裏切り者 7

 マスターEの執念にA・ファーレンハイトは悪寒を感じた。

 彼は弱っていても瞳だけは力強くマスターMを睨んでいる。


「落ち着いてください。どうか安静に」


 ファーレンハイトは彼をなだめたが、耳に届いている様子は全くない。片膝をついた状態から無理やりにでも動こうとする彼の肩を、彼女はしっかり押し止める。


「邪魔をするな……!」

「とにかく手当てを」

「構うな!」


 マスターEは彼女を払いのける力もないのに、まだあがこうとしていた。

 抵抗しても体力をムダに消耗してしまうだけと分かっていながら、必死に這いつくばってマスターMに向かっていく。

 手の施しようがないと、ファーレンハイトは小さくため息をついた。


 一方でマスターMはあっさりとマスターTに取り押さえられた。

 彼は挑発するようにマスターTに尋ねる。


「俺を殺さなくて良いのか?」

「それよりも話を聞きたい」

「何だ?」

「組織を裏切った理由とか、その辺のことを」

「のん気な野郎だな。誰にでも話せるようなことじゃない」

「……誰になら話せる?」

「さあな。どいつなら信用できそうかは俺が自分で決める」


 二人が話していると続々とエージェントたちが応援が駆けつけた。その中にはマスターGとマスターIもいる。

 真っ先に声を上げたのはマスターIだった。


「マスターT、そいつを殺せ! 裏切り者を生かしておくな!」


 そう叫ぶと同時に彼は銃口をマスターMに向け、躊躇なく発砲した。

 マスターTが手甲ガントレットで銃弾を弾いて、何とかマスターMは無事だったが、確実に殺すつもりだった。

 マスターEが怒りのこもった声でマスターIを制止する。


「止めろ!! 奴を殺すのは俺だ!」

「だが、マスターE!」

「黙れっ!!」


 マスターIは抗弁しようとしたが、やはり聞いてはもらえない。

 この場ではマスターEが最も権限がある。組織人であるマスターIは彼の指示に逆らうことができない。

 マスターMはいやらしい笑みを浮かべて、マスターEに目をやりながらマスターIに向かって言う。


「俺のことより、早くあいつを助けてやれよ。口だけは威勢が良いが、腹に一撃食らってんだ。さっさとしねーと内臓が腐って死ぬぞ」

「この野郎……! マスターEの治療を急げ!」


 マスターIは怒りを堪えて舌打ちし、部下に指示を出す。



 救護班によってマスターEは応急手当を受けて地上に運び出された。ついでにマスターTの指示で、残骸となった邪悪な魂の戦闘員ダイスも運び出される。

 マスターMは当人の希望で、マスターGに護送されることになった。

 マスターGもマスターMを良くは思っていないが、強い恨みを持っているわけでもない。彼に護送してもらえば、少なくともいきなり殺されることはないだろうとマスターMは判断したのだ。

 ただマスターIは不満そうにしていた。


 広い部屋のさらに先の通路は下水道に続いていたが、先に逃げた仮面の人物――「ルーレット」を見つけることはできなかった。

 彼女以外にも幹部級の人物を取り逃してしまった可能性はあるが、拠点を一つ潰して裏切り者のマスターと準幹部級の戦闘員ダイスを回収できたので、そこそこの成果はあったと言える。

 ただマスターEが重傷を負ったのは、組織にとって大きな損失だった。

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