戦いの中で 1
記憶の戻ったマスターTは、再びA・ファーレンハイトと戦闘任務につくようになった。
A・セルシウスは新本部で留守番である。
ファーレンハイトは彼も任務に連れて行けば役に立つと思っていたが、本人の戦闘経験がないという言いわけを真に受けたマスターTが留守を任せた。
あるいはマスターTは時空を操る技をセルシウスに見せたくないのかもしれない。彼女はそう解釈して、セルシウスの同行を強く主張しなかった。
◇
マスターTの復帰後最初の任務は、F国の邪悪な魂の拠点攻略作戦。
これは組織にとっては一度失敗した作戦であり、二度はしくじらないという強い決意の下に実行される。
参加する他のマスターはG、L、P、Sのみだが、エージェントの動員は300人規模。万全の状態でも1000人に満たない小組織が、先の襲撃で多くの人員を失った上でのこの動員数なのだから、その覚悟は大変なものだ。
マスターGとマスターLが率いる二部隊が先行し、それについていく形でマスターTとA・ファーレンハイトも拠点に突入する。マスターPとマスターSは第二線以降で援護を担当することになっている。
前回から拠点の場所は変わっており、今度は市街地にある食品加工工場に偽装されている。
――偽装されているという言い方は正しくないかもしれない。確かにその工場では食品が加工されている。だが、それと同時に食品でないものも加工されている。例えば兵器とか麻薬とか。
◇
「ファーレンハイトくんは後方の安全を確認しながらついてきてくれ」
「はい」
マスターGとマスターLの部隊を追って工場に突入する直前、プロテクターを着こんだマスターTの指示に、A・ファーレンハイトは落ち着いた声で答える。
特別なことは何もしていないのだが、いつもどおりのやりとりに彼女は安心感を覚えていた。マスターTは全くの別人になったわけではなく、ちゃんと変わっていない部分もあるのだ。
二人は先行部隊が敵を一掃した後の、静かな工場内を歩く。
内部に充満している草を焼いたような怪しい臭いは、麻薬を燃やしたもの。処分したのは敵か味方か、とにかくファーレンハイトは汚染された空気を吸い込まないように、マスクを装着する。
工場内の各所には数名ずつエージェントが配置されていて、もしもの時の退路を確保している。
彼らの横を通り抜けて、二人は工場の地下一階に出た。
階段を下りきった所に待機していたエージェントたちが二人に報告する。
「この階のクリアリングは完了しました。ここから正面を真っすぐ抜けて、地下二階へ向かってください」
掃討がスムーズに進みすぎていることにファーレンハイトは違和感を覚え、マスターTに問いかける。
「邪悪な魂の幹部級は撤退した後でしょうか?」
「……そうかもしれないな。最初からいなかったとは考えにくい」
「なぜ逃げたんでしょう?」
「あんまり重要な施設じゃないとか?」
ファーレンハイトは激戦を予想していたので、肩すかしを食った気分だった。
彼女は罠の可能性も考えていたが、この工場はマスターTが言ったように重要な施設ではないかもしれない。戦略的価値の低い拠点を死守する意味はない。あるいはマスターTを警戒したか……。
二人は加工機械の並ぶ室内を通り抜け、その先の階段をさらに下りて地下二階へと向かう。
◇
地下二階は大人が二人すれ違える程度しか通路の幅がなく、天井も2m程度と低くなっており、さらに道が複雑に分岐していた。
明かりもなく、ファーレンハイトはグラスの暗視機能を使う。
分岐点にはそれぞれエージェントが待機していて、マスターTとファーレンハイトに進むべき道を教える。
いくつか分かれ道を進んだ先で、二人はΨ型の分岐点に出た。当然そこにも一人のエージェントが待機している。
「正面の道はマスターGの部隊が、右の道はマスターLの部隊が調べています。マスターTは左の道を確認してください」
エージェントの誘導に従い、二人は左の道を行く。
道が狭い上に分かれ道が多くては部隊を分散させざるを得ない。
敵の策にはまっている気がして、ファーレンハイトは心がざわついた。
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