ディエティー 2


 モニターの中のマスターTとディエティーは睨み合ったままでしばらく動かない。どちらが先にしかけるのか、駆け引きが行われているのだ。お互いに必殺の一撃を持つ者同士、隙を見せれば死に繋がる。


 先に動いたのは意外にもマスターTだった。彼は緩慢な動きでディエティーに向かって足を踏み出す。

 先に見せられた「金属の刃を瞬間移動させる技」を警戒し、ディエティーは憎らしげに舌打ちして距離を取るべく後ろに跳ねた。


 そのだけ取り上げれば理に適っているようだが、実際のはあまりに不可解だった。彼はまるで地球の重力を無視したように、緩やかな速度でふわりと浮いていた。喩えるなら月面歩行。

 ディエティーは驚愕の表情を見せている。次の瞬間、黒い金属の刃が彼の頭蓋を前後に貫く。


 その一撃で勝敗は決したかに見えたが、ディエティーは即死していなかった。

 彼は顔を引き締めると頭を下げて身を屈め、空中に固定された刃から頭を引き抜いた。そして改めて距離を取り、不敵に笑う。真っ赤な血が噴水のように流れ出すが、それは一時的で見る見る傷口が塞がっていく。



 A・ファーレンハイトは対物ライフルでディエティーの胸を撃ち抜いた時を思い出した。人間なら致命傷になる攻撃を食らわせても、胸にあるO器官を封じなければ、彼は復活するのだ。



「今のは危なかった。ZZZ、お前は時間操れるのか……。しかし、完全に思いどおりにできるわけではないのかな? その気になれば追撃の好機はいくらでもあったはずだが」


 ディエティーは得意になって、自らの秘密を明かす。


「残念だったな。俺の中枢は心臓でもなければ脳でもない。それどころかにはないんだ。全部なのさ。つまり誰にも俺は倒せないってことだ」


 マスターTが何も答えないので、彼は静かに怒った。


「何とか言えよ。なめているのか」

「博士たちはどこだ?」

「今さらそんなことを知って何になる? 博士たちはもうどこにもいない。人間同士いがみ合ってばかりのこの世界に愛想を尽かしたのさ。だから俺に新たな世界を委ねた」


 もう話す価値もないと見切りをつけたディエティーは、目にも留まらぬ速さで移動しマスターTに攻撃をしかける。

 時間の流れを遅くされても、それを上回る力を彼は引き出せる。時間の流れを半分にされるなら倍の力を、10分の1にされるなら10倍の力を出せば良い。

 さらに彼は不用意に両足を地面から離さず、地を這うような足運びですぐにマスターTの攻撃に反応できるようにする。


 監視カメラの映像ではディエティーが何人にも分身しているように見える。移動速度を調整して、一瞬だけ自分の姿が見えるようにしているのだ。優れた動体視力を持たない常人の目にも、ディエティーの姿は同様に複数に見えることだろう。


 しかし、マスターTは彼の動きを目で追ったりはしないし、無闇に攻撃をしかけることもしない。

 それをディエティーは気味悪く感じていたが、構わずしかける。亜音速でマスターTの背後に迫り、攻撃の瞬間に全力を解放して叩き潰す。

 一撃ではしとめられずとも、二撃三撃と追い打ちをかける。


 ――トドメとばかりに渾身の一撃を加えようとしたところ、ディエティーは突然マスターTを見失った。

 いつの間にか周囲は夜のように真っ暗になって、天地も消え失せている。彼は困惑してうろたえた。


「な、何だこれは!? どうなっている!?」


 何もない虚無の暗闇の中で彼は……。



 モニターを注視していたA・ファーレンハイトとゼッドは目を疑った。

 マスターTとディエティーの姿が完全にモニターから消えたのだ。映像のぶれも何もなく突然に。

 そして消えたと思った次の瞬間には、同じ場所で片膝をついたマスターTと地に倒れ伏したディエティーの姿があった。

 ディエティーの体は灰となって崩れ落ちる。


 とにかくマスターTが勝った。モニター越しに見ていた二人にもそれだけは分かる……それだけしか分からない。

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