恐るべきもの 7
A・ファーレンハイトは壁に背を預けてこっそりと室内を覗き込んだ。
あの程度で超人が倒れるはずがないと彼女が予想したとおりに、試験室の中では黄金色の髪の男とA・ルクスが戦闘を続けている。
今度は黄金色の髪の男も手加減をせずに応戦している。
二人の動きはファーレンハイトの優れた動体視力でもなかなか捉えられない。彼女の目には高速で移動する二つの影が映るのみで、動きの止まる交錯の瞬間にようやくまともに二人の姿が見える。
戦いは黄金色の髪の男が優位だった。
交錯の瞬間には必ず彼がルクスに一撃を加えている。ルクスが疲れているのか、彼の力が彼女を上回っているのか、その両方なのか……。
このままではルクスが負けると思ったファーレンハイトは援護射撃をしようと決めた。幸い黄金色の髪の男はファーレンハイトがここにいると気づいていない。
彼女はルクスを巻き込まないようにショットガンの弾を一発だけ散弾からスラグ弾に詰め替える。そして慎重に標的だけを撃ち抜けるタイミングを計る。
高速で戦闘するルクスの邪魔をしないように、ファーレンハイトは一瞬のチャンスを一撃で捉えなければならない。もし誤射でルクスを撃ち抜こうものなら、ここで組織は崩壊するのだと彼女は心得た。
大きなプレッシャーの中で彼女は精神を研ぎ澄ます。
動きを捉えられないと言っても、全く姿が見えないわけではない。
狙うは交錯の瞬間……だが、交錯したところを見てからでは遅い。超人たちの動きを先読みしなければならない。
最大の問題点は、A・ルクスがファーレンハイトの存在に気づいていないところだ。もし最初から協調していれば、敵を誘導してもらえたかもしれないが、今は全て独力で成し遂げなくてはならない。
ファーレンハイトはA・ルクスには悪いと思いつつも、誤射しないために彼女が弱るのを待った。しかし、完全に弱ってからでは敵に余裕を与えてしまう。
マスターAが不意の狙撃にも反応したように、超人は力だけでなく反射神経も常人より優れていると見るべきだ。
だからルクスが積極的に攻勢に出られない程度に弱っている状態が望ましい。
◇
しばらくファーレンハイトが戦いの様子を見守り続けていると、予想どおりにルクスの方が追いつめられていった。徐々に手数が減って動きも鈍り、一方的に攻撃を受けるだけになる。
黄金色の髪の男が顔に優越の笑みを浮べる。
ここが狙いどころだとファーレンハイトはショットガンを構える。
ルクスが廊下に逃げ出そうとして黄金色の髪の男に進路を阻まれ、やむなく後退する。距離を取って呼吸を整えたい彼女と、追撃する黄金色の髪の男。
ここしかないと思い切った時、ファーレンハイトの体は自然に動いた。
二人が交錯する瞬間を予測して、そこへ撃ち込む。発砲音が標的の耳に届くころには、もう着弾している。
銃弾が黄金色の髪をかき分けて、男の後頭部に突き刺さる。
――決まったとファーレンハイトは思った。
それでもまだ油断はできない。敵は動きを止めたが、それだけでまだ倒れていないのだ。彼女はトドメを刺すためにルクスに呼びかけつつ、自らもショットガンを抱えて飛び出す。
「A・ルクス、トドメを!」
いきなりのことに呆然としていたルクスは正気に返って、動きの止まった男の胴体に拳を叩きこむ。
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