が、受賞祝いのセレモニーをマスコミなどを集めて大々的にやるんだな。

二名参加とあるが、神野とわたしか?」


高崎部長はグレーヘアーがよく似合う。

厳しいところもあるが、女子全般に受けの良い、優しい男である。

マスコミ相手にA社の顔になることも多い、常識人の男前である。


「もちろん、部長、お願いいたします」

その、ドスの聞いた声に部長はびくっとした。

「神野、おい大丈夫か?

二階堂に何か言われたんじゃあないか?」


紗良は怒りになわなわとして、言うか言うまいか一瞬迷うが、とどめることはできなかった。


「当社以外にも、オファーを受けている会社が何社かあるそうで、受賞パーティー当日に一番、美しくて、自分の心を動かした人の所属する会社で、まずフレグランスを作ろうかと思っている、と二階堂さんおっしゃられています」


「一番美しくて、心を動かす、だって?」

部長は片眉をあげた。

その眼は面白そうに煌めいた。


「二階堂は面白いことをいってくるなあ。あいつは独身か?

そりゃあ、神野、A社の代表として、一番美しくなってくれ!

なんだったら、あのフリーのメイクアップアーティストの槇原空也にメイクをしてもらえ!」

部長は言った。


「プロにメイクをしてもらうなんて、わたしは女優ですか!、、、そもそもメイクならわたしもできます」


「だが、お前は自分にはあんまりしないだろう?」

と部長。

そこに、うずうずと話を聞いていたさやかが飛び入る。


「先輩、ひっつめ髪もやめて、軽くパーマをかけて、顔に沿わせてください。

ぐっと優しい印象になりますよ?」

とさやか。

「わたしが、きついとでもいいたいわけ?!」

ぶんぶんと、慌ててさやかは頭を振る。

「先輩はいつも、面倒見がよくて優しいですよ~。ただ見た目を変えるならエアリーパーマがいいです!!」


他の同僚たちは、頑なに堅物スタイルを貫く紗良が、自分のプロジェクトを成功させるのに必要な二階堂をゲットするためにどんな風に変身するのか、見ものであると思ったのだった。



緊急女子会の開催である。

アパレルメーカーの詩乃も入る。

ざわざわ五月蠅い焼き鳥屋である。


「、、、ていうわけ。

二階堂のヤツ、ふざけているわ!きれいになれってセクハラじゃない?」


すっかり紗良は出来上がっている。

女友達と二階堂のグチで盛り上がっていた。


「化粧品会社の社員がきれいになれって言われて、ぶちぎれるのもおかしくない?

それが商売なんだから、ばっちりメイクをしたらいいじゃない」


結婚して勤め続けている子もいれば彼氏と同居の子もいる。


アパレルメーカーの詩乃は言った。

「女はきれいだね、と言われることで益々きれいになれるでしょう?

あんたは人にはメイクと香水できれいにと思っているんだろうけど、自分はメイクも手抜きだし、服もいつもおんなじイメージ。しまいに存在がくすむわよ?」


詩乃は仕事帰りの真面目なリクルートスタイルの延長の紗良にいう。


「くすむって、イヤな響き。

男よけよ、コレ」


「いい加減、きれいに装って、恋をして、あいつの呪縛から逃れなよ?」

と詩乃。


あいつとは假屋崎真吾のことである。

学生時代から結婚を前提に付き合っていた真吾と、数年前に破局していた。


その後の報告会で紗良は、不確定な男に人生をかけるバクチなどしないで、これからは男に眼をくれず、自分の実力でもって、仕事一筋に生きることを叫んでいたのだった。


「引きずってないわよ」

「いえ、引きずってる。仕事一筋なのは、その反動。そろそろ、次の恋愛に進みなさい」

と詩乃。

「仕事関係は無理」

紗良はいう。

「やだ、紗良。恋に落ちるときは、仕事もプライベートも関係なく恋するわよ!

紗良は仕事一筋だから、恋愛は仕事関係になるのは確定よね!」

と友人。


「やめてください。二階堂清隆はイケメンだけど、恋愛など考えられないデス」

と紗良はいう。


すでに恋愛と縁がなくて久しい。

真吾と付き合っていた時も、彼の心は自分から随分前から離れていたのだと思う。


「紗良はきれいになって、パーティーで二階堂の心を動かして、仕事も恋人も一挙両得で得なさい!」

詩乃は言った。

「心を動かすっていうのは、そういうことなの?

そんなの、無理に決まってるじゃん!

それに、二階堂はみるからに遊び人なんだから、遊ばれるだけじゃないの?それって」


仕事に一筋すぎて、26才にして紗良は、既に誰かと濃厚なキスをする自分は考えれなくなっているのだ。


「あと、手羽先追加してもいい?コラーゲン沢山取っておきたい」


散々飲んで食べてしゃべって、ようやく覚悟がきまる。

詩乃にパーティー服を選んでもらった。



二階堂清隆の受賞パーティーは、各社の女子たちが大変華やかに装い、かつ火花を散らす、女の戦いが繰り広げられるパーティーになるのである。




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