第22話 二人の決心


 ギルドマスターのアレクさんが無償で次の街まで護衛してくれることになった。

 手持ちが少ないからこれはありがたい。今晩宿に泊まれば1000ゴル無くなるから、残り800ゴル。ほぼ一文無しに近い。

 次の街ではしっかり依頼をこなしていって、金を稼ごう。


「さて、まず宿を先に取るか」


 ギルドから近い所に宿屋がある。二階建てで、一階が飯処になっているため使い勝手が良い。


 

 宿屋へ到着し、戸を開ける。


 中に入るとまだ日が高いというのに何人かが酒を飲んでいた。

 よく見ると大剣や弓を背負った人がちらほらいるため冒険者だろう。


「おっ、ヨーアの所の居候じゃねーか」


 周りから笑い声が起こった。


「ちょっと……やめなよ。ごめんねうちのバカが」


「いえいえ。大丈夫です」


 同じパーティと思われる女性冒険者に謝られるが、俺は本当に居候だからこれ以上返す言葉がない。


 それより、ある程度俺のことが認知されていたのに驚きだ。

 俺が海岸で発見されてこの街に住むようになってまだ数ヶ月だが、まさか初めて見る顔の冒険者に嫌味を言われるとは。


 俺は軽く会釈して、受付カウンターへ進んだ。


「すみません。部屋空いてますか?」


「はい、空いております。何泊なされますか?」


「一泊で」


「1000ゴルになります」


 俺はなけなし1000ゴルをカウンターに置いた。

 受付の女性から部屋の鍵を受け取ると、今晩泊まる二階の部屋へ向かった。


 ドアを開けると、ベッドと簡易なテーブルのみだが小綺麗でなかなか良さそうな部屋だった。


「とりあえず宿は確保できた。簡単な装備が欲しいな」


 今俺の手持ちは800ゴル。正直厳しい。

 何か今日中に終わる依頼を受けたいところだが……。


 コンコン


 ドアがノックされた。

 誰だろう、宿の人かな。


「はーい」


「ホープさん!」


「リナさん!? どうしてここに!?」


 ドアを開けると、ギルドの受付嬢のリナさんがいた。


「突然すみません。ホープさんに渡しそびれたものがありまして……!」


 リナさんは革製の巾着袋を俺に手渡した。

 中を開けるとざっと1000ゴル以上は入っていた。


「こ、これは…?」


「私からの依頼報酬です。お忘れですか? ヨーアちゃんと私のオススメコースを回って欲しいという依頼を」


「は、はい。確かに受けましたが……。いや、でも確か報酬は1000ゴルだったはずじゃ」


「依頼主のささやかな気持ちです。どうぞ受け取ってください」


 リナはニコニコと笑った。


 この人はあまりにお人好しだ。ただヨーアとおでかけするだけで報酬を渡そうとするし、その依頼もマモノ出現により完遂していないのにも関わらず上乗せされた報酬を払おうとするし。


「リナさん。悪いですよ。これは受けとれません」


「ギルド規約第十四条。いかなる理由があろうと冒険者は完遂された報酬は受け取らなければならない」


「完遂してませんけど……」


「っ……いいんです! 私が完遂したとみなしました! なので報酬は受け取ってもらいます!」


「そこまで言うのなら……分かりました。大切に使います」


「はい! ぜひ、役立ててくださいね!」


 そう言って、リナさんは頭を下げると踵を返した。

 だが、


「待って」


 俺はリナさんの腕を掴んでいた。


「……え? ホープさん?」


 リナは驚いた顔でこちらを見ている。


「お茶でも飲んでいきませんか?」


 何を言っているんだろう俺は。


「で、でも……ギルドの仕事が……」


「だめ……ですか……?」


 俺は困惑するリナさんの瞳をじっと見つめて言った。


「だ、だめじゃないですぅ……」


 そして俺は、リナさんを部屋に引き入れた。



 ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎



 ホープが半ば強引にリナを部屋へ連れ込んでいた丁度その頃——


「いいの? ヨーア。あんな別れ方であなたは納得するの?」


「……出来ない。出来ないよ……」


「なら……」


「でも……怖いの……お母さん。頭ではお兄ちゃんはマモノの仲間じゃないって分かってるのに、体が、どつしても震えちゃうの……」


「ヨーア……」


 ユーリはそっとヨーアを抱きしめた。


 ヨーアはあの日、でマモノと流暢に話すホープの姿を見てから自身のマモノに対するトラウマと紐付いてしまい、感情を制御出来ずにいた。


 楽しかった思い出が、それら全てが、全て偽りの記憶だったかのように感じている。


「ヨーア、その手に持っているものは何?」


「ん? これは……」


 ヨーアが手に持っていたものはホープから渡された、引きこもりの少女アイリスの家の地図が描かれた羊皮紙だった。


 ヨーアはじっと羊皮紙を見つめると、力強く握りしめた。


「お母さん、ちょっとお外行ってくる!」


「今? いいけれど……海岸には近づいちゃだめよ?」


「うん。分かってる」


 ヨーアは羊皮紙を握りしめたまま家を飛び出した。



 ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎



「ここであってるかな」


 ヨーアは地図を頼りにアイリスの家へと辿り着いた。

 最初は会いに行く気などさらさらなかったヨーアだが、なんとなく、会えば何かが変わる気がして気づけば家を飛び出していのだ。


 コンコン 


 ヨーアがドアをノックする。


 ドアの奥から床が軋む音が近づいてきた。


 ドアが開くと、太陽の日差しでキラキラと輝く金髪の少女が顔を出した。


「……なんでしょうか?」


「あの、えっと、兄からアイリスちゃんに会いに行けと言われて、やって来ました!」


「帰ってください」


「え?」


「帰ってください」


 いきなり門前払いをくらってしまったヨーアだったが、彼女はあきらめない。


「ま、待ってください! どうしても、あなたに会って友達にならないと……! 兄との約束なんです!!」


「……あなた、兄の名は?」


「ホープです」


「……へぇ。あなたがホープの……。いいわ。あがりなさい」


 アイリスは小さく笑みを浮かべるとヨーアを家へ招きいれた。


 ヨーアは歩くたびに軋む床に驚きながら、アイリスの部屋へと入った。


「わー! 本がいっぱい!」


 たくさんの本にヨーアは目を奪われた。

 こんなに沢山の本を見たのは街の図書館へ行った時以来だ。


「そっちがあなたの素のようね。見たところ年も近いわね。いつも通りにしなさい」


「う、うん。そうするね」


 ヨーアはにっこりと笑みを浮かべた。


「そっちの方が似合っているわ。それで……わざわざ妹を寄越すなんて、何があったのかしら?」


 アイリスは碧目の瞳でヨーアを見つめる。

 ヨーアは思わず視線を逸らしてしまった。


「いいわ。無理に話さなくても。とりあえず座ったら?」


 ここ、とアイリスはベッドの上をポンポンと叩く。

 ヨーアはベッドの上に座った。


「アイリスちゃんは、お兄ちゃんとはどこで知り合ったの?」


「母がギルドに依頼を出していたようで、それで私の家に来たのよ。要するにお守りね」


「そうなんだ……」


 ヨーアは胸のどこかでモヤっとしたものが蠢いたのを感じた。それがなんなのか、ヨーアは理解している。

 それは嫉妬だった。

 自分の知らないところでホープが知らない女の子と、それも自分と同い年くらいの子と仲良くなっていた事実に、アイリスと実際に会って話して、初めて実感したのだ。


 あんなにも嫌悪し、自ら突き放したホープに嫉妬心を覚える自分に、ヨーアはさらに気分が落ち込んでいく。


「……? どうしたの? 顔色悪いわよ?」


「え!? そんなことないよ? 全然元気だよ!」


 ヨーアは無理に笑顔を作って力こぶを作る仕草を取る。

 アイリスは「そう……」と一言呟くと、一冊の本を手に取り読書を始めた。


「えーっと……」


「あなたも何か読む?」


「わたし、本を読むのが苦手で……。まだ字が上手く読めないの」


 えへへと笑うヨーア。

 

 ヨーアはホープに読み書きを習っている途中だったため、まだ本を一冊読み切るのは難しかった。


「なら、これなんかどうかしら」


 アイリスは薄い一冊の本を手渡した。


「これって、絵本?」


「ええ。絵本だけれど、内容は濃いわよ」


「これならわたしでも読めそう!」


 ヨーアとアイリスは並んで読書を始めた。

 凄い速さでページをめくっていくアイリスにヨーアは驚いたが、すぐに慣れた。


 ヨーアにとって同年代の子と一緒に同じ時を過ごすという経験は生まれて初めてのことだった。


 ヨーアは物心ついた頃から子どもより大人を好んだ。そのため大人と一緒に過ごす時間も多かった。そのせいもあってか、同年代の子と比べてヨーアの口調は丁寧な言葉使いになっていった。


 無意識に同年代の子と壁を作っていたヨーアだったが、アイリスには壁を張ることなく接することが出来た。

 アイリスの見た目とは不相応の大人びた雰囲気が要因なのかもしれない。


 アイリスもまた、ヨーアが初めて気兼ねなく話せると感じる同年代の子だった。


 ホープの妹という補正もあるが、ヨーアから感じる純粋さ、芯の強さがアイリスの無意識の抵抗を打ち払った。


「ねえアイリスちゃん」


「なに?」


「私とお友達になってくれる?」


 ヨーアはアイリスの碧目の瞳を見つめて言った。

 心から、アイリスと友達になりたいと思った。


「……いいの? 私は碧目よ? 周りからは忌み嫌われてるわよ?」


「そんなの関係ないよ! 青い目はとっても素敵だしアイリスちゃんの金髪ともよく合ってる!」


「……そう。やっぱり妹ね」


「ん? 何か言った?」


「いいえ、なんでもないわよ。こちらこそよろしく」


 二人は笑みを浮かべた。

 そのままおしゃべりしたり、本を読んだりして、あっという間に日が落ちていった。


「あ、もう暗くなってきた。おうちに帰らなきゃ」


「そうね。気をつけて帰りなさい」


「うん! また遊びに行ってもいい?」


「いつでもいいわよ」


「やったあ! じゃあまたね! アイリスちゃん!」


「ええ。……ところでなんだけど」


「なーに?」


「ホープはいつ来るのかしら?」


 純粋なアイリスの問いだった。しかし、これ程ヨーアにとって答えずらい問いは無かった。

 ホープが街を出た理由は自分にある。それを理解していた為余計に答えずらい。


 しかし、最後までアイリスのことを気にかけたホープのために、そして、友達であるアイリスには本当の事を話さないといけないとヨーアは思った。


「実はね——」


 ヨーアはこれまでの経緯を全て話した。



「そう……そんなことが……」


 ヨーアから一連の事情を知ったアイリスは悲しそうな顔をした。


「私の心が弱いのがいけないの。お兄ちゃんはマモノじゃない。分かってるのに……」


「今はいいのよ。今は。いずれ成長とともに心も強くなっていくわ」


「でも……わたし……お兄ちゃんに謝りたい! もうこの街を出ちゃったから今は出来ないけど、もっと大きくなったらお兄ちゃんを探す旅に出る!」


「……旅にでるということは、あなたは冒険者か何かになるということかしら?」


「……え? あ……そうなるかも……」


 街を出るということは、マモノと遭遇する機会も当然ある。

 行商人のように移動する度に護衛を雇っていては金はすぐ底をつくだろう。

 そのため、ヨーアは冒険者になるしか道はないのだ。


「話を聞いた限り、あなたはマモノはおろか冒険者という存在も嫌悪しているようだけれど、それでもいいの?」


 ヨーアは俯いて黙ってしまった。

 まだ幼いヨーアにこの決断はすぐに決められなかった。


「今はこの街で、いつかホープが帰ってくるのを待っていてもいいんじゃない?」


「だめだよ……いつかなんかじゃ絶対だめ! 少しでも早く伝えないとわたしの気持ちが収まらない! だから……私……冒険者になる! そのためにいっぱいいっぱい修行して、強くなって、お兄ちゃんに会いに行くんだ!」


「……そう。あなたが決めたことだから私は止めないけれど。それより、家に帰らなくても大丈夫? 家の人が心配しているんじゃないの?」


「え? あ! そうだった! お母さんに怒られちゃう! じゃあ帰るねアイリスちゃん! 色々お話し聞いてくれてありがとう! またね!」


「ええ。また今度」


 そうして、ヨーアは慌ただしく家を飛び出して行った。その顔はどこか晴れやかな顔をしていた。


 ヨーアが帰った後、再び読書を始めたアイリス。

 ページはめくっているがその内容は殆ど入ってこない。


 平静を装いながらも彼女は動揺していた。

 初めてできた友達、ホープがこの街を去ったこと。お別れも出来なかったこと。


 ぽっかりと胸に穴が空いたような喪失感を味わっていた。


「アイリスただいま。今ご飯作るからね」


 アイリスの母が帰宅し、夕ご飯の支度を始めた。

 アイリスは本を閉じて母の元へ向かう。


「おかえりお母さん」


「ただいま。今日も一人にさせてごめんね」


「構わないわ。今日は友達と一緒だったの」


「ホープさん? また来てくれたのね」


「違うわ。彼の妹よ。私と同い年くらいの」


「そうなの。良かったわね、アイリス」


 アイリスは母の夕飯の支度を手伝いながら今日の出来事を話した。


 楽しそうに話す娘の様子に母はどこか嬉しそうだ。


 いつも一人でいるアイリスに友達が出来たというだけでも嬉しいのだ。


「お母さん」


「なーに?」


「私ね、将来冒険者になろうと思うのだけれど」


「……ぼ、冒険者っ!?!?」


 驚愕の表情を浮かべる母を他所に、アイリスはニッコリと笑った。


 

 数年後、【琥珀の拳女】【碧眼の魔女】という二つ名を冠した二人の女性冒険者が目覚ましい活躍を遂げるが、幼い今の二人はまだ知る由もない。

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