落ちていく世界 2
その後マスターIと入れ替わるようにA・バールが喫茶店に入ってきて、A・ファーレンハイトの対面に着席する。
「どしたの? またあの人に何か言われた?」
「いや、別に……」
ファーレンハイトは否定しながら、自分が本当にマスターTに心を許しているのか自問した。
マスターTは穏やかで優しく、それなりに頼りにもなる。押せば引いてしまう気の弱いところがあるかと思えば、それとは反対に強気なところも見せる。
彼の秘密が多いところは不満だが、少なくとも今は悪印象を持っていない。これは気を許しすぎていると言うほどだろうか?
考えれば考えるほど彼女は深みにはまって自分が分からなくなった。
「隠しごとはナシだよ。それとも私にも言えないこと?」
真剣に心配してくれる親友に対して、ファーレンハイトは思いきって相談してみることにした。
「バール、あなたから見てマスターTってどう?」
「どうって言われても、あんまり知らない人だし……」
「だよね……」
しょうもない質問をしたなと彼女は後悔する。
彼女とマスターTの普段の様子を知らないバールに二人の距離感について聞いたところで、適切な助言ができるはずもない。
「何でそんなこと?」
「何でもないの、気にしないで……」
「触れてほしくないことなら、これ以上は言わないけど」
親友の気づかいにファーレンハイトは申しわけない気持ちでうつむいた。
バールは彼女の様子を見つめながら思案して、話題を切り替える。
「そうそう、ニュース聞いた? 血と涙がA国の軍事基地を攻撃したって。もう世界中大騒ぎ」
「……そうみたいだね、犯行声明があったとか。あんまり詳しくは知らないけど」
上級エージェントともなれば世界情勢にも精通していなければならない。
ファーレンハイトも毎朝夕の一日二回、各媒体のニュースにざっと目を通すぐらいのことはしていた。
バールは憂いを帯びた顔で続ける。
「実はC国もF国も発表はしてないけど、血と涙にやられてるんじゃないかって噂があってさ」
「血と涙は世界中を敵に回すつもりなの? 同盟を組んでる邪悪な魂は何も言わないのかな?」
「両方とも世界征服が目的だったりして」
「いくら何でもそれは……」
冗談めかして「世界征服」と言ったバールにファーレンハイトは呆れる。
さすがに世界征服となれば、各国が協調して軍事行動に出る。いかに日の出の勢いの邪悪な魂といえど、集中攻撃されてたちまち封じこめられるだろう。
しかし、NAの博士たちの一言を思い出して彼女は緩んだ表情を引き締める。
――彼らの思想は我々の理想に近いところがある。
NAの博士たちが目指していたものとは何なのか?
それは邪悪な魂の思想に近いのだろうか?
なぜマスターAは組織を抜けて血と涙に協力しているのか?
マスターTはどうして全て自分の手で片づけたがるのか?
はっきりと何かに気づいたわけではないが、小さな疑問の点がうっすらと線で繋がる感覚が、ファーレンハイトの中にはあった。
(世界征服……まさかそんな)
恐ろしい予感に一人青ざめた顔をする彼女をバールは心配する。
「ファー、ちょっと?」
「……何、バール?」
「何じゃないよ、ボーっとしちゃって」
「ああ、ううん、何でもないの。本当に何でも……。ちょっと疲れてるみたい」
ファーレンハイトは席を立って、今日は早めに休むことにした。
悪い想像を働かせるのは疲れているからに違いないと、自分自身に言い聞かせながら……。
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