第17話 飽き性

 サンジュウシが試しにと作ったアクセサリー百個は飛ぶように売れた。


 鑑定所の老人に売った三個を除いた九十七個のうち魔力的付与がされていたのは三十二個――通称・魔アクセサリーはその出来や付与されている力によって変わるが凡そ普通のアクセサリーの五倍の値で売れる。


 素材のまま売るよりもアクセサリーに加工したほうが高く売れ、それに加えてサンジュウシの背嚢には自らも覚えていないほどの量の鉱石類を所持しているおかげで仕入れ値が掛からずに稼ぐことができる。


 加工場は変わらず店仕舞いした後のゴウジュの加工屋を使い、どこで販売するのかを考えた時に最も効率が良いのは――『龍のうろこ』ではないかと判断し、店主に訊けば店の一角を貸し出してもらうことになり、結果的に宿泊客や酒場にくる客、果ては噂を聞いたハンターなどが訪れて用意していた百個は二週間で完売した。


 昼間は『龍のうろこ』の一角でアクセサリーを売り、夜になれば売れた分を補充するようにアクセサリー作りに勤しむサンジュウシだったが、作業台の前で溜め息を吐いていた。


「はぁ……売れるのはいいが……さすが飽きてきたな」


 結局のところ、サンジュウシはアクセサリー作りや物作りが好きで職人になったわけではない。それに加えて、基本的には同じ物を同じ工程で作る作業は感覚を麻痺させていく。ゲームをプレイするのと違って、目に見えて何かが変化しているのが見えない現状にサンジュウシが耐えられなくなるのも然も有りなん、だ。


「魔アクセはそれなりに良い値段で売れているが、それでも稼いだのは三百万に届かない……まぁ元の物価が安いから稼いでいるほうだとは思うが……どうにもな」


 言いながらもサンジュウシの手は鉱石を加工していく。慣れてきたが故の退屈を覚えてきたわけだが、今の仕事の良さも理解しているから捨て難い。


 何よりも手持ちの鉱石や素材で作れているからダンジョンに出てモンスターと戦う必要が無い。加えて売り場は『龍のうろこ』だ。人も多いし、味方してくれる者も多いから揉め事も起きない。


 だからこそ今のアクセサリー職人という仕事はサンジュウシの願いと合致している気もするが――性格には合っていない。


「あ~、くそ。ダメだ。つまらねぇ」


 そもそもがゲーム気質なせいもあってか、地道なレベル上げのような作業には慣れているものの、ブラックブリード・エンパイアの世界には個人のレベルが存在していない。だからこそ、金を稼いでいたときも弱いモンスターや同じモンスターを何度も倒していたが、毎回それなりにゲーム的な意味で命懸けだった。


 痛いことは嫌だ。けれど、ドキドキしないゲームはつまらない。


 そんな矛盾する二つの感情を抱くサンジュウシは、つい手に力が入って形を整えていた鉱石を割ってしまった。


「……もうやめだ! やめ!」叫んだ瞬間に、背後で物音がしてハンマーを握り締めて振り返った。「――誰だっ!?」


 そこにはビクッと体を震わせたイミルがいた。


「『龍のうろこ』に行ったら、ここだって聞いたから」


「イミル……そうか。そういえばキャニオンビレッジの復興が終わったら来るって言っていたな」持っていたハンマーを置いたサンジュウシは思い出したように息を吐いた。「久し振り」


「はい。お久し振りです」


「ん? 敬語だったっけか? 別にタメ口で構わないぞ」そう言って作業台に向かうと背嚢から新しい鉱石を取り出して作業を再開した。「それで、キャニオンビレッジのほうはもういいのか?」


「うん。もうアルビノ鉱石も出荷できるようになったし、サンジュウシさんから貰ったドラゴンの牙でサンドドラゴンも使役できるようになったから心配ないと思う」


「そうか。随分と――」随分と久し振りに会ったが流暢に喋れるようになったな、と言おうと思ったサンジュウシだったが止めた。「いや……それなら良かった」


 作業している姿を覗き込んだイミルは不思議そうに首を傾げた。


「サンジュウシさんはアクセサリー職人になったって聞いたけど、もう辞めるの?」


「辞めようかとは思ってる。どうにも性に合わなくてな」


「そっか……今度は何をするの?」


「ん~、何がいいか……とりあえず変化のある仕事のほうが性に合ってる感じ、か?」


 自問。


 考えながらも鉱石の形を整えていくサンジュウシは背後に近付いてくる気配に気が付きながらも振り向くことはしなかった。


 作業をしているところに抱き付くのは危ないと思ったのか、イミルはサンジュウシの座っている椅子に対して背中を預けるように床に腰を下ろした。


「次は、イミルも一緒に働きたい」


「一緒にか……だとすると限られてくるな」拒否する気もないサンジュウシだったが、気が付いたように手を止めた。「なぁ、イミル。お前、今日来たんだよな? どこに泊まるんだ?」


「え、一緒の部屋」


 一切の疑問を持ち合わせていないような言い方だった。


 まぁそうだろうな、という感情を乗せて溜め息を吐き出したサンジュウシは静かに肩を落とした。


「一緒の部屋か」問題は『龍のうろこ』のシステム上、一人部屋に二人が泊まるのはその分だけ金額が上乗せされるのだ。「一緒に働く……宿泊代……稼げる額は……プラマイを考えるとなぁ……あぁ、そうか」


 作業の手を止めることなく頭の中で計算を繰り返したサンジュウシは、ある一つの答えに辿り着いた。


「イミル。お前、手先は器用なほうか?」


「まぁ……それなりに?」


「力仕事は?」


「これでもAランクハンターだよ」


「あぁ、それも気になっていたんだが、俺と一緒に居るってことはハンターの仕事とは離れるってことになるが……良いのか?」


 その問いに対してイミルはよくわからないように首を傾げて眉間に皺を寄せた。


「別に良い。今のイミルにとってはハンターとして依頼を熟すよりも、サンジュウシさんと一緒にいることのほうが大事な気がするから」


 おそらくはこれまでのイミルを知っている者が、今のイミルの姿を見れば驚くことだろう。人見知りで、多少距離が近付いて、流暢に話せるようになっても基本的には心を開かないイミルが――サンジュウシを相手には自らの感情をさらけ出している。


 たぶん、本人ですら無自覚だろうが、初めてサンジュウシを見た時から後を追いかけているのだ。それだけ人に執着することも興味を持つことも初めてのことだ。有り体に言ってしまえば――一目惚れ。


 それが恋なのか尊敬なのかは、まだ誰も知らない。


「そうか。まぁ、あくまでも意志の確認だ」話している間にペンダントトップを作り終えたサンジュウシはハンマーを置いた。「次にやることが決まった」


「次? なに?」


「家を買う。もしくは建てる。だから、もしも建てることになったら次の仕事は大工だな」


 つまり、二人分の宿泊代を払いつつ金を稼ぐよりも、一括で家を買うか家を建てた上で金を稼ぐほうが先の見通し的には出費を抑えられるという結論に到ったのだ。


 元々のゲームシステムとしては家の購入などは存在していなかったわけだが、クロムシティの街中には売り家がある。


 ということは結論――家は買えるのだ。

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