第22話 デルミウスス
老ハンターから教えられた角族の村はダンジョン・大草原を超えたダンジョン・樹海林の奥地にあり、急げば半日で辿り着く。だが、サンジュウシとイミルは極力モンスターとの戦闘を避けるために、遠回りだが堅実な道を進んでいくことにした。
サンジュウシはハンターとして行動しないことを前提に商人のローブで身を包み、イミルは完全武装で警戒している。
「樹海林か。来たことあるか?」
「ある。あんまり好きじゃないんだけどね」
「同感だ」
ダンジョン・樹海林は、その名の通り樹の海であり、サンジュウシが元居た世界でいうところの熱帯雨林に近い気候だ。ゲーム的な仕様のせいか暑くて湿気が多い割に雨が少ない。とはいえ、ジメジメしているせいかヘビ型やカエル型のモンスターが多く生息している。ちなみにハンターの嫌いなダンジョントップ3に入っている。
「でもさ、サンさん。なんか、モンスター少ない感じしない?」
「まぁ、出くわさないように進んでいるってのも理由だろうが……たしかに少ないな」
見晴らしの良い大草原とは違い、樹々が入り組んでいるせいでモンスターと遭遇する確率が高いはずの樹海林で、戦闘回数は未だ二回のみ。すでに三時間が経とうとしているのにこれは異常である。
「……なんか、嫌な感じがする」
体に纏わりつくような嫌な気配に冷や汗を流すイミルは双剣の柄を握り締めた。
じりじりと進むイミルの後ろを付いて歩くサンジュウシは神経を研ぎ澄まし、異変が起きているであろう樹海林の状況を掴もうとしていると――自然にスキルが発動した。
「ちょっと待て」イミルの腕を掴んで動きを停めさせると、膝を着いて地面に耳を当てた。「何かが近付いてきている。足音――これは憶えがあるな。たしか……デルミ?」
デルミことデルミウススは二足歩行で強靭な牙と爪を持つ、わかり易く形容するのなら恐竜のような樹海林にのみ生息する特定地域モンスターである。その危険度は八だが、遭遇すれば仲間を捨ててでも逃げろと言われるほどの狂暴なモンスターで、討伐例は多くない。
「デルミ? イミルじゃ勝てな――いっ!」体が浮き上がったかと思えば、サンジュウシに抱えられていた。「え、ちょっと、サンさん!?」
「逃げるが勝ちだ。今の俺なら追い付かれない限りはモンスターに遭遇しないはずだ!」
使っているのはスキル・三感索敵。戦闘スキルとの併用が不可能なスキルで、ゲーム上では表示されている地図にモンスターが記される。だが、今のサンジュウシは耳・鼻・肌でモンスターの接近を感じることができている。
行く先の角にモンスターの気配を感じればそれよりも手前の道を曲がり、ひたすら裏を掻いて走るが後ろから近付いてくるデルミウススにも気を向けておかなければならない。
「サンさん――サンさん!」抱えられた状態で背後に視線を送っていたイミルは近付いてくる影に気が付いた。「来てる! デルミ来てるよ!」
「戦いたくはねぇが逃げ切れそうにもないな」そう言うとサンジュウシは一瞬だけ立ち止まり周囲を見回すと再び駆け出した。「とりあえず広い場所に出る。イミル。お前、デルミを相手にどれくらい持つ?」
「攻撃を避けるだけで良いのなら十分くらい? それ以上になるとちょっとキツイかも」
「わかった。俺も出来るだけ急ぐがなんとか持ち堪えてくれ」
周りを樹で囲まれた楕円形の広場に出ると、サンジュウシはその場から姿を消し、イミルは双剣の片方を口に銜えて背嚢から玉を取り出した。
そして二人を追ってきたデルミウススが広場にやってくると、イミルが玉を投げ付け、辺りに煙幕が張られた。
デルミウススは体長五メートル。その巨体を支えるため足は巨大だが、反面、手は小さいものの一掻きでハンターを半分に引き裂ける爪を持っている。形としてはティラノサウルスレックスに近いが、樹海林という場所柄か全身を鱗で覆われており、入り組んだ樹々の間を地を這うように駆ける。
「煙幕の中ならイミルのほうが――っ!」
しかし、煙の中から伸びてきた首がイミルに狙いを定めてきたのに気が付いて驚いたように飛び退いた。デルミウススと戦ったことがないイミルは知らないのだ。ここは樹海林――熱帯雨林に近い気候ということは、地面に溜まった湿気によって早朝などに靄がかることが多い。つまり煙の中はむしろデルミウススの独壇場とも言える。
「十分も持たない、かもっ」牙を避け、鱗に刃を突き立てるが撫でるだけでダメージを与えられない。「サンさん――急いで!」
その頃、サンジュウシは樹々の枝の上を駆けていた。
肩に掛けた名銃・霞下ろしの射程範囲はハンターが狙える範囲の全て。しかし、離れ過ぎては発射と着弾までの誤差が生まれるし、近過ぎては撃つまでに殺気に気付かれることがある。
「約三百メートル、ここだな」太い枝の上で銃を構えたサンジュウシは視線の先にデルミウススを捉えた。「外せねぇけど……すぅ――はぁ――」
サンジュウシがデルミウススを討伐したのは一度のみ。それも急所を突いたわけではなく、連射銃での乱れ撃ちにより得た偶然の勝利だった。とはいえ、攻略サイトにて倒し方は理解している。
急所があるのは胸でも無く、頭でも無く、喉を覆う鱗の一つ――逆鱗の内側だ。しかし、デルミウススの鱗は蛇に近い。ドラゴンのほど大きく見つけやすくもない。
「っ――くそ」
外せば、その時点で居場所が知られ真っ直ぐに狙われることになる。そうなってしまえば体が竦み動けなくなるのは目に見えている。
「……ダメだ」
そもそも戦わないことを前提にハンターを辞めて仕事を始めたサンジュウシにとって危険度・八のモンスターを相手にするなど論外だ。特に今回は金になる仕事でも無く、偶然得た物を元あった場所に返すだけのボランティアだ。しかし、サンジュウシはあることを思い出した。
「デルミウススの討伐賞金は――五十万。獲れる素材を諸々売れば稼ぎは二百万か」その事実に気が付いたサンジュウシは目の色を変えた。「金だ。ふぅ――」
息を止め、イミルが跳び上がった瞬間に引鉄を引くと、伸びた首の喉元にある逆鱗を銃弾が貫いた。
「はぁ」倒れていくデルミウススの姿を見て、漸く息を吸ったサンジュウシは銃を仕舞って力を抜くように肩を落とした。「金の力は偉大だな」
撃ち抜かれた傷口から血を流すデルミウススに恐る恐る近付いたイミルは死んでいることを確認すると安堵したように双剣を仕舞った。
「本当に一撃で仕留めちゃったよ……」
「信用してなかったのか?」
「え? あっ――」背後から聞こえてきた声に、イミルは体を震わせた。「そういうわけじゃ、ないけど……」
「いや、俺も俺を信用してなかったから気を遣う必要は無い」言いながらデルミウススに近寄って行くと、その巨体に触れた。「じゃあ、解体するか」
「時間、大丈夫?」
「別に急いでいるわけじゃない。それに目の前に金になる素材があるんだ。放っていくのは勿体ないだろ」
「ん~……あ、イミル良いスキル持ってるよ」そう言って取り出した解体用のナイフ二本を双剣の如く構えて見せた。「サンさん、ちょっと離れてて」
離れたサンジュウシを見て、構えたナイフをデルミウススの体に突き立てたイミルは回転するように切り刻んでいった。
およそ一分後には――さながら鮟鱇の吊るし切りかのようにデルミウススの体は見事に解体された。
「凄いな。さすがはAランクハンターと言ったところか」
「いやいや、サンさんに言われると皮肉だね」
過去に商人としてダンジョン・大草原からキャニオンビレッジに向かう道中で、イミルが倒したモンスターをそのまま回収しようとしたができず、モンスターを解体したパーツとしてなら狩人の背嚢に収納可能だということを知った。ゲーム上ではモンスター一体から獲れる素材の数は個体によって違ったが、こちらの世界では解体すれば全てを持ち帰れるのだ。その点は金を稼ぐ上で利点を言えるだろう。
「よし。街に戻ったら売るとしよう」全てを収納したサンジュウシが呟くと、何かに気が付いたように周囲を見回した。「……気のせい、か?」
「サンさん、早く村に向かおう。夜になっちゃうよ」
「ああ、そうだな」
取り出した地図を確認した二人は角族の村に向かって歩き出した。
だが、サンジュウシは疑問を抱いていた。そもそも特定地域モンスターのデルミウススは、同時に特定クエストモンスターでもあるのだ。そうでなければ一万分の一で発生する乱入モンスターであり、普通では遭遇することすら珍しい。故に討伐例が少ないわけだが――ならば、何故このタイミングで樹海林にいたのか。
この世界がすでにサンジュウシの知っているゲームとはかけ離れつつある事実とは別に考えても、違和感を覚えるには十分だった。
イミルは次に危険度の高いモンスターと出会った時のシミュレーションを頭の中でしながらも、周囲を警戒しながら歩くサンジュウシに付いて離れることは無い。
しかし、そんな二人から距離を開けて付いてきている者がいることを――二人は未だ気が付くことは無い。
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